京大病院エタノール中毒死事件・両親手記 bS

                           2001(H13)年10月25日  藤井 省二・香


〜民事訴訟・提訴〜

 平成13年10月15日、私達は医療裁判原告として、京都地方裁判所に国(京大病院)・医師・看護婦らを相手に、損害賠償を求める民事訴訟を提起しました。

 医療事故で沙織を失い1年7ヶ月が経ちました。これまでの警察・検察への捜査協力と異なり、地裁への提訴は、私達の意思で自らが主体となって「沙織の死の真実、京大病院エタノール中毒死事件の解明に向けて」の第一歩を踏み出したと考えています。

 今年1月16日、京大事件は警察から京都地検に送られ、現在も捜査が慎重に進められています。その間、私達は事故後初めて京大病院関係者らと直接会い話しを聞く機会を得ました。3月23日・4月4日の2度にわたる説明会です。その場で病院側から納得できる説明は示されず、その後受け取った「事故報告書」「記者会見謝罪文」の中でも、「沙織の死の真実」は明らかになることはなく、京大病院への疑念が深まるばかりでした。そして、京大病院が事故後取った悪質な対応、医療事故に対する姿勢が見えてきました。


〜消毒用エタノール取り違え・誤注入〜

 沙織の命を奪った消毒用エタノール誤注入事故は、一看護婦の極めて単純な過失から始まっています。人工呼吸器・加温加湿器に注入すべき滅菌精製水入りのタンクを、消毒用エタノールタンクと取り違えてしまったのです。

 看護婦さんらの勤務が厳しい労働条件のもとで行われている実情は、長年入退院を繰り返してきた私達も理解しているつもりです。「病人が患者の看護をしている」そのような光景も実際に何度か目にしてきました。しかしながら、消毒用エタノールタンク取り違えミスは、初期の確認作業を怠ったことにあります。医療事故を未然に防ぐための二重三重のチェックが問われている中、ダブルチェックはおろか最初の確認すらされていないのです。タンク持出し時にラベル確認さえしていれば、沙織は死なずにすんだのです。

 引き継いだ看護婦・看護士らも注入すべき薬剤の確認を一度も行わず、消毒用エタノールの誤注入を繰り返したのです。尊い人間の生命を預かる医療行為者としての自覚を欠いた、「うっかりミス」では済まされない重大な過失行為です。

 同時に、看護婦らの取り違え・誤注入を招いた背景に、小児科病棟の薬剤管理等の問題があります。消毒用エタノールタンクと酷似している滅菌精製水タンクの採用。消毒用エタノールタンクの蓋が吸引時便利であるという理由で、滅菌精製水タンクに流用。患者家族が自由に出入りできる調乳室に、区別されることなく両タンクを保管。持出し時の記録等のチェック体制の不備等、極めてずさんな薬剤管理体制であったことは明らかです。看護婦らの指導・監督、並びに薬剤の管理責任者である看護婦長らの過失も重大であり、看護婦らの過失に大きく影響しています。 

 平成10年2月、京大病院で、女性患者に血液型を間違えて輸血をするという医療事故がありました。当時、病院長は「これを教訓に再発防止に努めたい」とコメントしていたにも関わらず、それからわずか2年後、同様の取り違えミスが沙織の病室で起きたのです。同じ病院内で起きた事故の教訓が生かされていなかったのです。

 医療事故で沙織を亡くし、私達が一番に願うことは、同じような事故を繰り返してほしくないということです。その為には、個人の責任追及だけに終始するのではなく、事故の原因をきちんと調査した上での再発防止システムが必要であり、システムが現場で的確に機能しているか日常的なチェック体制も不可欠でしょう。また、全ての医療機関で事故を教訓として共有する為にも、事故調査結果を公表すべきであると考えます。

 そして何よりも、医療従事者一人一人が、患者に対する治療・看護の中で「病気」だけを診るのではなく、「人」を診ているのだという自覚を常に持ち続けることが最も大切なことではないでしょうか。病院内にそういった土壌が育たない限り、例え優れたシステムが構築されても事故は無くなることはないでしょう。


