◆ WIRE 99(前夜祭) ◆

1. 動機

他人の趣味に付き合うのも、 悪くなかったりする。 いつもの帰り道を一本はずれてみる感じ。
日常の隣に、 見たことのない世界が広がっている。

2. 誘い

K久保氏は、 会社の同期である。 同じ部署に配属された12人のうちで、 もっともヘンなヤツである(ちなみにワタシはかなりマシな方である)。

で、 そのK久保氏のはまっている音楽というのが、
テクノ
なのだそうである。 “テクノの本場ドイツのベルリンではテクノのパレードがあって、 その期間は街中すごいことになってて・・・”、 “どちらかというとテクノというよりエレクトロが・・・”、 “フランク・ミューラーってのがいて・・・”、 とまぁ、 ことテクノに関しては、 彼の舌が止まることはない。
私の耳は機能停止状態であるが。

“でさぁ、 今度テクノのライブがあるんだけど、 ・・・行く?”
“はぁ? えー、 まぁ行ってもええけど、 どんな感じなん?”
“ワイアー99っつってさぁ、 横浜アリーナでやるんだけど、 1万円くらいでさぁ・・”
“イチマンエンンン?、 ごっつたかいやーん”
“じゃあ、 前夜祭が新宿であってそれだと4000円くらいだけど”
“金曜日? ふーん。 沼津でシゴトやったら無理やけど、 そうやなかったら、 まぁ、 行ってもええんちゃう”
“あ、 ほんと? じゃあいろいろ調べとくよ”


てな感じで気楽に行くことにしてしまった。

テクノ、 ねぇ。

ぴきゅん、 ぴきゅん、 ぴよよよ、 きゅぴきゅぴ、 とかいうやつ?

3. その後

“じつはさぁ、 ちょっと調べたんだけどさぁ、 前夜祭って、 24時始まりなんだけど”
“はぁぁぁぁ!??”


もう、 家が恋しい歳である。 散らかりまくってる部屋ではあるし、 引っ越して数ヶ月、 愛着があるわけでもないのだが、 夜にはうちにいたいと思うようになってしまった。
それが24時始まりとはどういうことか。
“多分、 朝まで”

うぅ、 いやになってきた…。

4. 当日

K久保氏には、 交換条件を飲んでもらうことになっているので、 行かないわけにはいかないのであった。
その交換条件というのは、 「RCOJの夏祭りについて来る」、 というものである。 軽井沢も、 けっこう一人ではつらいものがあったし、 夏祭りの案内を読んでも、 一人で行くのはつらそうだし、 ということで今回の交換条件とあいなったわけである。

しかし、 今日明日と行われるこのWIRE 99というのは結構有名らしい。 原組からも出席者(ホンチャンの方)がいるとのこと。
ふーん。 だったらそこそこ楽しめるのかもしんないね。
でも、 今晩雨なんだよなー。

K久保氏が早く帰ろうよと誘うので、 シゴト途中なんだけど、 会社の納涼祭でうだうだ腹ごしらえしてから帰宅、 シャワーを浴びたらもう出発時刻だ。

21:45、 溝口駅で待ち合わせ。

眠くなってきたよ。

5. 新宿

午後10時過ぎだというのに、 人の多いこと。
まぁ、 “花金”だしぃ。

K久保氏は目的地にまっしぐらである。 歌舞伎町のアヤシイ看板にも見向きもしない。 いや、 ワタシも別にキョーミないですけどね。

スーツと茶ロンゲとはだけた胸元が、 一般人とは違うことを主張してやまないにいちゃん達と何かを売りさばいてるらしいにこにこ黒人達がうろうろしてるコマ劇場前に到着。

目指すビルには一度入ったことがある。 私を釣りの世界に引きずり込んだM本氏(茨城在住、 工学博士)は、 ビリヤードにも造詣が深く、 5階のサムタイムなるビリヤード場にて、 初心者の私相手に真剣勝負に及ぶという情け容赦のなさを披露してくださったことがあったのである。

って、 今思い出したが、 あの時って、 傷心の鈴木君を慰めるとかいう名目だったんじゃなかったのか。 慰められると聞いてわざわざ沼津から新宿まで出張って行ったんじゃなかったのか。 それなのに、 なぜにワタシがこてんぱんにやっつけられなきゃならんかったのだろう。 うーむ、 納得がいかん。

