署名活動報告  ―17500名を突破、重ねてご協力を!―

                          代表世話人 大坂 紀子 (03/02/15)



● 刑事処分発表

 昨年10月4日、ようやく京大病院エタノール中毒死事件に関する刑事処分が発表されました。結果はご存知のとおり、極めて消極的な処分に留まりました。告訴していた9名
(送検8名) の内、看護師一名をのぞく8名が起訴に至らなかったことで、この8名に関係する捜査情報は、プライバシー保護を名目に非公開となってしまいます。

 京大病院が警察に届け出た時点で、事故調査を放棄している以上、ぜひ刑事裁判で
事件の全容を明らかにすべきと考えています。
特に病院ぐるみの事故隠しを不問としたことは到底納得がいきません。


● 署名活動スタート

 直ちにさおちゃんの会はこの処分に抗議し、再捜査を求める署名活動を開始しました。10月16日、署名用紙を会員と支援者に発送すると共に、様々な障害関係団体に協力して下さるよう働きかけを開始しました。

 また、この問題はすべての人に降りかかる問題としてもっと広く訴えようと、街頭署名
活動も行いました。
10月23日は民事裁判終了後、京都タワー前にて最初の街頭活動を行いました。大阪や
兵庫から傍聴に来てくれたバクバクの会のこどもさんたちも参加してくださいました。
たくさんのマスコミ取材もあり大変緊張しましたが、各新聞が記事を掲載してくれたおかげで、後の活動がとてもやりやすくなり助かりました。

 11月3日の市役所前の活動には、京都タワー前で出会った男子中学生が、お友達と
お手伝いに来てくれたり、ボランティアグループFVの若い人達も参加してくれました。
おかげで平均年齢がいっきに若返り、おじさん、おばさんメンバーも元気百倍、冷たい風の中、一日がんばることができました。
署名してくださった方々の中には「ニュース見ました。」「人事ではない」とすでに関心を持っておられた方も多く、「がんばって!」「応援しています!」と励ましてくださいました。

 高島屋前でも2回、お歳暮シーズンの人混みに圧倒されそうになりながら、懸命に声を上げ事件を訴えました。街頭活動は、アピールの言葉を入れたノボリやゼッケンを作ったり、警察への届けなど初めてのことばかりでした。たくさんの勇気とエネルギーが必要ですが、短時間で多くの署名が集まり、手ごたえのある活動でした。

 民事裁判でウソを重ねる京大病院の対応に沈みがちのお母さんも、少しでも多くの人に事件を伝えようと前向きな姿が見られました。寒い中、お手伝いくださった皆さん、本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございました。


● 繰り返されるミス

 署名活動の間一番印象に残ったのは、11月下旬のある研修会での事です。
私が事件の経緯を話していると、一人の男性が立ち上がり、

「1年前、交通事故で搬び込まれたICUで、目の前の男性が苦しみ出した。ナースコール
したところ、呼吸器にエタノールが入っていたと慌てていた。命に別状はなく、奥さんには
謝ったようだが、私が次の日医師に尋ねると、そんなことではないとごまかされた。
ICUの患者はたいてい自分で苦痛も訴えられず、家族の付き添いもない。他にもいくつかのミスを見た。しかし、病院は絶対公表しない。家族を差し置いて騒ぐこともできないが、
納得いかない。これではミスが生かされない。」

と話されました。

 さおちゃんの事件後、その前の年にバクバクの会のこどもさんがエタノールの誤注入を
されていたことを知り、それが公表されていたら、さおちゃんは助かっていたかもしれないと悔しい思いをしました。それなのに、さおちゃんの事件の後も同じミスが繰り返されていると知らされショックでした。


● 複雑な思いを超えて

 さらに同じ会場で私が、京大では利便性を優先した杜撰な薬剤管理が重ねられたと非難すると、ベテラン看護師らしい女性が、
「看護婦は自分達が楽をしたくてやっている訳ではない。忙しい業務をまわしていく為には、省けることは省いて大事なことにエネルギーをまわすべき。みんないっしょうけんめいやっているのに・・・」 とおっしゃいました。

 私は「大変なのは分かるし、省けるものは省くべきだが、この場合はそうだったのか?」 と問いかけようとしましたが、
「事故をなくそうという署名ならするが、看護師の刑事責任を問うようなものには協力できない。」 と言って部屋を出て行かれました。

 私が動揺していると、先の男性が

「私の娘も看護師で、職場で事故が起きた時、首を覚悟で声を上げるべきかと相談された。私は首のことなど考えず、勇気を出して声を上げろ、そうすれば皆も応援してくれるはずだと励ました。娘はがんばり、今は周囲の協力も得て、事故対策の会合などで発表している。当事者は声を上げるべきだ。あきらめずにがんばって下さい。」

