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  6 少年
 ゴウとレッドがエレベーターから一階に降りると、少し不機嫌そうな少年がつかつかと歩み寄って来た。
 トレーナーに膝で切ったジーンズ。ハイカットのバッシュという、いかにも少年らしい格好である。短めに切られた髪はつんつんと立ち、そろそろ冬だというのに、衣服から覗く肌は浅黒かった。
 少年らしい、まだ不安定さを残す体つきをしていたが、手足の筋肉は引き締まっていて、身のこなしは軽いのだろうと、想像がつく。
 少年は、仏頂面のまま、長身の二人を見上げた。
「はじめまして。お二人をボディガードする、柴崎昇です」
 二人は目を点にした。
 忍の言っていたボディガードとは、このガキのことなのか?
 悪い冗談だ。冗談にしては、趣味が悪いんじゃないのだろうか。
「俺には、ガキと遊んでいる暇はない」
「ガキじゃない!高校一年だっ!」
「ぶっ…!高校…」
 レッドは、吹き出した口を慌てて押さえた。必死に笑いをこらえているようだが、顔は変に歪んでいる。
 それを見て、昇は拳を握り、レッドを睨んだ。
「とりあえず、車に乗ってください!忍さんに議事堂に行くよう言われているんです!…早く忍さんのところに戻らないと…」
「はーん。おまえ、忍さんのボディガードだったんやな。クビにされたわけや」
「…違うっ!!」
 したり顔のレッドの意地悪な言葉に、昇は怒鳴り返した。

 ビルの入口に横付けされたビッグホーンに、昇はすたすたと近づいて行くと、
「乗ってください」
と言って、運転席のドアを慣れた手つきで開けた。
 レッドが、慌てて声をかける。
「…って、ちょい待ちや。おまえが運転するんか!?」
「免許は持ってますよ」
 懐からカードケースを取り出すと、ぺらりと見せてよこす。驚いたことに、二輪や大型車など、五つほどの項目に印がついている。
 ちなみに、生年月日の年には、二十年前の数字がさりげなく印字されていた。確かに、大型車免許が取れる資格は、普通車免許を取った二年後だ。普通免許を取れる資格は、「十八歳以上」だから、十八歳で即取っても、大型車の免許に印がついている限り、二十歳でないと計算が合わなくなる。
 が、不機嫌そうな表情の目の前の少年が、二十歳と聞いて、信じる人間がはたしているか…。
「…これ…」
「偽物じゃありませんよ」
 レッドが、呆気にとられ、免許証を指差したまま何かを言おうとすると、昇は間髪入れずに応えた。
「忍さんが手配してくれたんです」
 昇は、「忍」という名前を丁寧に発音すると、ひねくれた犬のような表情を一瞬和らげた。その表情を見てとって、レッドはげっそりという顔をした。
「忍さんに熱上げてもいいけどなあ、俺は死ぬ気ないでえ」
「乗って!」
 レッドの言葉に声を荒げた昇は、長身の二人を無理矢理車に押し込むと、ハンドルを握った。シルバーのビッグホーンは、昇の操るままに、車の群れに飲み込まれていく。
 流れてはいるものの、今日も永田町の道には車が多かった。
 規則的に並べられた街路樹が、妙に空々しい。それは、「自然」と呼ぶにはあまりに不自然過ぎた。そこに、自然に生まれたものでないから。
 コンクリートに囲まれた道。その道はアスファルトに固められ、その下に何があるのか、想像することは困難を極める。ただ、昔、人が当たり前のように裸足で踏んでいたものは、そこに見るかげもない。
 神道は、自然と共に歩むものだ。自然というものに畏敬の念があるゴウにとって、自然という存在を踏みにじるその風景は、吐き気のするものでしかなかった。
 …いや、「畏敬」ではなく、「畏怖」が正しいかもしれない。自然はおうおうにして人間に厳しく接する。それは、この世界が人間のものではなく、それそのもの、自然のものであるとの主張であるかとも思える。
 そこからは、あるべき生命の息吹が感じられない。…死んだ町…。
 流れる風景がなめらかなことに気付き、昇の運転が確かなものと気付く。
 眼前に、議事堂が見えてくる。国を動かす中枢とは名ばかりの、私利私欲の渦巻く場所。そこに、犠牲的精神を持って正義を唱える者がいなくなって久しい。
 ゴウには、建物が微かに歪んで見えた。
「とんだ道化だな」
 酷く冷めた目を、目の前に差し迫った議事堂に投げかける。
 と、そのとき、目に入った人間がいた。
 議事堂を囲む歩道で立ち止まり、何やら話しこんでいる少年が二人。どこかの高校の制服だろうか?モスグリーンのブレザーを着ていて、どうにもこの場には似合わない。
 ビッグホーンは門の前で止まり、昇が懐から一枚の紙を取りだし、警備員に見せている。
「先日連絡した柴崎です」
「…はい、どうぞ」
 警備員は、紙と昇の顔を確認してから、道をあける。
 ゴウは、そのやりとりに目もくれず、二人の少年から目を離さなかった。…何か、気にかかる。
 直感だが、自分の勘に信じられるものがあった。―――この二人には、自分と同じにおいを感じる。
 ふと、華奢な方の少年がゴウの視線に気付き、振り返ろうとした。
 同時に、車は前進する。
 もう一人の少年も気付き、こちらを見た。ゴウと、少年二人の目が合った瞬間、ビッグホーンは議事堂の敷地に進み、二人の姿は議事堂の外壁に隠れ、ゴウの視界から消えた。目に映るのは、議事堂の敷地を取り囲む、頑丈なコンクリートの壁だけだ。
「どうやら…」
「あ?どうかしたんか?」
 助手席に座っていたレッドが、振り返って尋ねる。ゴウは、窓の外を眺めたまま、応えた。
「いや、なんでもない」
(どうやら。また会うことになりそうだな、あの二人)
 そして―――。
(他の者が関わっているとなると、この事件、大きいな。…忍の考えは当たっていたわけか…)
 自嘲気味に笑う。
 ビッグホーンは、建物の入口近くの駐車場でエンジンを止めた。


to be continued


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