京大病院エタノール中毒死事件・両親手記 14

                                     藤井 省二 (2005/02/20)


担当医ら再び不起訴

 再捜査処分発表の前日2月8日午後、京都地検に出向いた私達が、部屋に通され最初に耳にしたのは、「2人共、起訴しません」という、担当検事の淡々とした言葉でした。
その後、延々3時間半、不起訴理由の説明に納得できず押し問答を繰り返しましたが、
すでに検事の結論は固まっており、再度の不起訴処分が覆ることはありませんでした。

 昨年9月17日の京都検察審査会の「H担当医、E副看護師長の不起訴不当」議決から
5ヶ月近くの期間、京都地検は本当に公平公正に捜査をしたのかと、検事とのやり取りの中、疑問を抱かずにはいられませんでした。



担当医「不起訴」の理由

 担当医(H医師)が作成した死亡診断書は、@ 死亡の原因欄に「急性心不全」と記載し、A 死因の種類欄は「病死及び自然死」に丸印を付し、エタノール誤注入に関する記載は一切ありません。そして、この死亡診断書は虚偽記載であるとして、2001年1月16日、京都府警は担当医を虚偽有印公文書作成・同行使罪で書類送検したのです。


 検事は、今回再び不起訴とした理由を次のように述べています。

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 虚偽の死亡診断書か否かを判断する前提は、診断書作成時、H医師が(1)エタノール
誤注入による死亡(エタノール中毒死)と知っていたか。(2)敗血症性ショックによる死亡ではないと知っていたか。この2点が重要なポイントとなる。

 そして、診断書作成時、判明していたのは、気化したエタノールが53時間誤注入されたという事実だけである。一方、気化したエタノール吸入によるエタノール中毒の文献・データはなく、それゆえ気化したエタノールの摂取量も不明。
病理解剖もしておらず、H医師は、エタノールが「死期を早めた」とは考えたが、臨床からはエタノール中毒と診断できなかった。

 これらから、死亡診断書作成時、H医師は、エタノールによる死亡であると、判断・認識しておらず、「知らなかった」のであり、診断書が虚偽とは断定できない。
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 検事の説明を聞く間、途中メモを取る手が何度も止まりかけ、自分の耳を疑いました。
その不起訴理由は、これまでに何度も繰り返し私達の頭にインプットされている、民事裁判で京大病院・H医師らが提出している準備書面にある主張そのものだったのです。

 それもそのはずです。再捜査に当たり、H医師ら被疑者の聴取は当然ながら、検事は、京大病院ならびにH医師の代理人(弁護士)からも意見を聴いており、さらに、H医師らの民事・準備書面まで資料として調べているのです。一方の私達被害者遺族の聴取は一度もなく、被疑者側の一方的な聴取により結論を出したのです。公平公正に行われた捜査とは決して認められないとするのは、こうした点からなのです。



担当医「不起訴」理由の矛盾

 このH医師の不起訴理由ですが、これらは、@ 死亡の原因「急性心不全」の記載に関しての言い逃れに過ぎません。そして、この部分だけを取り上げても事実認定にいくつもの誤りがあります。


 先ず、作成時判明していたのは、53時間エタノールが誤注入された事実だけとしていますが、事故発覚後、H医師は取り違えたエタノールタンクの残量も確認しているのです。
そして何よりも、取り違えから直後の容態悪化、急変という臨床現場での症状の変化が、エタノール誤注入の経過と一致しているのです。

 そして、気化したエタノール吸入による文献・データはないとしていますが、例え気化したエタノールであろうと、簡易な検査・計算式で推定血中アルコール濃度の算出も容易にできることが判明しています。さらに、検査結果が出るのに10日程度かかるからと、血中アルコール濃度の検査をしなかったのは、あえてそうしたデータ・証拠を残すことを避けたからに他なりません。


 また、病理解剖もしておらず、臨床所見・データからはエタノールが与えた影響は判断できず「知らなかった」とうそぶいていますが、事故発覚直後の看護詰所内での会話が、H医師のウソを明らかにしています。

 エタノールタンクがいつ病室に持ち込まれ誤注入が始まったのかを、発見したW看護師や詰所にいた者達で話し合い、呼吸器の機種を変更した2月24日くらい(実際に取り違えたのは2月28日)であろうと考え、W看護師がH医師に尋ねた時、H医師はカルテを見て「2月24日からであればもっと沙織ちゃんの容態に変化が現れる」と述べたことも判明しているのです。この発言内容は、気化したエタノールの吸入による影響を、H医師が十分に認識していたことを証明しているのです。


 気化したエタノールの文献・データがなく、その影響も「分からなかった、知らなかった」は都合の良い言い逃れに過ぎないのです。京都検察審査会が議決書で「エタノールの影響の程度を客観的に示すデータ等は存在していない、心停止に至る直前に『急性心不全』の状態に至るという理由は、あまりにも形式的にすぎるものであり、一般国民の考え方からは納得がいかない」と指摘しているにも関わらず、京都地検は、再び不起訴理由にこれらを持ち出し、一般市民の訴えをも完全に無視しているのです。


 しかしながら、死亡診断書の A 死因の種類「病死及び自然死」については、どのように説明するのでしょう。私達は、死亡診断書の A 死因の種類「病死及び自然死」に丸印を付している点を重大な問題としているのです。

