「昭和史の謎を追う」

表紙

秦郁彦 著
写真:毎日新聞社
カバー:坂田政則
文春文庫
ISBN4-16-745304-5 \705(税別)
ISBN4-16-745305-3 \705(税別)

 大陸に深入りするきっかけとなった張作霖爆殺事件、日本における軍部支配の構図を決定づける2・26事件、終戦を決定づけた天皇の"聖断"………昭和史におけるさまざまな"謎"を秘めたできごとにスポットを当て、そこに本当に謎はあったのか、そしてあったとすればその真相はどこにあるのかを解き明かす本。

 長く防衛畑に籍を置いて来た秦さんのスタンスは、言ってみれば中道保守、てことになりますか。発表される雑誌も比較的右寄りといわれる"正論"あたりが主なだけに、傾向だけ見れば"右"側の評論集といえなくもないですが、そう簡単に言い切ってしまっていいものでもないな、と感じます。個人的にも"右だ"、"左だ"というだけでへんな補正を描けてものを読んじゃあいかんな、と感じることが多くなってきていることもあり、先入観をなるべく持たないようにして読んでみると、この本はなかなか、示唆に富む。

 本書でもっとも興味深いのは、やはり日中戦争から太平洋戦争に至る軍部の暴走が、なぜああもたやすくなされてしまったのか、そして天皇にそれを食い止めることはできたのかどうなのか、ってあたりになるかと思いますが、秦さんはそれは限りなく難しかっただろうという意見です。

 明治維新のころから、天皇を「玉(ぎょく)」と称し、その存在に対する敬愛の念から動くというよりはむしろ、その「錦の御旗」を自分の側に押したてることが戦略的な優勢をもたらすものであると認識する、つまり、天皇という人物に尊敬を払うのでなく、天皇という地位のみを重視して来たのが世俗の権力者たちであったのだと思うのですが、昭和の軍閥にあってもそれは同様で、場合によっては天皇の首をすげ替えてでも、自分たちの望みを果たそうとする勢力のなかで、ほとんど孤立した状況下で必死に自分の身の安全を確保しなければならなかったのが昭和天皇だった、というのは新鮮でした。それゆえ、その終戦の聖断にあたっても、側近たちの慎重な根回しがなければ、とてもああもうまくいくものではなかっただろう、というのが秦さんの説。「戦争をやめさせることができたのだから、戦争を始めないで済ますこともできたはずだ」式の天皇の戦争責任論は少々軽率に過ぎよう、ということか。なるほどね。

 少々読むのに骨が折れる本でしたが、なかなか読み応えのある本ではありました。この本に書いていることが正しく、それ以外は間違っているとか、そういうことでなく、こういう考え方もできる、ということを知ったということだけでも収穫。ただし各々の評論は最初から一貫したテーマに沿って書かれたものではなく、雑誌に掲載されたものを並べただけのものですので本としての統一感のようなものには欠けるうらみもあります。あと、オピニオン誌に掲載されるってことで言質を取られるのを恐れる気持ちが働くのか、どの文章も結論づけの部分でやや口を濁すところが無きにしもあらずかな、などと(^^;)

99/12/20

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