京大病院エタノール中毒死事件・両親手記 13

                                    藤井 省二 (2004/10/31)


命の重さ

 新潟県中越地震・被災地の惨状が連日TV画面に映し出され、突然襲った災害に多くの尊い命が奪われたと伝えている。崩落現場の奇跡の救出報道も悲喜こもごもに見守った。奪われた命、救われた命、二次災害の危険と隣り合わせに救助活動するレスキュー隊員の命、地震報道にそれぞれの重い重い命を感じずにはいられない。

 そんな中、一つのニュースがさらりと通り過ぎていきました。
「病院で人工呼吸器を付けた男性が、呼吸器の接続部が外れて亡くなられた」 というものです。詳細は判りませんが・・・、地震による不幸なアクシデントで済まされる事なのだろうか?、非常時の危機管理は機能したのだろうか?、いやそれ以前に、病院に非常事態に対する危機管理意識があったのだろうか?、・・・ それっきりそのニュースはTVでもネット上でも見当たらず、マスコミも世間も何となく納得している現状に、人ひとりの命が軽んじられているようで、何とも釈然としません。



不起訴不当議決

 人の命は何よりも重く、そして人の死は厳粛であり、そこに人間の尊厳を侮辱する嘘や不正は絶対にあってはなりません。

 先の9月17日、京都検察審査会は、京都地検が下したH医師・E副看護師長の2名の不起訴処分は不当と発表しました。
議決は、民事・刑事裁判で私達が問い続けてきた「事故隠し」や「ずさんな医療体制」を認め、死の現場であった不正を一般市民の視点で厳しく指弾しています。

 交通事故の「ひき逃げ」行為には、厳しい処罰が科せられ、運転免許も取り消されます。しかし、医療事故におけるカルテ改ざんや事故隠しそのものに対する刑事罰は存在せず、医師免許の取り消しも病院の業務停止処分もありません。それ故、医療事故発生と同時に、その後の事態(裁判)に備え有利に運ぶため、カルテ改ざんや隠ぺい工作が医療界では不文律となっているのが現実です。

 京大病院もその例に洩れず、患者の為の危機管理ではない、病院や医師達を守る為の危機管理対策には抜け目なく万全を期したのでしょう。が、嘘で重ねたメッキはどこかで無理が働き、もろく剥がれ落ちてしまうものです。

 検察審査会の一般市民審査員は、その点をきちんと指摘して、2名に関するあるべき判断を示してくれました。次は、京都地検が審査会議決を以ってどのような処分を下すかです。



検察再捜査

 2年前の2002年10月4日、地検の処分発表当日、当時の捜査担当検事から聞かされたH医師の虚偽有印公文書作成・同行使の不起訴処分理由は、嫌疑不十分の一点張りで全く説明になっていませんでした。
H医師は、死亡診断書作成時、誤注入直後からの容態悪化・急変、そして、53時間に及ぶ消毒用エタノール誤注入の事実を認識していました。それにも拘わらず、死亡診断書には「急性心不全」「病死及び自然死」と記したのです。

 「直接死因欄の『急性心不全』は、明らかな嘘ではないのですか?」 との私達の質問に、担当検事は、「急性心不全が、嘘かどうかと言われれば、・・・嘘ではないんですよねぇ」 と答えました。
この説明は、全ての死に共通する心停止=心不全、という人の死の態様を示すだけのもので何ら理由になっていません。死亡診断書記入マニュアルでも「心不全や呼吸不全などの症状を表し死亡の態様を示すに過ぎない用語は、死亡原因として記してはならない」 とあります。また、死亡診断書の記載欄にも「疾患の終末期の心不全・呼吸不全は書かないでください」 とはっきりと書かれているのです。

 更に、「『病死及び自然死』に丸が付いているが、この点はどうなのですか?」という質問に対しては、担当検事は、その理由を一言も答えられませんでした。
病死でも自然死でもなく、医療過誤による『急性エタノール中毒死』であることは、司法解剖の鑑定結果からも明らかであり、答えられる筈もないのです。・・・ただ、「嫌疑不十分」と述べるのが精一杯だったのです。

 研修医や医学生を指導・教育する立場のH医師が作成した死亡診断書には、医療ミスを知りながら、エタノールの「エ」の字も見当たりません。「急性心不全」「病死及び自然死」は、明らかに事故の隠蔽を謀るための虚偽記載なのです。それを判っていながら不起訴としたこの検事は、はなから起訴などするつもりはなかったのでしょう。医学論争を嫌い、
京大病院(国)という権威との争いに臆したのでしょう。

 現在、H医師は京大病院を離れ(理由はわかりませんが・・・)、先の7月12日に「こどもクリニック」を開業しました。「さおちゃんの会にようこそ」HP、「談話室」への匿名の方からの投稿で、私達もその事実を知り驚きました。

 「こどもクリニック」サイトに掲載された院長・H医師の満面の笑みに、その二重人格者ぶりを知るだけに憤りを感じずにはおれません。民事裁判では、亡くなった沙織の人権を軽視し、沙織の17年間の生涯をも貶める主張が書面に溢れています。


---  《「入院当初から植物状態であり」
たとえ医療ミスで命を奪われたとしても 「エタノール誤注入による苦痛はなかった」

・・・ 事故直前まで退院に向けて在宅用人工呼吸器の練習をしていた沙織に対し、
「今回は死亡退院だと思っていた」 「在宅用人工呼吸器への切り替えにチャレンジしたのは、両親の介護意欲を高め、将来への希望を持たすため」

・・・ また、私達原告側反論によりこうした嘘の主張が苦しくなると、
「例え退院して在宅治療へ移行する可能性は低いと考えていたとしても、そのことまで(両親に)説明する義務はない」・・・等々》  ---


医師としてあるまじき主張の数々です。こうした人間(医師)が、何も無かったかの如く、開業して子ども達を診ている、その現実に強く疑問を抱きます。

 京都地検には、今回再捜査となる2名に関しては、今度こそきちんと捜査してもらいたい。検察の恣意的な判断だけはあってはなりません。起訴(公判請求)して裁判所の判断に委ねてほしいのです。
検察審査会の議決にも「(両名の不起訴処分は)一般国民の考え方からは納得がいかない」とあります。そして、10月5日に京都地検に提出した2万2002人の署名が、何よりもそれを証明しています。
事故の隠蔽に代表される医療界の不正は断じて許せません。多くの人達が、社会正義を担う検察庁の判断に注目しています。法治国家が、不正を放置する「放置国家」であってはならないのです。今は検察があるべき正しい処分を下すことを信じて待ちたいと思います。

 最後になりましたが、検察再捜査に繋がったのも、多くの方々から寄せて頂いた署名のおかげだと心から感謝しております。本当にありがとうございました。


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