刑事裁判から見えてきたもの − 今後への期待

                           代表世話人  大坂 紀子 (03/12/18)



 T看護師のラベル確認ミスのみを裁く今回の裁判は、事件の全容からすればあまりに
部分的で当初の期待もあまり大きくはありませんでした。それでもT看護師のうっかりミスではとうていすまされない京大病院の体質的な問題や、それを裁ききれない司法の問題も
浮かび上がってきたように思います。


 まず第一回公判の起訴状朗読において、検察はT看護師を業務上過失致死罪で起訴しながら、さおちゃんの死因について
『急性エタノール中毒及び原疾患の増悪により死亡させた。』と述べました。
司法解剖で急性エタノール中毒死と鑑定され、事故死以外の死因など考えられない私達にとっては冒頭から納得できないスタートとなりました。

 検察庁がこのような表現をした背景は、両親に事故を隠したまま病死の死亡診断書を
手渡した医師を起訴(虚偽有印公文書作成及び同行使容疑)しようとしたものの、「患者は事故以前より重篤でたまたま事故が重なった。エタノールの影響がないとは言い切れないが、死因は病死。」という医師の身勝手な言い逃れを許し、不起訴にしてしまったことの
影響と思われます。

 事故前病状も落ちつき、医師から退院準備をせかされていたことを知る私達にとって、
京大病院という巨塔との医学論争におじけづいた検察に医療事故を追求する能力があるのか疑問を感じずにはいられませんでした。


 一方、被告のT看護師は警察での事情聴取では事故責任を全面的に認めていたようですが、裁判では取り違えが起きた背景を考慮し、事故解明と防止活動への努力を評価して、刑を軽減するよう訴えました。
部下を弁護するため、Y看護師長と看護部長が勤務状況の厳しさや、当時の病棟管理の上で安全対策の視点が抜けていたことを証言、Y看護師長と病院、誤注入を繰り返した
他の4人の看護師にも責任があったと述べました。


 安全対策の不備については民事で両親が追求してきたことであり、証言後もY看護師長や後続の看護師らは『T看護師がラベル確認さえしていれば事故は防げた』『安全無害な滅菌製精水は使用の度ごとに注意すべき薬剤ではなかった。』と自分の責任は認めていません。

 しかし刑事裁判の展開に伴い京大職員組合の再発防止活動に変化が現れてきました。これまで事故関係者を中心とする事故防止委員会の活動は、事故原因を激務と病院システムに問題があったと分析しただけで、それ以上の具体的な掘り下げはしないまま、増員要求とT看護師支援が主な取り組みでした。
再発防止に努力していると言われても、さおちゃんとご両親にとっては評価しがたいものでした。看護師らにとっては今後我が身にふりかかる火の粉を避けるための大切な取り組みでしょうが、さおちゃんに次はもうないのです。


 しかし、刑事裁判の中でT看護師や証人が取り違えの経緯を証言し当時の看護師らが忙しさに追われ、それぞれが当然果たすべき基本的な責任すら忘れられていた実態が明らかにされてしまい、これ以上かばいあいを続ければ、社会的な批判を受けると考えたのでしょうか、委員会の広報誌でこうした問題点を含む事故経緯を公表し、再発防止を呼びかけました。
さらに、この事故について改めて院外の第三者を含む事故調査を行なうことを病院に求める署名活動を始めています。両親もかねてより、こうした公正な調査を求めており、自らも参加を希望しています。
被害者の疑問にきちんと誠意をもって答えていくことが、事故の多角度的な分析(特に事故発見後の関係者の対応について解明してほしい)に繋がり、細やかな事故対策に繋がっていくと考えます。


 刑事裁判の判決では、T看護師の過失が初歩的で看護の基本的注意義務を怠ったものであると禁固刑を免れることはできませんでした。ただし取り違えの背景などを考慮し、
3年間刑の執行を猶予されました。
さおちゃんの命が奪われたことを思えば、T看護師の罰金刑への期待はあまりに甘すぎたのではないかと思います。先のような調査会ができれば京大病院を退職しても院外からの参加も可能です。むしろ組織のしばりを離れて厳しい告発も可能になると考えます。


 さて、問題の判決文における死因に関する扱いですが、
『罪となるべき事実』の項では、起訴状を踏襲して『原疾患の増悪』の表現があります。
しかし『量刑の理由』では『・・・気化した消毒用エタノールを53時間にわたって被害者に
吸引させて、死亡させたという業務上過失致死の事案である。』
『犯行により生じた結果は被害者の命が奪われるという重大かつ深刻なものである。』
というように医療過誤と死亡の因果関係は直結した表現をしています。

 従って裁判長が死因を事故死と判断したことは明白です。司法解剖で中毒死と鑑定されたことをふまえれば当然のことなのですが、ならばなぜ病死と嘘をつきつづける医師が罪に問われないのかという思いが増々つのります。


 T看護師が控訴したことを決して歓迎するわけではありませんが、
控訴審ではぜひ取り違えを発見してからさおちゃんの死を経て両親に報告するまでに、
なぜ41時間も必要だったのか、その間の正直な思いと病棟内の対応について具体的に
語ってほしいと願っています。
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