〜容体急変・誤注入発見時の対応〜

 消毒用エタノール取り違えから10時間余り経った2月29日午前4時30分頃、沙織の容体は急変しました。

 「何で急にこの様になったのかは分からないけれど、敗血症性ショックですね。ショック状態です。CRPが2ですから、フォーカスがどこにあるのか分からないですけど、いま考えられるのはオシッコですかね。でもオシッコのばい菌でここまでなるかな?・・」と主治医は首を傾げながら診断説明をしました。
また私達自身も、これまでの経験から、CRP(正常範囲0.2以下、高値であれば細菌感染症を示す)が2で敗血症性ショックという診断に信じられない思いでいました。在宅中もよく感染症にかかっていました。CRPが9の時でもホームドクターの往診による抗生剤点滴治療で完治していました。過去の入院中には、肺炎でCRPが36という時も経験しています。しかし私達は、これまでに経験したことのない目の前の沙織の苦しそうな症状に、ただただ医師らの診断・治療に全てを委ねるしかありませんでした。

 また、急変時に沙織の体内に投与されていたものは、投薬・経管栄養補給、そして人工呼吸器からの吸気供給の3点に限られます。医師らは、これらに対する疑いは何一つ持たず、確認作業も全くしていません。後に開示されたカルテから、当時の検査データに感染症以外の疾患を想定すべき数値の推移も見られます。この時に医師らが細心の注意を払い、何かのミス・間違いはないのかという姿勢で確認作業を行っていれば、容易に容態急変の原因特定ができていたはずです。人工呼吸器の使用における最終責任者でもある医師らの危機管理意識が欠如していたと言わざるを得ません。
 そして、沙織は約53時間消毒用エタノールを誤注入され続けたのです。私達は、容体急変時の医師らの診断は誤診であったと考えています。

 発見した看護婦は、3月1日午後11時頃に消毒用エタノール誤注入の事実に気付いたと説明しています。

 説明会において、医師らは、消毒用エタノール誤注入の事実を知った後も、エタノールの影響は少ないものと判断し、血中アルコール濃度検査や誤注入されたエタノールの分量の確認すら行わず、単に敗血症性ショックの症状でも説明できるという理由で、エタノールに対応した処置を全く検討せず、実施もしなかったということです。

 事故発見後から深夜において、沙織の病室は医師らの出入りがにわかに頻繁になりました。普段入室されることのないドクター達も沙織の様子を診て行かれ、昇圧剤投与も10分間隔で処置されるようになりました。私達は、病室でのそうした出来事と医師らの説明内容に違和感を覚えてなりません。また常識的に考えても理解できず真実であるとは考えていません。
 そして、例え医師らの説明を前提とした場合でも、医師らの取った行動は、目の前で苦しんでいる沙織に対して、エタノール中毒に対応した治療を全く放棄した極めて重大な過失行為であることに違いはありません。


〜病院ぐるみの組織的事故隠し〜

 私達家族にとって、京大病院は第二の我が家のようにさえ思っていました。
沙織が1歳になったばかりの(1983年)12月に、初めて京大病院に検査入院をしました。たった1日の(間違い)入院から2年余りの長期入院まで11回の入退院を繰り返し、12回目の入院が最後の入院となってしまいました。沙織は、京大病院には何度も命を救ってもらい、病院スタッフらには本当に可愛がられ良くしてもらいました。そうした中で私達は、病院側との信頼関係も築けていたと信じていたのです。しかし、医療事故の発覚と同時に病院側は、その信頼関係を一方的に断ち切り、私達に消毒用エタノール誤注入の事実を一切知らせず、事故隠しという悪質な対応を取ったのです。

 事故隠しは、ミスを発見した一看護婦から始まっています。看護婦は、ミスの事実を私達に気付かれないように虚偽の説明をして、人工呼吸器の下に置いてあった消毒用エタノールタンクの持出しや、加湿器モジュールの交換をしたと説明しています。事故を隠匿しようとしたことは明らかです。