そのうちやっつけてやる。

6. LIQUID ROOM

前夜祭が行われるのは、 7階のLIQUID ROOMというところ。

なんか食っとく? という話にもなったが、 納涼祭で食ったたこ焼やらお好み焼きやらがまだ満腹中枢を刺激していたので、 ハーゲンダッツでスカッシュフロートをすすってからLIQUID ROOMの階段に並ぶことにする。

暑い。
だけならまだしも、 福岡(だっけ?)から来たというにーちゃんがキューシューガールズ相手にくだらない話を大声でするものだから、 まじで帰ろうかという衝動に駆られる。 あと1時間。 いつまでガマンできるだろう。
とか思ってたらキューシューガールズも福岡タオルハチマキにーちゃんも消えてくれたので大いに助かる。

あとはK久保氏さえ話し掛けてこないでくれれば一眠りできそうなんだけど。

7. 開場

アニベの腕時計は長針も短針もきっぱりと12を指している。 何やら重低音なリズムが響いてくる。 なのに開場しない。

“12時になったのにね”
“ほんまやで。 金返せっちゅーねん”
“払ってないっちゅーの”

20分遅れぐらいで開場。 入り口暗いよー。 なんか、 スペースなんたらっていうポートアイランドかどっかの屋内系ジェットコースターを思い出したよ。 3,500円払ってぇ、 かばんチェックは、 え? 開けなくていいの、 あ、 そう。 ロッカーにかばん入れて、 と。 さて、 会場は?

真っ暗。 真ん中にフロアがある。 で、 周りにスタンディング形式のテーブルがあって、 って感じ。

フロアをぐるっとまわってみる。 スピーカーが山積み状態。 踊り始めてる連中もいるが、 みんなまだテーブルでまったりしてたりする。 あーあそこで音楽鳴らしてるのね。 ふーん。

8. 音楽

音楽なしでは生きていけない、 という人種ではない。
会社のM木氏にミニコンポをもらったが、 最近は暇そうである。
VAIOのスピーカーのチープな音でも平気である。
多分もっともましな音響設備はリンゴスターのBOSEであろう。

ブランデンブルグ協奏曲第5番、 いわずもがなの第9(合唱付き)、 ブラームスの第4番、 YES、 ジューダスプリースト、 メガデス、 そして、 広瀬香美と宇多田ヒカル、 が、 好きな曲と好きなあーちすとである。
要するに、 様式美である(ちがうかも)。
精緻に計算された音の展開の妙味さこそ、 上記の音楽のセールスポイントである。 そしてそこに、 私は惹きつけられるのである。

たとえばJUDAS PRIESTの“RAM IT DOWN”と広瀬香美の“愛があれば大丈夫”は、 かたやヘヴィーメタル、 かたやポップス、 であるが、 1曲の中の起承転結という意味ではすごく似ていると私には思える。 どちらも見事に計算されている。 クラシック的、 でもある(広瀬さんは実際クラシック三昧の少女期だったそうだし)。 どちらも大好きである。

たとえばJ・S・バッハのブランデンブルグ協奏曲第5番のチェンバロのソロは、 人間業とも思えぬ超速引きの連続であり、 K・K・ダウニングのギターに通じるものがある。

第9の合唱のところの大仰さ、 ドラマチックなところはまさにロックである。

私の音楽センスは、 たかだかこんなもんである。

9. テクノ

で、

テクノ、

で、 ある。

フロアも混みだしてきた。 みんなかなりご機嫌さんである。 われわれ二人はまだフロア脇のテーブルにひじをついてフロアを眺めているのであるが、 K久保氏もそろそろノってきつつある。

理由が分からない。

おんなじリズムがこれでもか、 といわんばかりにぐるぐるぐるぐる回っている。 それだけである。 ときどきちょこっと変化があるが、 底辺に流れるリズムは一定である。
“分かったよ、 もういいよ、 次の展開はぁ?”

