さおちゃんからの宿題

                                 代表世話人  大 坂 紀 子



 民事裁判を終えて

 6年9ヶ月に渡った民事裁判が終わりました。両親が最後まで許せなかった事故隠蔽でしたが、最高裁は上告を棄却。司法の限界を強く感じる結果となりました。

 振りかえれば、当初の両親は長年の医師や看護師への信頼から、もう一歩踏み込めないところがありました。私が看護師達を厳しく批難すると「本当は謝罪したいはず。きっと今は病院から口止めされているから…。むやみに批難はしないほうがいい。」とたしなめられたこともありました。

 裁判所は、病院の対応が両親を苦しめたことは認めましたが、両親の事故隠蔽の疑いは病院の対応の不手際によって生じた誤解であると病院の正当性を擁護しました。『事実を丁寧に説明していけば、病院スタッフも謝罪せずにはいられなくなるだろう。きっと裁判所も病院側主張の矛盾点に気付き事故隠蔽を認めてくれるにちがいない。』という考えは甘かったようです。

 信じられないことですが、医療事故の隠蔽を処罰する法律は無いも同然なのです。『医療事故に関連した死亡の24時間以内の届け出義務』『死亡診断書の記入規定』はあっても厳密なチエックもなく、実際には医師の裁量にまかされています。これまで大方の病院は事故被害の報告は『患者を苦しめるだけで知らないほうが幸せ。』『信頼関係を壊し、診療の妨げになる。』と都合よく処理し、司法も隠蔽がわかっていても処罰することはほとんどありませんでした。被害者の無念を思えば、司法も隠蔽に加担してきたと言えます。

 しかし裁判が無駄だったわけではありません。京大病院からいまだに事故調査報告がないことを考えれば、事実解明については大きな成果があったと言えます。病院関係者の裁判証言は、複合ミスと事故隠しの全容を語っていました。両親の「さおちゃんに何があったのか知りたい。」という一番の願いは果たせたと思います。さおちゃんと両親への謝罪、再発防止の願いについては、今のところ京大病院からの連絡はありません。これらについてはさおちゃんから京大病院への宿題としましょう。


 
埋もれていく被害者

 2005年厚生労働省が全国の医療事故発生頻度に関する調査報告をしました。薬の副作用や治療によって症状が悪化した患者は41人に1人、死亡者は627人に1人だったと報告されました。この発生頻度から全国レベルに換算すると、年間約二万人の患者が医療行為により死亡していることになるのです。

 一方、先日の報道では交通事故による死者は約6000人にまで減少したそうです。これに比べはるかに多い医療過誤被害者の存在をどれだけの人が実感しているでしょうか。それどころか多くの被害者達は自分が被害者であることも知らされていないのではないでしょうか。
 交通事故のひき逃げ事件は加害者が逃げたとしても、事故自体を隠すことは容易ではありません。逃げとおす可能性は極めて低く、捕まれば逃げた分罪も重くなり逃げ得とはなりません。しかし、医療過誤は医療スタッフが一丸となれば、簡単に隠すことができるのです。たとえ事故が発覚しても、証拠となるカルテや記録類は全て病院側が管理していて、被害者がミスを立証する困難は並大抵ではないのです。


 
被害者救済に向けて

 一方では、医師会を中心に事故を一万人にまで減らす運動も行われているそうです。再発防止と訴訟の増加に対処する為、事故調査の第三者機関設立の試案も発表されました。しかし、今の試案は医療者中心で患者側の意見が十分反映されていません。事故の届出は医師自身が事故死と判断した場合だけでよく、今と変わりありません。再発防止以前の、命の尊厳に関わる問題です。もっと患者の権利、被害者の権利が確実に保護されるルールでなければなりません。

 私達はさおちゃんの事件と裁判をたたき台にしてあるべき事故対応を示していかなければいけないと考えています。傍聴活動で多くの被害者と出会い、同じような苦労をされていることもわかりました。裁判の勝ち負けで終わらせてはいけない大きな問題です。こうした不幸を繰り返さない為には、現状を広く訴え社会のルールを変えなければなりません。これこそさおちゃんから私達への宿題だと思います。裁判で大きな壁にぶち当たりました。しかし、このピンチをチャンスに変えていかなければなりません。

 これまで、さおちゃんの両親とさおちゃんの会を応援して下さり、本当にありがとうございました。たくさんの方が見守って下さることで大きな勇気をいただきました。両親は長く期待と不信の間で揺れ苦しんできましたが、裁判を終えて今は確信となり、次の一歩を踏み出す力を得たようです。私達も新たな課題に向け再出発したいと考えています。今後ともよろしくお願いいたします。

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