 ミスに気付いたとされる3月1日午後11時頃のカルテ(病院誌・診療録)・看護記録には、消毒用エタノール誤注入の事実記載は全くありません。死亡後のカルテ最終頁に、取って付けたように消毒用エタノール誤注入についての主治医の記載があります。その件について主治医は、説明会において、小児科教授から指示されて記載したと述べています。

 誰からもミスの事実を知らされることなく、3月2日午後7時54分に沙織はエタノール中毒で亡くなりました。その後、私達は「急性心不全」「病死及び自然死」と書かれた虚偽の死亡診断書を主治医から受け取りました。そこにも消毒用エタノール誤注入の事実は一切記載されていませんでした。
またその時、主治医は、ミスの事実報告もしないまま、「病理解剖されますか。」と私達に確認をしています。この時、私達が「お願いします。」と答えていたら、沙織の病室で起きた医療事故はそのまま関係者らによってもみ消されていたのかもしれないと考えると怖くなってきます。

 そして、大勢の医師・看護婦らによる見送りの際にも、誰一人として消毒用エタノール誤注入の事実を知らせてくれることはありませんでした。

 死亡した翌日の3月3日に主治医と看護婦長の二人が自宅に訪れ、主治医から消毒用エタノール誤注入事故の報告を初めて受けました。しかしその時にも、沙織の死因はミスによるものではなく敗血症性ショックであると説明をしています。また、その同時刻頃に京大病院事務部長らが医療事故についての届け出を警察にしています。

 事故発見後から大勢の病院関係者が関わっており、それぞれの行為が個々の人間の判断だけで行われたとはとうてい考えにくく、京大病院内で組織的に事故隠しが行われていたことは明白です。

 そして、3月7日の病院側記者会見で京大病院は、事実と違う発表をして、あたかも医療事故が無くとも沙織は亡くなっていたかのような印象を与え、記者発表が遅れた理由まで私達遺族に責任転嫁しています。この記者会見からも病院ぐるみの事故隠しを伺い知ることができます。
 また、京大病院では、事故後現在においても消毒用エタノール誤注入事故に関わった医師・看護婦らの処分は一切行なっていません。事故以前と同様に業務に携わっています。このことからも京大病院の医療事故に対する姿勢が見えてきます。

 私達は沙織を失い、その上病院側の悪質な事故隠しにより更に深く傷付きました。ミスの事実に気付いた時に、何故すぐに知らせてくれなかったのか。本当のことを言ってくれていれば、こんなに苦しむことはなかったでしょう。万一不幸にも事故が起こった場合、事故を隠そうとするのではなく、いかに速やかに誠実に患者・家族に対応するか、そのことが一番大事なことではないでしょうか。


〜真実の解明に向けて〜

 私達は、これから始まる民事裁判の中でこれまでの事を訴え、自分達がその場で自ら見て聞いた確かな事実を一つずつ積み重ね、京大病院側の問題点・疑問点・矛盾点を追求していく中で、「沙織の死の真実」「京大病院・医師らがやってきた事実」を、一つずつ明らかにしていきたいと考えています。

 事故後、医療問題・医療裁判等に詳しい方からお話しをうかがう機会がありました。その方が「今回のエタノール中毒死事件で、京大病院が変わることができなければ、これから先も変わることはないでしょう。」と言われました。その時のその言葉が私達の頭から離れません。「京大病院に変わってもらいたい。」その思いは今でも私達の中にあるのです。

 京大病院の大勢の職員らの中には、これまで私達家族を個人的に支えて下さり親切にして下さった方もたくさんいます。私達は、その人達を含め多くの職員の人達まで同じ視線で見たくはないのです。悪質な事故隠し、その後の不誠実な対応、それらは医療事故に直接関係した看護婦・医師ら、そして京大病院当局の、人の痛みが分からない人達によるものであったと思いたいのです。そのように考えないと余りにも哀し過ぎます。今後の裁判の中で、医師らを始め関係者は、自らの非をきちんと認め、その場であった事実を正直に話してほしい。そして、人として社会的責任をきちんと取って頂きたい。私達はそのように望んで止みません。

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