こんなのが一晩中続くのだろうか。


こわくて時計を見ることができない。

10. 煙草

音楽とも呼べない単調なリズムの垂れ流しよりも私をげんなりさせたのが、

たばこのにおい

である。
これは強烈である。 音楽に“不良”性がある限り、 音楽とたばこは切っても切れない関係にあるのか。 とにかく辟易するばかりである。 この事態を打開する方法は2つ。
  1. 帰る
  2. 自分も吸う
である。

昔から他人のたばこのにおいはすごく嫌だった。 呼吸が出来なくなるのである。 ところが。
自分もたばこを吸ってみて気づいたのであるが、 自分も吸えば他人のたばこのにおいが気にならなくなるのである。 血中ニコチン濃度の関係だろうか。 とにかく、 第1案が使えない以上、 第2案はかなり有効な手段である。 が、 禁煙中の身である。 親戚のおねーちゃんと約束しちゃったのである。 そして、 この種の約束は絶対に守らなければならないものである。
致し方ない。
このまま我慢していれば、 血中ニコチン濃度が上昇して気にならなくなるだろう。

11. 踊るアホウども

あんたがへたなのはじゅーぶん分かったからそろそろ引っ込めよ、 と私などは思っているのにフロアではトランス状態で跳ね回っている人々がいる。

相変わらず、 何小節も何小節も同じリズムが繰り返されている。 そしてときどきちょっとした変化。 それに呼応して歓声を上げるフロアの人々。

なぜに踊るかね、 キミタチ?

なぜに“踊る側”にまわるかね?

“踊らされる側”に

なぜ、 “踊らせる側”にまわろうとしないのかね?

そういう受け身な人々の中にあって異彩を放っていた客が一人。 名前を知らないので便宜上“MS07改良強化新型”君と呼ぶことにする。 彼のTシャツがそう告げているのだから、 そうなのであろう。
彼は、 他の人が持ち込んでいないあるアイテムを首からぶらさげていた。 ホイッスルである。 そして、 曲(と呼ぶには抵抗があるが)に変化があり、 客が歓声を上げ、 自分も“イク”時に、 “MS07改良強化新型”君はこのホイッスルを、

びぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ、 びっびぃぃぃぃぃぃぃっ

と吹き鳴らすのであった。 面白すぎ。 ライブは客とDJで作り上げていく、 などとK久保氏は言うが、 こういうことなのであろうか?
しかし、 どうでもいいが、 いい加減うるさいぞ、 “MS07改良強化新型”君よ。

レーザーポインターを振り回す輩もいる。 おいおい勘弁してくれよ、 そんなもん直視してもーたら今晩どころか何日不愉快な思いをせなならんことか。

混み混みのフロアでたばこを持ってトランス状態で踊りまくる奴もいる。


ヒエロニムス・ボスの絵を想起させる光景である。


トランス状態のおばかさんたち、 つまんないリズム、 たばこのにおい、 レーザーポインターの恐怖、 けたたましいホイッスルの音、 そして、 それらにひたすら耐える自分。


踊るアホウに見るアホウ、 同じアホウなら、
やっぱり、 私なら“踊らせる側”にまわろうとするだろうな。
実際は、 見ることにも疲れてしまったアホウ、 というところであるが。

12. 踊るアホウ

激しいライトとストロボの点滅に順応しきれなくなった視神経をいたわるべく、 目をとじてテーブルにもたれかかって耐えていると、 K久保氏が突っついてくる。 DJブースに目をやると、 へたっぴ日本人前座DJに代わって若いガイジンがヘッドフォンをはめている。

音が変わる。 しかも、 劇的に。

これなら時計を見ても大丈夫だろう、 と目をやると、 2時前。 よくもまぁ耐えたものである。

K久保氏がフロアに降りようという趣旨の身振りをする。 従うことにする。

K久保氏はなんとも例えようのない踊りでDJとのココロの交流を開始した模様である。 私は、
  1. フロアにただ突っ立っているわけにもいかない
  2. リズム感の養成は、 あらゆるスポーツに有益、 のはずである
  3. 要は、 DDRみたいなもんでしょ
と考え、 見よう見まねで踊ってみることにした。
すでにこの時点で、 “楽しい”とか“楽しくない”とかいう観点とは決別している。 そんなことよりも、 “何かを会得する”ことの方が私には大事なのである。 それが例えくだらないことであったとしても。

13. 踊れるアホウ

とりあえず、 脚【きゃく】の使い方をマスターしよう。 と思うのだが、 周りの連中も結構いい加減なステップだったりする。 やむを得ない。 リズムに合わせて踏むしかない。

腕の使い方は? 周りを見渡してみる。 ・・・どうも日本人の踊りってあれだねぇ、 なんとか音頭っぽい手の動きになるみたいだねぇ。 ということで、 積極的に腕を使う、 ということはしないことにする。