 H医師はエタノールの影響を十分に認識していたのであり、本来であれば、
@ 死亡の原因「急性エタノール中毒」、A 死因の種類「中毒」、と記載しなければならないのです。

 また仮に、百歩、百万歩ゆずって、もし診断書作成時、急性エタノール中毒と分からなかったとしても、エタノールの影響がなかったと断定する根拠も全くないのであり、
@ 死亡の原因「不詳」、A 死因の種類「不詳の死」、となっていない以上、明らかな虚偽記載なのです。


 この点について、検事は次のように説明しています。

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 死亡診断書作成時、H医師が事故を隠したことは、確かであり、明らか。それ故に「不詳の死」に丸印を付けられなかった。「不詳の死」とすれば、事故のことを話さなければならなくなる。しかし、死亡翌日には警察に事故届けをしているのであり、隠ぺいを断定できない
(警察への異常死届けは、この日たまたま都立広尾病院の事件報道があり、そのニュースを事務部長が見たことをきっかけに行われたものと判明している。  註:藤井)。

 そして、H医師の診断書は、死亡診断書作成マニュアルにも反している。
診断書の「急性心不全」「病死及び自然死」は、ずさんで不適切な記載であることは事実であり、H医師もそのことは認めている。

 しかし、虚偽かどうかは、作成時の判断・認識が問われるのであり、H医師はエタノール中毒死と「知らなかった」のであり、虚偽とは断定できない。
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 深夜、大勢の医師・看護師らの見送りのもと、病院を去る時においても、私達は事故の事実を何ひとつ知らされなかったのであり、事故を隠した事実は明らかで、今さら述べるまでもありません(京大病院・民事裁判被告人らは、今でも事故隠しを否定しているが)。

 私たち一般市民においては、事故を隠すために「病死及び自然死」に丸印を付けた、この事実こそ立派なウソ・虚偽記載と認識するのです。が、検事の判断は決してそうではないのです。


 結局、今回の再捜査でも検察は、「病死及び自然死」が虚偽ではない、とする明確な説明はできず、作成時の「判断・認識」という曖昧な説明に終始したのです。H医師に都合の良い取って付けた屁理屈に過ぎず、一般の社会常識から大きくかけ離れており、私達はこのような結論を認められません。



検察審査会へ再審査申し立て

 H医師の不起訴理由のやり取りだけで約3時間を費やした後、約30分間、E副看護師長の不起訴理由の説明がありました。「ラベル確認は看護業務の基本中の基本」であり、薬剤管理責任までは(民事上の過失責任の是非は別にして)刑事では問えない、とT看護師の刑事裁判で検察官が主張していた通りの説明が繰り返され、この日の検事との面談を終えました。


 今回の説明に私達は全く納得がいきません。とりわけH医師の不起訴理由の説明には、聞いている私達の方が頭がおかしくなりそうでした。

 「2月24日からであればもっと沙織ちゃんの容態に変化が現れる」とエタノールの影響を十分認識していたことも明らか。事故を知られてはならないと「不詳の死」に丸印を付けられず「病死及び自然死」に丸印を付けたことも明らか。

 素人にでも分かる「事故隠し=虚偽の死亡診断書」であり、医学論云々の問題でもないのです。なのに1度ならず2度までも不起訴とするのは何故なのか、不可思議でなりません。元京大病院医師の不正ということで、私達には見えない権力間の綱引き、パワーゲームがそこに存在するのであろうか、初めから結論ありきの再捜査だったのでは、と色々と勘ぐりたくもなります。


 しかし、これほど明らかな不正に、私達はこのまま目をつぶるわけにはいきません。死亡診断書は、人の死に対する厳粛な医学的・法律的な証なのです。そこにウソがあれば、残された者はその死に疑いを持つことすら出来ないのです。「病死及び自然死」として荼毘に付され、事故や犯罪は闇に葬り去られてしまうのです。


 医薬品の取り違え事故等の医療過誤事件が続発し、それに伴い、カルテ・診断書の虚偽記載・改ざんといった隠ぺい行為が社会問題となっている現在、元京大病院H医師の虚偽有印公文書作成のこの事件が不起訴となれば、今後、医療過誤の死を「病死及び自然死」として、「それで死んだとは思わなかった」「知らなかった」と押し通せば何ら刑事罪には問われませんよと、検察庁自らが、事故の隠ぺいにお墨付きを与えているようなものです。検察審査会の議決、ならびに、2万2002人の署名に示された民意を無視した、再度の不起訴処分に憤りを隠せません。


 E副看護師長の業務上過失致死罪は、今年3月2日に時効の5年を迎えるため、今後は民事裁判でその責任を追及していきます。しかし、H医師の虚偽有印公文書作成・同行使罪の時効までは残り2年あります。真相究明の主たる舞台は民事裁判と位置付けていますが、刑事手続きでも残された可能な限りの手段を講じていきます。

 H医師の不起訴処分は明らかに不当であり、再度、京都検察審査会へ審査申し立てをします。権力を握る人間の意向しだいで、正義がないがしろにされることに我慢がなりません。小さな声かも知れませんが、社会に訴え続けていきます。
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