京大病院エタノール中毒死事件・両親手記 12

                                     藤井 省二 (2004/07/22)


刑事裁判・控訴審判決

 「主文、本件控訴を棄却する」。7月7日、大阪高裁で控訴審判決が言い渡されました。

「薬剤容器のラベル等を見て確認するという、看護師として最も基本的で初歩的な注意義務を怠ったものである。その結果は重大であり、被告人の刑事責任は決して軽く見ることはできない」 と京都地裁1審判決(禁固10ヶ月、執行猶予3年)を支持し、T看護師の控訴を棄却しました。

 控訴審は、第1回公判(3月24日)誤注入を発見したW看護師証人尋問で始まり、第2回公判(5月7日)T看護師被告人質問、第3回公判(6月2日)弁護人最終弁論、そして、この日の判決公判に至りました。


 第1回公判で、証人として法廷に立ったW看護師は、エタノール取り違えミス発見時に
私達にその事実を知らせなかった理由を「本能的な防御行為だった」と証言しました。

発見のその場の動揺から、何も手にせず病室を飛び出し看護詰所に駆け込んだ。「本能的な防御行為」として仮に理解を示せるとすればこの時点までです。
看護詰所に居たH医師から蒸留水に交換するように指示されたW看護師は、その後、
私達に気付かれないようにエタノールタンクのラベルを隠すようにして病室から持出し、次に蒸留水タンクを持ち込み、最後に加湿器チャンバー(加湿槽)を交換。
そして、その行為中、私達に事故を知られまいとウソを付いたことも認めており、看護記録にもエタノール誤注入の事実を一切記載していないのです。

こうした一連の行為は、明らかに意思を持った「故意」=「事故隠し」であり、「本能的な防御行為」では到底説明がつきません。

そして、「私はエタノールも誤注入しましたし、その後も話さないという事で、今もご両親を苦しめ続けています。この事実をいろんな人に伝えていく事が、今、私にできる償いだと思っています」 との証言に、その気持ちは伝わってくるものの、W看護師は法廷で最後まで、取り違えの事実を「話さなかった」と表現し、「隠した」とは一度も述べませんでした。せめて、『私や病院関係者がとった行為は、事故の隠ぺいと言われても仕方がありません』くらいの事を、なぜ素直に言えないのでしょう。


 また、第2回公判で、T看護師から提出された上申書に関して、
「上申書にあなた1人しか起訴されていないことが書かれているが、他の看護師さん、病院の他の人が起訴されていないことが不満だということですか?」との検察官の質問に対し、T看護師は「事故がなぜ起きたのかを考える中で、刑事裁判は個人の過失を問うところで、組織の問題は問われず、1人のみの起訴で出される証拠には限界があると感じているという意味で出しました。私には、起訴だとかそういったことはよく分かりませんが…」 と
答えました。
しかし、T看護師自身、控訴趣意書(手記11に掲載)でH医師ら・Y看護師長らの過失責任をはっきりと述べているのです。何故その主張通りに、『起訴して、裁判の中で各人の責任を問うて欲しい』と答えなかったのか、どうしても納得がいきません。

 T看護師の控訴趣意書に「被害者遺族の被害感情が悪いのは、事故直後における京大病院の対応の不備によるところが大きい」とあります。私達は、沙織の死の現場で行なわれた、人間の尊厳を踏みにじる卑劣極まりない「事故隠し」を許せず、訴訟を起こし、これまでずっと病院・事故関係者に問い続けてきました。

 しかしながら、W看護師、被告T看護師、両人の証言の端々には、保身と身内同士のかばい合いが常に見られ、事故隠しの真相に踏み込んだ証言は最後までありませんでした。当初控訴審に寄せたかすかな期待も見事に裏切られ、4回の公判に費やした時間が私達に残したものは、裁判長の「控訴を棄却する」という、その事実だけでした。



京都大学・処分発表

 控訴審判決の翌日7月8日、京都大学は事故関係者の処分を発表しました。
この日夕方、新聞社の取材で、T看護師が停職1ヵ月、後続の看護師達が戒告、の事実を知りました。

