検察審査会議決下る
  H医師・E副看護師長の不起訴不当、再捜査開始 !!

               さおちゃんの会 代表世話人  大 坂 紀 子 (04/11/05)



検察審査会の議決まで

検察の壁

 2年前、京都地方検察庁は京大病院エタノール誤注入事件について、警察が書類送検した8人のうちT看護師1人だけを起訴しました。控訴審の判決で、裁判長も述べたように、
T看護師1人だけの裁判(起訴)では事件の実質的解明は不可能です。
京大病院はいまだに事故調査を司法に預けたまま、十分な調査、報告を行っていません。京都地方検察庁の処分決定は、一人だけを裁くことで、他の関係者に関する捜査情報を非公開にし、事件の実質的解明を阻むことになったのです。

 ご両親は、京都検察審査会に不起訴となった4人の審査を請求し、再捜査に繋がる議決に期待しました。さおちゃんの会は、これを後押しする為に署名活動を開始、審査会が必ず再捜査の扉を開いてくれると信じ、審査会宛の「厳正な審査を求める要請署名」とともに、検察庁宛の「厳正な再捜査を求める要請署名」も集めました。


審査会の壁

 審査会にはこの2年間、4回にわたって2万1885人の署名を提出し、その都度、早期の審査開始をお願いしました。
しかし「2年前の事件も残っている。」「前に10件以上の審査待ちがある。」と言われ、審査は手付かずのまま、時間だけが過ぎていきました。ついには、後から申請された事件にまで先を越され、先着順が原則なのに、「時効間近な事件から審査する。」「時効には間に合わす。」と言われました。

 このままでは、時効間際にならないと審査されず、その結果再捜査が決まったとしても、検察庁が十分に再捜査するだけの時間がなくなる恐れがありました。ご両親は最高裁と
京都検察審査会に、審査会体制の改善を申し入れると共に、マスコミにも現状を訴えました。さおちゃんの会からも署名とは別に、「早期審査を求める要請書」を審査会に提出しました。

 ご両親のなにがあろうと絶対あきらめない強い信念と、わずかでも可能性があれば労を惜しまない地道な努力、そしてそれを後押しするたくさんの署名のおかげで、申請から1年10ヶ月、ついに審査会の議決が発表されました。

 残念ながらY看護師長とO研修医の不起訴は翻りませんでしたが、担当医のH医師とE副看護師長の不起訴不当が議決され、再捜査の重い扉が開かれたのです。



議決結果について

Y看護師長、不起訴相当 ?!

 Y看護師長は、事件前の2000年1月、多忙な勤務と人手不足から事故が起きるかもしれないと、厚生労働省に危機的状況を訴える意見書をファクスしたそうです。

 しかしその一方で、控訴審判決でも述べられたように、薬剤の在庫管理や保管庫の整理整頓を行っていませんでした。そのうえ、消毒用エタノールのタンクとよく似た滅菌精製水タンクの採用や、利便性を優先した薬剤容器のノズルの流用を容認するなど、ますます事故が起きやすくなっていくのを放置していました。

 T看護師の一審証言で
「自分に病棟の薬剤管理責任があったが、事故後、それを知らされるまで知らなかった。安全対策の視点が全く抜けていた。」と自ら責任を認め謝罪しました。
しかし、実際に薬剤の発注などの薬剤管理を行っていながら、その責任を負う気はなかったと言うのはあまりに情けないというほかありません。

 ただし、取り違えが起きた2月28日は、Y看護師長は一週間の休暇をとり海外旅行中で、出勤したのはその翌日でした。この間の薬剤管理責任はE副看護師長にあったことから
不起訴が認められたのでしょうか。

 しかし、タンクの取り違えまでの過程を考えると、Y看護師長の杜撰管理の責任を無視することはできません。また、多くの看護師と副看護師長までもがラベル確認しないまま薬剤を取り扱っていたこの病棟の看護実態を考えると、Y看護師長の教育指導及び監督にも問題があったと言わざるをえません。
さらにY看護師長は事故発見後の病院上層部の事故対応協議に参加し、事故隠しにも深く関わっていたと思われます。それだけに是非、法廷で審理してもらいたかったのですが、期待はかなわず残念です。


E副看護師長、不起訴不当・・・・・再捜査開始 !!

