龍神町龍神十三番地

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船戸与一 著
カバーフォト PPS通信社
カバーデザイン 多田和博
徳間文庫
ISBN4-19-891797-3 \838(税別)

"土着の暗部"への切り込みは買うのだけれど…

 無抵抗の犯人の口に拳銃をつっこみ、問答無用で射殺して5年の刑に服した元刑事、梅沢。出所した後も腑抜けたように酒におぼれる梅沢のもとを一人の男が訪れる。高校時代のクラスメート新谷富次とはしかし、たいした親交があったわけでもない。だがもと刑事という梅沢のキャリアに目をつけた富次は、現在自分が町長をしている長崎県五島列島のとある小さな街で起きた不振な事件の調査を依頼してきたのだ。

 出所した梅沢の面倒を見てくれていた同じく高校時代の同級生、洋子にもハッパをかけられ、その町、龍神町に足を踏み入れた梅沢、だがそこは、町の実権を派出所の所長が一手に握り、その所長を町の半分は頼みとし、もう半分は憎み続け、さらに昔ながらのどろどろとした人間関係が複雑に絡み合う町だったのだ…。

 船戸冒険小説、今回はずいぶんと毛色の変わって現代の日本を舞台に、昔ながらの因習に縛られていた小さな田舎町が、突然消費社会のバブルの洗礼を受けて、たちまち人間たちの欲得が吹き出し、陰湿な利権争いが起きて…というようなお話。いつものやたらに汗の噴き出しそうなハードな冒険物とはちょっと違い、まるで横溝正史の猟奇推理小説のような味がある。ちょっと意外。

 お話としては手堅くまとまっていると思うし、静かな田舎町が突然、外から持ち込まれたバブルで浮かれ、それが去ってしまった後にもう一度、あの狂騒と薄っぺらな繁栄を求めたときにやってくる物がどろどろと陰惨なたくらみしかない、と言う持って行き方も確かにありだと思う。でもなあ、船戸ファンとしては少々物足りない物を感じてしまう。それはかかって主人公、梅沢のキャラクター。

 このお話には船戸冒険小説に不可欠な、挫折しても闘いをやめない男の姿が希薄なんだな。確かに梅沢は、一度刑事というキャリアを剥奪され、酒におぼれちゃったりするワケなんだが、まずこのあたりの書き込みが少々あっさりめで、今ひとつ梅沢というキャラに思い入れられないんだなあ。一応梅沢が射殺した犯人というのは、14歳の少女を誘拐し、強姦して殺害した上で身代金を要求してきた、とんでもない外道であったワケなんだけど、なぜ梅沢がそういう行為に走ったのか、その陰に何があったのか、とかってあたりが説明不足なもので、主人公の動きに感情移入できない部分があるんだよな。この辺かなり惜しい。なんかこう、読む人のレベルを低く見てるような感じがしてねえ。決してつまらなくはないのだけれど。

02/11/17

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