K久保氏は首も使って全身で跳ね回っている。 疲れるだろうな。

しかし、 この重低音のリズムって、 どこか和太鼓のどんどこどんどこなイメージを想起させるんだよね。 いっそのこと、 ためしにテクノとジョイントさせてみればいいのに。

DJブースをちらちら窺って気づいたのであるが、 おんなじリズムがぐるぐるぐるぐる回るのは、 どうもその間にDJが次のレコードを選んだりターンテーブルにセットしたりしていることによって起こるようである。 つまり、 DJにとっては、 ただの“つなぎ”のリズム、 ということになる。 それをありがたがって踊り狂うのも、 いよいよ間抜けに思えてくる。

だったら和太鼓衆と連携することによってDJの“つなぎ”目でも、 “活きた”リズムがもたらされるのではないか。
あるいはサブのDJも用意するとか。
ギターに速引きがあるように、 ドラムにツインバスドラでずどどどどってのがあるように、 DJも素早いレコードセレクト&セッティングの技を養うべきだろう。
次から次へと新しいモノを求める現代社会である。
“もっと刺激を”である。
ちんたらレコードを選んでる間に客は“まだぁ?”って思うようになるはずである。

そんなことも考えつつリズム感の向上を目指してステップを踏むのであった。
踊るアホウになるのも、 けっこう大変だったりするのである。

14. 疲れるアホウ

3人目のDJに至って、 曲調はかなり良好なものとなる。
しかし、 フロア周辺で座り込む客が増えてきている。 もったいないことである。
しょぼい前座で体力を使いきったのか、 “MS07改良強化新型”君の精神薄弱的なホイッスルも聞こえてこない。
レーザーポインターも見当たらない。 しかし、 ここでブルーレーザーのポインターを振り回せば差を付けることができるだろうな、 などと思い付いたりもする。

いよいよK久保氏も疲れてきたようである。 あの跳ね方じゃあねぇ。

ジュースを飲みに行く。

しかしまぁ、 よくやるよ、 って気になってくる。
もういいや、 という感じもする。
フロアの端っこに座って目を閉じてたら(明滅する照明がつらいので)、 いつのまにか寝てしまった。 音というよりも音響の中、 よくもまぁ寝たものである。 まぁ、 寝てる奴いっぱいいたけど。

K久保氏に起こされて、 もう一度ジュースを飲みに行く。 と、 もう、 外は明るいではないか!?
5時前。
6時半くらいには終わるかな、 と期待、 ふたたび目を閉じるのであった。

15. 終わり

もう、 書くべきことはそんなに残っていない。

6時くらいから、 曲はもうハイテンション状態である。 もっともノリノリな曲調なのにフロアの人口密度は前座の頃の半分程度である。 逆にフロア周辺の人口密度は異様に高まっている。

あんたらこのために来たんちゃうんか。

スタッフがフロアのごみを拾い始める。
ロビーのソファーも片づけられ始める。
曲はいよいよクライマックス。
K久保氏のステップにも力がこもったことであろう。
ようやく終わり、 アンコール、 そして終わり。

やっと終わり。

16. 帰り道

吉野屋で牛丼を食いつつ、 K久保氏と話などする。

一人目の前座DJを非難すると、 “あれはミニマルテクノといって、 あれはあれで熱狂的なファンがいる”とのこと。 “二人目はどちらかというとエレクトロ系で・・”、 私の耳はここでシャットアウト。

K久保氏はよっぽど跳ね回ったらしい。 階段がまじできつそうである。
帰りの電車でも爆睡。

そこまで楽しめたのなら、 よかったじゃないの。


8時頃、 帰宅。
たばこくさい衣類を脱ぎ捨ててシャワーを浴びて、 寝る。

17. そして


目が覚めたら、 午後4時だった…。

18. 終わりに

浪人の時、 ヘヴィーメタルに出くわして、 けっこうはまって、 でも結局ついてけなくて、 てのと、 もともと音楽なしでも生きていけるという性質から音楽と疎遠になっていったのであるが、 悪夢のような一晩を過ごして分かったことがあるとすれば、

テクノは好かん

ということであろうか。

一晩付き合った上での結論だから、 食わず嫌いよりはましだろう。
10年前なら、 1秒もかからずに同じ結論を出していただろうが。





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