と言って署名して下さいました。

 おかげで医療関係者が多い中、複雑な思いを超えて、かなりの方々が署名してくださり、救われた思いでした。しかし、例え署名してもらえなくても、医療に関わる人達にこの事件の問題点を伝えられただけでも、同様の事故防止につながるのではと思っています。


● 広がる支援

 10月中は、発送した署名用紙はなかなか返送がなく、不安な毎日でした。京都タワー前でお母さんは、マスコミに署名目標数を尋ねられ、おもわず「1万人!」と答えてしまい、
みんなから「そんなに集まるかなぁ?」と言われ、ずっと心配していたそうです。当時は会がスタートして一年半余で、全国組織としての力はまだ十分とは言えず、とても1万人は無理と思われたのです。

 しかし、バクバクの会や京都頸髄損傷者連絡会など多くの障害関係団体の協力で、活動は全国に広がっていきました。関西以外ではマスコミの扱いも小さく、ほとんど知られていなかったこの事件を、直接遠くまで伝えることができました。おかげで11月中旬になると
連日封筒が届きはじめ、北海道から沖縄まで各地からたくさんの署名が寄せられました。

 また個人でもコツコツと友人や地域を回り、たくさんの署名を集めて下さった方もありました。ご両親は集まった署名の一枚一枚に目を通されたそうです。ご両親も私たちも厚い
署名の束に感動し、再捜査への期待に胸を膨らませました。


● 立ちふさがる現実

 12月4日、16517名の署名の束に心を強くし、審査会に厳正な審査をお願いしました。
ところが、記者会見を終えた私達に弁護士さんから審査会の現状が伝えられました。
「10月25日の不服申請後の審査状況を聞いたところ、全くの手つかずのままで、それどころか2年待ちの事件もある。さおちゃんの事件もいつ審査に入れるかまったく分からない。」ということでした。
あまりに厳しい現実に、ふくらんだ期待も一気にしぼんでしまいそうでした。しかし、これだけの署名を寄せてくださった皆さんの期待を裏切ることはできないと、さらに署名を集め、審査を促そうと誓ったのでした。


● 思わぬ成果?

 年の暮れ、またもや驚くニュースが届きました。
某国立病院に入院中の人工呼吸器をつけたN君のお母さんから、

『バクバクの会の入会資料を見ていた時、沙織ちゃんの記事を読みました。
沙織ちゃんの記事のおかげで、私は子どもの医療ミスに気が付いたのです。
子どもにも重度の障害があり、夜だけ人工呼吸器を使っています。沙織ちゃんと同じように、人工呼吸器の中 (加湿器) にオスバン液 (気管内を吸引するための消毒液) が注入されていました。精製水とオスバン液を取り違えていたのです。
幸い子どもは元気に回復し、肺炎にもなりませんでしたが、本当に怖かったし、
病院がにくいです。沙織ちゃんの記事に救われました。
本当に感謝しています。ありがとうございました』

というお礼のメールでした。

 再捜査の扉はまだ堅く閉じたままですが、大切な命を一つ守ることが出来た事は、この署名活動の思わぬ成果となりました。今だミスが繰り返されることに憤りを感じます。

 Nさんの場合は、病院からの謝罪と改善策の提示がなされたようですが、私たちとすれば、病院は事故情報を院内だけにとどめず、全国に向けて、滅菌精製水の取り扱いに
関する警告情報を流すべきではないでしょうか。(医療事故撲滅に向けて、各病院の事故情報を交換しあえる全国的な医療事故防止ネットワークの構築と、各病院にそのための
専門家チームを置く必要がある・・・と、会事務局の中川は言っています。)

 それにしても3年前、京大病院がさおちゃんの事件を一看護師の“うっかりミス”だけで
すまさず、もっと踏み込んだ調査情報を発表していれば、このようなミスの繰り返しは、
防げたかもしれません。


● 扉が開くまで

 審査会は2ヶ月経過しても状況は変わっていません。一方刑事裁判はすでに2回行われました。今の様子では事故隠しには一切触れないまま、タンクを取り違えた看護師がすべての責任を負って早々に結審しそうな気配です。
両親の告訴状も陳述書も、薬剤管理や事故隠しなどの重要な部分は削り落とされ、一人を追及するだけの内容にされています。これではご両親の思いは審理に反映されそうにもありません。

 事件の全容解明の為に今できることは、少しづつでも署名を集めては審査会の扉を叩き続けることしかありません。すでに予想を越えたご協力をいただき、心から感謝していますが、同様の事故をなくすためにもさらなるご協力をお願いする次第です。
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