京大病院エタノール中毒死事件・両親手記 21

                                   藤井 省二(2008/07/05)



 最高裁上告棄却

 6月20日夕刻、弁護士さんからの電話で最高裁の決定内容を知った。「上告審として受理せず」。その知らせと同時に私たちの裁判は終わった。提訴(2001年10月)から6年8ヶ月、訴え続けてきた事故隠ぺいは最後まで認められなかった。

 民事訴訟は「隠ぺいと改ざん」を問う闘いであったと言っても過言ではない。エタノール取り違え直後からの容体急変、53時間エタノールを吸い続けていた事実、それを知りながら「病死」の死亡診断書。これらの事実のみからしても事故隠ぺいと死亡診断書の虚偽は明らかであるのに、司法は京大病院(国)・医師たちの不合理な主張を鵜呑みにし、大病院の不正を不問とした。社会の秩序を守るべき司法の正義とは一体何なのか。権力になびき、事なかれ的判決こそが裁判官にとっての正義なのだろうか。裁判そのものが正当に行われているとは言い難い。裁判を通じ、医療過誤訴訟を闘う難しさと、司法判断の理不尽を痛感した。


 
医療と司法の現実

 事故から8年余、沙織のことを事故のことを考えない日は1日たりともなかった。事故を隠し「病死」として葬ろうとした病院・医師たち。人間としての尊厳を踏みにじる卑劣な行為に、私の怒りは収まるところを知らなかった。それでも裁判手続き上は冷静を心がけ、たとえ対峙している相手であっても紳士協定だけは守るべきと自分自身に言い聞かせてきた。しかし、病院・医師たちはそうではなかった。ありもしない事まででっち上げ、事実を平気で曲げ、沙織の17年間をも傷つけ、自分たちの行為を正当化してきた。

 今回の入院は死亡退院になると思っていた。事故前からいつ亡くなってもおかしくない状態。死因は感染症による敗血症性ショック。そこにたまたま偶然エタノール誤注入が重なった。エタノールの影響は小さいと考えた。
吸ったエタノールは呼気として大部分が排出されるから。事故も隠していない。家族を気遣って言わなかっただけ。


 事故後に判明した沙織の血中アルコール濃度は、致死量の2倍にもなっていた。担当医のこうした主張が医療界では通用するのだろうか? 事故後に出会った医師の誰もが議論にもならないと苦笑された。傍聴した人達もただただ呆れていた。

 病院や医師たちの事実に反した主張を、私たちは証拠を示し潰していった。しかし、嘘が明らかになっても、病院・医師たちは歯牙にもかけない。裁判所も、判決に不都合な事実は無視して判断を避ける。京大病院相手の訴訟で私たちが見た医療と司法の現実だ。


 
医療界の隠ぺい体質

 医療過誤訴訟の多くが、最初のボタンの掛け違いに原因があると言われている。私たちは発見直後から事故の事実を隠された。教授室では訴訟を睨みつつ会議が行われ、その最中に沙織は亡くなった。死亡翌日、担当医が警察への事故届けを渋っていた事実も、裁判で明らかになった。最初にボタンを掛けるのは私たち患者側ではない。発見のその場で事故を知らされていれば事態は違っていた。

 病院にとって医療事故は不名誉なことであり無かった事にしようと、事故を隠ぺいする。京大病院に限ったことではない。事故後に知り合えた多くの被害当事者や被害者遺族に、誰一人として自ら望んで訴訟を起こした人はいない。病院にいくら説明を求めても情報をオープンにしない不誠実に、不信は募り納得できずに訴訟を決意する。医療過誤訴訟は病院の不誠実な対応に起因している。医療界の隠ぺい体質こそが、不信を招き訴訟を引き起こす元凶であると私は考えている。
 隠ぺいしない、出来ない医療現場に変わらない限り、事故の真相究明も再発防止もかなわないであろう。医療訴訟も無くなりはしない。


 
裁判は終わったが…

 司法判断は納得のいくものではないが、裁判の中で判明した事実も多々ある。訴訟を起こした意義は決して小さくない。医療界の問題や、医療不正を許す司法の現実も見えてきた。司法における闘いは終わったが、私たちにとっては一つの区切りでしかない。「沙織の死を無駄にはしない」、やらなければならない事はまだまだある。医療と司法の現実を私たち一人ひとりの問題として捉え、仲間の被害者たちとも連携して、これからも声を上げ続けていきたい。




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  事故からこれまで私たちを力強く支え続けてくださいました皆さまに
  改めて心から深くお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
                            藤井 省二・香

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