巨怪伝

正力松太郎と影武者たちの一世紀

表紙

佐野眞一 著
カバー 大久保明子
文春文庫
ISBN4-16-734003-8 \724(税別)
ISBN4-16-734004-6 \686(税別)

 富山の豪農の家に生まれ、初の帝大出の警視庁警務部長として関東大震災直後のパニックや共産主義活動家たちの行動を果断な行動で収め、後に皇太子(後の昭和天皇)狙撃事件を阻止できなかった事から警視庁を免官、一転して当時はまだ二流紙であった読売新聞に入り、またたく間に読売を朝日、毎日とならぶ巨大新聞に成長させた男。日本プロ野球界の父にして伝説の天覧試合の仕掛人、日本のテレビの父、プロレスブームの生みの親、さらには原子力の父。希代の実業家にして興行師であった正力松太郎と、彼の下でその手足となって正力の権勢欲を満たすために苦闘した"影武者"たちの物語。

 読売新聞を一躍全国レベルの巨大新聞にのし上げた、正力松太郎という人物の人となり、考え方などについては、断片的な知識はありましたし、少年時代、彼と同様富山県の西部で暮らしていた関係上、正力という人物がなんだか知らんけど大人物らしいという意識はありました。当時の読売新聞は、とりわけ三面記事が充実していて、やたらと耳目人を驚かす類いのセンセーショナルな見出しが踊っていて、ウチの親父は猛烈に読売を嫌っていたのを思い出します。親父は親父なりに、新聞にはインテリゲンチャな匂いを求めていたのかも知れないですね(^^;)。

 柔道に没頭し、学業にはそれほど力を注がなかった正力は、その成績ゆえに東大出でありながら、政府官僚となることかなわず、叩き上げの世界であった警視庁に入ったところから、正力の伝説の数々が始まる訳ですが、これがもう驚くべきものです。あるときは震災の騒擾を利用して左翼活動家たちを検挙、謀殺してのける行動力あふれる警察内部の陰謀家、優秀な人材を見つけてきては彼らを正力の"影武者"として酷使して、プロ野球、プロレス、テレビの普及、日本における原子力発電と、さまざまな事業を成功させ、その栄光だけは自分のものにしてしまう情け容赦ない辣腕ぶり。巨怪と呼ぶにふさわしい怪物ぶりで、どうあろうとお近づきになりたくないタイプの最右翼みたいな人物であります。

 正力と"影武者"たちとの関係は、夢をもった者たちはその夢を実現できず、夢をもたなかった者だけがその夢を実現する、という皮肉な関係だった。しかも実現されたその夢は、いつも形骸化された夢、夢の抜け殻ともいうべきものだった。

 と本文中にもあるとおり、正力の不可思議な磁力に引きつけられて集まってくる"影武者"たちは、みな自分の夢の実現のために正力の下で死力を尽くしていくのですが、いつもいつもその死力を尽くした成果、栄光は全て正力がかっさらっていく。その事に異議を唱えるそぶりでも見せようものなら、たちまち正力の逆鱗に触れてしまうという皮肉な結末が待っている訳ですが、それでも引きも切らずに正力の許には"影武者"たちが引きつけられていく訳で、こういうのも悪の魅力、と言えるんでしょうか。

 好きになれない、などというレベルを遥かに超え、憎むべき、とでもいいたくなるような正力の言動と行動なんですが、それにもかかわらず(たとえば今の読売のトップであるナベツネさんなどと比べたとき)、とりあえずそのスケールの大きさだけは印象的な、不思議な人物であることだと感じ入りました。正力は空前絶後、という言葉が大好きだったそうですが、あくどいこと、小ずるいこと、子供っぽいこと、冷酷なこと、さまざまな分野に老いてたしかに空前絶後の人物ではあると感じ入ることしきりであります。ナベツネが下っぱのチンピラに見えちゃうもんね(^o^)。それにつけても今の日本、たとえ悪党であれ正力レベルの空前絶後さをもった人物が一人も見当たらないのは困ったことではあると思いますな。

00/5/23

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