京大病院エタノール中毒死事件・両親手記 19

                                     藤井 省二(2007/08/09)


 繰り返される医療ミス

 控訴審証人尋問を前にニュース原稿をとパソコンに向かったところ、以下のニュースがネット上に飛び込んできた。京大病院で、また医療ミス?…。


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    <京大病院>未滅菌ガーゼで63人手術 発注番号間違える
8月9日12時49分配信 毎日新聞

 京都大付属病院(京都市左京区)が今年3〜7月、滅菌処理していないガーゼ計430枚を患者63人の手術で止血用に使っていたことが9日、分かった。関連は不明だが、うち2人は手術後に患部周辺が膿(う)むなどの症状が出たという。発注ミスをした上、手術前の確認を怠っていた。

 同病院によると、発注担当者が3、4月の2回、発注番号を間違えたため未滅菌ガーゼ計1000枚が納入された。滅菌と未滅菌のガーゼは袋の大きさや袋に記載の文字で区別する。手術部のマニュアルでは術前に滅菌済みのものか確認することになっているが、4カ月に渡り見落とされ、耳鼻咽喉(いんこう)科で44人、歯科口腔(こうくう)外科10人、形成外科9人の手術で未滅菌ガーゼを使用した。7月11日、手術前に看護師が気付き発覚した。3科が発注するのは滅菌済みだけのため、思い込みから確認を怠ったとみられる。

 病院が術後経過を調べたところ、耳鼻咽喉科で手術を受けた50歳代の男性が鼻の表皮が赤くなった。歯科口腔外科では、20歳代の女性が口の中に膿みがたまる症状が出た。2人には主治医が面談し、異常のなかった61人にも手紙で謝罪した。
 今月7日には一山智・副病院長名で経緯を説明し、確認の徹底を促すメールを全職員に送信。兼山精次・同病院事務部長は「再発防止に努めたい」と話している。
                               【中野彩子】
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 記事を読んで呆れた。7月11日に発覚して8月7日に全職員に確認の周知徹底とは、京大病院は「大事に至らず不幸中の幸い」くらいの感覚でしかないのではなかろうか(あくまで私個人の感想です)。それにしても、未滅菌ガーゼが患者63人の手術で使用されたと言うのに、「4カ月に渡り」(関与した医療者の延べ人数は半端ではないはずなのに…)誰ひとり確認しなかったとは、驚きだ。

 今回のミスは、薬剤の確認を怠り、取り違え誤注入したエタノール事故と根は全く同じだ。京大病院において事故の教訓が活かされていない証である。京大エタノール事件裁判において看護師たちも認めている病棟のずさんな薬剤管理・安全システムの不備について、病院・管理責任者側は「使用すべき薬剤のラベル確認さえ怠らなければ事故は防げた」と主張し、ずさんな薬剤管理の事実も認めない。
京大病院における医療事故防止に関する基本方針では、「(医療事故防止には)組織的な医療事故防止のための危機管理方策の推進が求められている」などとうたっているが、裁判上知る限り京大病院(当局)にその姿勢を見出すことはできない。京大病院が言うところの「患者本位の医療、安全な医療」とは一体どのようなものなのだろう。お決まりの「再発防止に努めたい」のコメントが空々しく聞こえてならない。                           ・・・・・・・・・。


 
控訴審、証人採用

 控訴審第2回口頭弁論で私たち(控訴人)の証拠申出が認められ、次の第3回弁論は証人尋問の運びとなった。控訴審は一審と異なり書面審理だけといった場合も多い中、証人尋問に繋げたことは大いなる成果である。また、一審京都地裁で却下された証人の一人、M教授(事故対応の中心に在った人物)が今回採用となった事は、事件の真相解明に弾みがつくものと期待する。

 当初採用された証人は、病院の医療問題対策委員会委員長であったM教授と、N事務部長の2名であったが、その後、病気を理由にN事務部長の採用は取消しとなった。N事務部長は京大病院の中にあって唯一、事故を警察に届けるべきと判断し実行した人である。訊きたい事が沢山あったのだが、病気という事であれば私たちとしても辛いところである、残念としか言えない。


 
京大エタノール事件(事故隠ぺい)

 訴訟の最大の争点は、病院の「事故隠ぺい」である。

 病院側が事故に気付いてから後も、私たちは何一つ知らされる事はなかった。事故発見の翌日深夜、亡くなった沙織を連れ病院を後にした私たちが事故の報告を受けたのは、その翌日夕刻近くであった。発見から41時間、死亡から20時間後の事である。そして、その場でH医師(担当医・指導医)から聞いた説明は、「ミスが無くても亡くなっていた」というものだった。

 沙織が亡くなる前から病院は、H医師をはじめ複数の教授(M教授ら)、事務方らが、教授室で事故の対応策を協議している(53時間エタノール誤注入の事実はこの時すでに判明していた)。沙織の死亡で一旦中断したものの死亡後も引き続き協議している。その後、これを踏まえてH医師はエタノール誤注入の事実を隠ぺいした死亡診断書を作成した。そして、この診断書の記載について今回証人として採用されたM教授が関係している。

 教授達との協議の場で死亡診断書の記載について尋ねたところ、M教授から『(死因は)急性心不全でいいのではないか』と指摘されそのように記載した、とH医師自身が述べている。事故の翌年、死亡診断書の「急性心不全」「病死および自然死」は虚偽として、京都府警はH医師を虚偽有印公文書作成・同行使容疑で京都地検に書類送検した。京大エタノール事件の核心で、M教授が関与しているのである。

 また、H医師は、教授達との協議の中で警察への事故届けは話題にならず、初七日頃に遺族に報告することに決まり、事故を隠すつもりはなかった、とも証言している。

 仮にそれが事実であったとしても、初七日を待っての報告では、沙織は既に火葬された後であり証拠は残っていない。N事務部長の警察への事故届けを受け司法解剖となり、沙織の血中から致死量を超えるアルコールが検出され、死因は「急性エタノール中毒」と断定された。
刑事事件となっていなければ、沙織の死は死亡診断書にある「急性心不全」「病死および自然死」で片付けられ、「事故死(中毒死)」の事実は間違いなく闇に葬られていたであろう。私たちが主張する「事故隠ぺい」である。

 M教授は、医療問題対策委員会委員長として教授室での協議に参加し、後の記者発表でも中心的に関わっている(記者質問にはM教授が殆ど回答している)。そして、会見翌日の新聞紙面には、病院側に都合のいい作為的なものや事実に反した内容、沙織を傷付ける心ない言葉までが綴られていた。

 密室での協議に参加し、記者発表に直接関わったM教授の証言は、病院・H医師らの事故に対する認識を確認する上で欠かせない。


 
真実の発信

 事故後足を運んだいくつものシンポジウム会場で出会った医師の方達は口を揃えて言う。「京大エタノール事件、あれは酷い」「あれが京大のやり方なんだ」と。事故そのものではない、事故後に病院がとった行動に対する言葉だ。「エタノール誤注入が判明した後の病院の対応に疑問を禁じえません」、これは日本看護協会会長の意見書(T看護師刑事控訴審で提出)に記されていたものだが、裁判関係者以外の医師の方達が、私が考えていた以上に事件を理解されていた事に、正直驚き、狭い医療界を実感した。

 事故防止のため、また医療過誤訴訟を減らすためにも、医療界の隠ぺい体質を払拭しなければならない。志の高い心ある医療者もたくさんいる。医療界の内なる自浄作用が機能する日まで、私たち被害者は社会に向かって真実を発信し続けなければならないだろう。命の尊厳を踏みにじる行為、「事故隠ぺい」を許してはならない。




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