判決記事
【京都新聞 2006年11月2日】
 京大病院薬物誤注入「事故隠し」認めず
 
     京都地裁 2800万円賠償命令

 京都大医学部付属病院で2000年3月、難病で入院中の藤井沙織さん=当時(17)=が人工呼吸器に誤ってエタノールを注入され死亡した事故で、両親が大学と医師、看護師に総額約1億1000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が1日、京都地裁であった。中村哲裁判長は、誤注入した看護師4人の責任を認定し、4人と大学に計約2800万円の支払いを命じた。両親が主張した医師、病院による「事故隠し」については「隠ぺいしたとまでは認められない」とした。

 判決によると、2000年2月28日、看護師(30)が蒸留水と間違ってエタノールのタンクを病室に持ち込み、他の看護師も間違いに気付かずに沙織さんの人工呼吸器にエタノールの注入を繰り返した。ミスは約53時間後に発覚したが、沙織さんは3月2日、エタノール中毒で死亡した。

 中村裁判長は「ラベルの確認などを怠った」として看護師4人の過失と大学の使用者責任を認めた。看護師長らの管理責任については「事故は予見できず、取り違えを防止する法的義務はない」とした。

 両親は▽誤注入の事実が死亡診断書やカルテにない▽事故の報告が遅い−などと指摘して「担当医師や病院は事故を隠ぺいしようとした」と主張していた。

 判決は「担当医師は死因を敗血症性ショックと考えた。エタノールの影響を認識しながら、あえて誤注入の事実を記載しなかったとは言えない」と判断した。カルテについても「本来記載すべき事項」と指摘したものの隠ぺいの意図を否定。報告が遅れた点は「社会通念上許されないほどではない」と結論付けた。

 判決について、内山卓病院長は「今後の対応は判決文を見て検討したい」とコメントした。

 
司法の役割を放棄
 
医療機能評価機構裁定委員の勝村久司さん=京都府木津町=の話

 判決は医療界の構造的な問題にまで踏み込むべきだ。看護師ら個人の責任を問うだけではなく、ミスを起こりにくくする病院全体の義務を指摘しないと、今後も同様の事故が続く。死亡診断書やカルテに事故を記載せず、両親へ報告が遅れたことは、どんな理由があれ、それ自体が問題だ。両親に事実を伏せたり、事後にカルテに書き加えることを問題視しなかった判決は、健全な社会を築くという司法の役割を放棄している。


 
両親「言葉失った」

 「言葉を失った。憤りは非常に大きい」。幼いころの沙織さんの写真をそっと机に置き、判決後の会見に臨んだ父親の藤井省二さん(50)は無念の思いを語った.母親の香さん(50)も「判決が必ずしも真実ではないとあらためて思い知らされた」と怒りをあらわにした。

 両親は「医師は最初、『事故で亡くなったのではない』と言った。やましいところがあったのだろう。原因が明らかになる前でも、伝えてほしかった」「この怒りを次に向けてのばねにする」などと話した。

 判決が言い渡された法廷の傍聴席は支援者で埋め尽くされた。沙織さんと同じ難病の女性(20)は、人工呼吸器を付け、移動式ベッドに横になったまま、「納得いかない」と文字盤の平仮名を指と目で追い、判決に対する思いを訴えた。



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