 E副看護師長の過失責任については、T看護師の刑事裁判が始まるまで、私達はあまり把握できていませんでした。どちらかというと、たまたまY看護師長の休暇中、その職務の代行時に事故があったため、病棟管理責任を負うことになったと同情的な見方をしていました。

 しかし、T看護師の裁判により、E副看護師長もいくつものミスをかさねていたことがわかりました。事故の3日前、E副看護師長は、ラベル確認することなく目分量で在庫確認を行なった為、消毒用エタノールタンクを滅菌精製水のタンクと誤認し、滅菌精製水タンクの在庫切れを見落としました。
また、さおちゃんの人工呼吸器で使われていた500ミリリットルボトルの滅菌精製水も事故の前日には在庫を切らしてしまい、それに気付いた看護師達は、湯冷ましを作って代用していました。京大病院という先端医療現場で、まるで難民キャンプのようなことが行われていたのです。
そのうえ、在庫切れについてはE副看護師長やT看護師には伝達されなかった為、事故当日、滅菌精製水の500ミリリットルボトルを探すT看護師に、E副看護師長はあるはずのない4リットルタンクの滅菌精製水を代用するよう指示し、取り違えを誘発したのです。


複合ミスの恐怖

 事件後、次々と明らかになる複合ミスの数々、病棟の驚くべき実態を知るにつけ、大勢が寄ってかかって、声も出せないさおちゃんを死に追いやったと思わずにはいられなくなります。

 警察捜査によれば、さおちゃんの事故以前も様々なミスが繰り返されていたようです。おそらく看護師たちは「過酷な勤務」「人は誰でもまちがえる。」「1人の責任ではない。」という言葉(T看護師の裁判でよく使われた)を言い訳にかばいあい、ミスを隠す嘘までも「看護師としての本能的防御行為」(誤注入を発見した看護師の証言)として身に付けていったのでしょうか。一般社会ではとうてい許されないことです。

 これ以上、事件について知ることが恐ろしくなる時もあります。さおちゃんは誰にも気付いてもらえず、たった1人でエタノールの誤注入と戦い続けなければなりませんでした。亡くなった時のさおちゃんの目は、おおいかぶさる闇を見上げるように恐怖に充ちていました。
私たちはそばにいながら、何もしてあげられませんでした。だからこそ、その恐怖のすべてを見届けずに逃げるわけにはいかないのです。
京都地方検察庁の担当検事も私たち同様、事件の本質に正対する覚悟を決めていただきたいと思います。


担当医のH医師、不起訴不当・・・・・再捜査開始 !!

 2年前、京都地方検察庁の不起訴処分の理由は、虚偽有印公文書作成・同行使罪について「故意は認定できない。」というものでした。

 しかし、今回の検察審査会の議決では
「死亡診断書には事故事実を意図的に記載しなかった。」
「両親に事故報告をしないで、病理解剖の意思確認をしたことについては
  事実隠蔽の意図がうかがえる。」

「事故発見の報告をうけた段階から事実を隠蔽する意図がうかがえる。」
など厳しい判断を下しています。

 公表された組合の資料では、T看護師が取り違えたことをY看護師長に報告し、誤注入が53時間にわたったことが判明してからは、Y看護師長とH医師はもちろん、教授や
北副病院長、事故対策担当者や顧問弁護士までもが事故対応の協議に参加していたと記されています。病院上層部もさおちゃんが亡くなるまでに事故の重大性に気付き、ご両親にいつ話すかを検討していたのです。

 警察の捜査によれば、事故は出張先の病院長にも報告され、病院長はただちにご両親へ報告するよう指示したそうです。それなのに死亡診断書に事故があったことすら記載せず、死因を病死と記したことは明らかに事故隠しです。

 また、さおちゃんが亡くなった夜、大勢の病院スタッフが見送ってくれました。しかし、その大半は事故のことを知りながら、ご両親には黙っていました。
その理由についてY看護師長は、両親への事故説明会で、
「事故を患者に説明するという教育は受けていない、どちらかといえば余りしゃべるなという教育を受けている。」「多分、組織の人間として動いたのでは。」と述べ、京大病院の事故隠蔽体質の一端に触れました。