 翌9日の新聞記事に、京都大学は処分理由として
「事故は初歩的なミスで本人も認めている。処分はこれらを総合的に検討した結果で、被害者の家族に対し襟を正したということ」 とありました。
マスコミにこのように発表していながら、「襟を正した」先の被害者家族の私達には、未だに処分内容を知らせる1枚の紙切れすら届いていないのです。事故発覚後から京都大学
(京大病院)が私達に示した不誠実な対応を、ここでも見ることができます。

 事故後、京大病院は十分な事故調査すら行なっていません。看護師らの「外部委員を交えた事故調査委員会の設置」要請に対しても、
「刑事・民事事件として裁判が進行中であり、司法的立場で調査・検討が行なわれており、これらの手続きで明らかになった事実をふまえ、当院としての対応を検討する」 という理由で事故調査委員会の設置を拒否しています。

事故から4年余り、処分の検討すら放置してきた京都大学は、6月に入っていきなり人事審査委員会での検討に動き出しています。しかしながら、十分な事故調査もしていない京都大学は、いったい何を根拠として懲戒処分の審査を行なったと言うのでしょう。
控訴審判決と時を置かずしての処分発表は、社会に対する単なるパフォーマンス、批判を避けるための事務的処理としか映りません。



刑事司法の矛盾

 起訴(02年10月4日)から1年9ヶ月を経て、T看護師の刑事裁判は終わりました。

 業務上過失致死罪で起訴されたT看護師個人の責任を問う刑事裁判では、薬剤取り違えの過失に焦点が当てられ、検察官は過失の杜撰さと結果の重さを問い続け、
一方の被告側は刑の情状を求めて、過失の背景に在った病院の管理監督体制の問題に終始しました。

しかも、被告側の主張は、私達が民事裁判・書面でそれまでに主張してきた病院側の問題点をそのまま述べているに過ぎず、それどころか証人として法廷に立ったY看護師長は、当人が民事裁判で提出した書面とは正反対の証言をして被告を擁護するという離れわざ(人間ではできない)を堂々と披露したのです。

 京都地裁・大阪高裁と延べ13回の刑事公判で、法廷内に私達被害者の思いが届いたのは、唯一お母さんの意見陳述の時だけでした。

虚偽の死亡診断書を作成したH医師らを不問とした検察と私達被害者とでは温度差が有り過ぎ、その被害者の代弁者となり得ない検察官が被告と向き合っているのです。傍聴席で公判を見守る中、私達の怒りの矛先は被告側の人間であったり、検察官であったりと、やり切れない思いになりました。
 刑事裁判では被害者遺族は検察側にとっての都合の良い証拠品でしかなく当事者にはなれないという、現状の刑事司法の問題を痛感しました。


 一方で進行中の民事裁判では、私達が主体となって病院の「事故隠し」を追求しています。しかし、個人の過失責任しか問わない刑事裁判で「事故隠し」の真相を追求するには、H医師らの起訴・公判請求が不可欠です。
そのためには、京都検察審査会(制度自体に問題はあるが…)での、一般市民審査員による議決を待つしか残された方法はありません。市民感覚で判断するのであれば、必ず起訴相当と議決されるはずです。

その上で、京大病院との医学論争に臆し、私達に不起訴理由すらきちんと説明できなかった、一検事の判断をそのまま許した京都地検は、検察審査会の議決に対して、今度こそ厳正公平にその使命を果たすべきなのです。
蛇足ながら…、現京都地検・五島幸雄検事正は、今年1月の着任会見で「公権力の公使にあたっては『健全な市民感覚を大切に、被害の重さに思いをはせる』をモットーにしたい」と述べています。

 これまでにも沙織との生活の中で社会の不条理を幾度となく経験してきました。しかし、その都度、めげることなく怒りをバネに、常に変わると信じて物事に向き合ってきました。
そして、今またそうした時を迎えようとしているのです。懲りませんねぇ・・・。

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