グローリアーナ

b020207.png/5.1Kb

マイケル・ムアコック 著/大瀧啓裕 訳
カバーイラスト 小林智美
カバーデザイン 岩郷重力+WONDER WORKZ.
創元推理文庫
ISBN4-488-65209-3 \1,300(税別)

華麗なる、耽美で淫靡なゴシックロマン

 先王の暴政を脱し、新たに女王グローリアーナを戴いて黄金時代を築き上げた大国、アルビオン。その治世は13年目に入り、アルビオンの臣民全てが愛し敬う偉大な女王グローリアーナの栄光にはいささかの陰りもないかに見えていた。だが、未だ心満たされることなく、人知れず孤独にさいなまれ続ける彼女の真実を知るものはあまりに少ない。そしていま、未だ配偶者をもたぬグローリアーナとの婚礼をもくろむ中東の大国アラビア、同じくグローリアーナを我が妻とせんと欲するポーランドよりの使節がアルビオンを目指して故国を旅立った時から、光輝あるアルビオンは陰謀と策略の暗雲に包み込まれようとしていたのだった………

 耽美系ヒロイック・ファンタシイの名手、ムアコックが、「ありえたかもしれないもう一つの英国」を舞台に、大作「ゴーメンガースト」三部作のマーヴィン・ピークに捧げる華麗にして淫靡な宮廷小説。ついでにこの作品、サンリオSF文庫として刊行が予定されていながらサンリオの文庫事業撤退によってついに日の目を見ることの無かった曰く付きの一作だそうな。とにかくもう、なんというかねっとりとした豪華さにみちみちた物語で、実際の所、絢爛たる王朝政治の頂点にいるものとその周りの人々の描写がやがてシェイクスピアもかくやと言うような悲劇に突き進み、そしてその後に新たな世界の可能性を高らかに謳いあげる、という一種王道を行く物語の展開なんだけど、その結末に至るまでのお話の流れの中でのディティルの緻密さが圧倒的で、読んでるうちに自分もアルビオンの迷宮のごとき王宮の住人(まあ下っ端だけど)になったような気になってしまう。ムアコックってこんなお話を書く人だったっけ、と思ってしまった。

 ムアコックが本書を捧げたピークの「ゴーメンガースト」、オレは第一作、「タイタス・グローン」の途中で挫折してしまったような憶えがある。とにかくこの、ねっとり度が尋常じゃなく、水飴の中でもがくような気分で、「これは先に読み進むことは不可能だ」と脳内の脱出装置が判断して、途中で読むのをあきらめたんじゃなかったかな。それに比べるとさすがに「エルリック」など、案外軽めに悩んで終わってみせる(^^;)ファンタシイの名手ムアコック、抜きどころがわかってるというかダレ場をダレさせないのがうまいというか、そんな感じで一気に読んでいける。

 アルビオン、てのは「白い国」を意味する英国の古い呼び方(ドーバー海峡の白い断崖がイメージなんだろうね)で、このお話のモデルになるのはエリザベス一世が治める英国。ただしそこはSF心もあるムアコック、ここにパラレル・ワールドの概念を持ち込んで、この世界には同じような(あるいは同じでない)様々な世界が同時に存在しているのだ、という考えから、時空を越えてアルビオンのある世界にやってきた"アドルフス・ヒトラー"なる別の世界でのゲルマンの王を登場させたり、基本はルネサンスの英国を舞台としていながら、その世界の危機を救うのはアーサー王に代表される騎士道精神である(べきだという)事を示唆して見せたり、その奇想が縦横無尽に物語の中を駆けめぐってて、とても楽しい。「またファンタシイかよ」と思わず、英国製時代小説の奇貨を楽しむ気分で読んでみると、値段相応(って1,300円もするのかこれ)の「読む楽しみ」は得られるのじゃないかな。

02/02/07

前の本  (Prev)   今月分のメニューへ (Back)   次の本  (Next)   どくしょ日記メニューへ (Jump)   トップに戻る (Top)