今も続く事故隠し

 京大病院は、さおちゃんの事件について簡単な聞き取り調査をしましたが、刑事及び
民事裁判が継続中であることを理由に、院内の職員にも調査結果を公表していません。
ご両親が京大病院の関係省庁への報告書の情報公開を求めたところ、黒いマスキングが目立つ数枚の書面で、おおざっぱな事故経緯のみが公開されました。

 他の大学病院では、同時期の事故について、早期に院外委員を交えた調査委員会を設置し、直接の事故原因だけでなく、その背景や事故対応についても多角度から検討し、
詳細な調査結果を公表しています。職員組合が、さおちゃんの事故についても同様の調査委員会の設置を求めましたが、病院はこれを拒否しました。なぜ京大病院だけ、こうまでかたくなに隠そうとするのでしょうか。

 同様の疑問は私達だけでなく、医療看護の専門家からも指摘されています。
なかなか京大病院を相手にそれをまともに口にする人はいませんが、司法解剖の執刀医の意見書や、T看護師の控訴審に提出された日本看護協会会長の意見書などにおいて、京大病院の事故後の被害者対応と事故調査は、厳しく批判されています。

 審査会の議決でも述べられているように、事故隠しが意図的に行われたのは明白ですが、H医師の単独の判断だったのか、それとも病院上層部の指示によるものだったのか、裁判で明らかにするためにはなんとしてもH医師の起訴が必要です。
再び不起訴の判断が下れば、悪しき前例となり、事故隠しは繰り返され、一般国民の医療不信、検察庁への失望も回復できません。検察も含めた『国ぐるみの事故隠し』との非難は避けられないでしょう。


再びたたく検察の壁

 10月5日、「厳正な再捜査を求める要請署名」(2万2002人)を携え、京都地方検察庁に厳正な再捜査をお願いに行きました。残念ながら、署名活動の主体であるさおちゃんの会の代表や事務局と担当検事との面会は拒否されました。その理由としては、2年前の処分についても、病院関係からの働きかけがずいぶんあったようで、公正を期す為、一方を支援するような団体の申し入れをうけることはできないということです。

 しかし、最近の被害者対応見直しの流れから、ご両親と弁護士さんは面談が許可され、署名は受け取ると言われたので、ご両親たちに署名提出を託しました。
ご両親たちは2万2002名の署名の後押しを受けて、事件の全容解明の要請を行いましたが、担当検事の反応は厳しかったようです。
今は検察庁の公正な判断を信じ、再捜査の結果を待つしかありません。


皆さんに支えられて

 事件の全容を解明しようとするご両親の前にはいくつもの大きな壁が立ちはだかっています。支援する私たちも幾度となくその壁にはね返され、打ちのめされそうになりますが、最後の最後まで、がんばりつづけたさおちゃんの姿と、全国2万2000人余りの人たちが私たちを応援してくださっていることを思い出し、勇気を奮い立たせています。
大病院や国、検察庁などの司法までも相手に戦い続けられるのも、会員の皆さんをはじめとする大勢の方々のおかげと感謝しています。

 特に、署名協力団体になってくださった、バクバクの会、京都頚髄損傷者連絡会、誕生日ありがとう運動・京都友の会、日本生活自立センター、京都でてこいランド、おもちゃライブラリーやさいの会の皆様には、本当にお世話になりました。そのほかにも全国のいろいろな団体のご協力をいただきました。

 京大病院の不誠実な対応に傷つき、医療者への不信感を募らせていたご両親ですが、京大病院の権威にひるむことなく協力して下さったお医者さんたちや私たちの訴えを真剣に受け止めてくださった看護師さんたちにも出会うことができました。この方々には、よりたくさんの勇気と希望をいただきました。
 街頭署名では、たくさんの方とお話ができ、署名と共に温かい励ましの言葉もかけていただきました。

 事件の大切な局面を迎えるにあたって、これまで支えてくださった皆様に、改めて御礼申し上げます。本当にありがとうございました。
そしてこれからも、みんなであせらず、あきらめず、できることをこつこつとやり続ければ、きっと何かが変わっていくと信じています。どうぞ見守っていて下さい。


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