ネオ・シャーマニズムの流行

 
 僕は大学のゼミ(社会学の見田宗介(真木悠介)先生)でカルロス・カスタネダという人類学者のことを知 り、彼が紹介しているアメリカ先住民(インディアン)のシャーマンの深遠な精神世界に興味を持った。そこに描かれているのは仏教をはじめ とする宗教がめざす「悟り」の境地にも近いものであり、時間・空間感覚も「死」の捉え方もすべて僕らとは違っていた。だが同時に、しょせ ん東京に住む僕らとは別の遠い世界の話だという思いもぬぐえなかった。好奇心はそそられたものの、現代の東京に生きる僕がその世界に近づ いていく動機も必然性も見当たらない感じがした。

   その後、アメリカで近年盛んになっているネオ・シャーマニズムを知った。C+F研究所というトランスパーソナル系の機関が行っている 初心者向けのワークショップに参加したのだ。なんでも、ドラッグなど使わずに太鼓のリズムを聴くことでトランス(変性意識)状態にな り、さまざまな「ヴィジョン」を見てスピリット(精霊)に出会うのだという。太鼓の音の聴覚的刺激だけで「イケる」というのにひかれ (笑)、カスタネダのことも頭の片隅にあって興味本位で参加してみた。しかし僕自身は変性意識状態には入れず、「精霊なんかほんとに いるの?夢じゃないの?」という疑問も残った。

 変性意識というのは、通常とは違う意識状態全般のことで、たとえば酒に酔ったり寝て夢を見たりする のも変性意識状態であり、さまざまな種類がある。シャーマンは規則的な太鼓の音や幻覚性植物の力によってある種の変性意識状態(これ をシャーマン的意識状態と呼ぶこともある)に入り、天上や地下の世界を旅して自然界の精霊や祖先の霊などと対話してメッセージを受け 取ってくるといわれているのだ。ネオ・シャーマニズムでは、そうしたシャーマンの「旅」の能力は人類だれもが持っているものだという 立場に立って太鼓によるシャーマンの「旅」の方法を現代人向けにアレンジし、心や身体を癒す目的でワークショップなどをおこなってい る。
 実はそうした脱魂型シャーマニズムの記憶は、世界各地の民話・神話に残されている。「おむすびころりん」(地下世界への旅)、「浦 島太郎」(海底世界への旅)、「ジャックと豆の木」(天上世界への旅)などなど。僕ら人類文化の基底はシャーマニズムなのだから。

 ネオ・シャーマニズムの中心人物である文化人類学者マイケル・ハーナー博士は、シャーマニズム研究 財団を設立して世界中の伝統的シャーマニズムの調査と保護に努めるとともに、一般人向けのワークショップを今も続けている。カスタネ ダ(昨年亡くなった)が自らの正体を明かさず「履歴を消す」ことをめざしていたのとは異なるアプローチの仕方である。
 「私たち現代人はシャーマニズムの担い手である先住民族たちを圧殺し、その古代からの知恵を破壊して きたのです。人類が地球とともに生きていくためにはもう一度その伝統を取り戻さなければなりません。」とハーナー博士は言う。そして 彼自身、自分を助けてくれるスピリット(精霊)からの助言によって仕事(研究・保護・啓蒙)を今も続けているのだという。またアメリ カ先住民のシャーマンでカウンセラーでもあるレスリー・グレイ博士は、シャーマニズムで大切なのはすべての人や生命・宇宙との調和と バランスの中に生きることだと言う。そして、都会に住む私たちは自然から切り離されていると感じてしまいがちだが、実は僕ら自身が他 のすべての動植物と同じく自然そのものなのだということを思い出せばいいのだと。

 ネオ・シャーマニズムには、シャーマニズムが伝えられてきた文化的宗教的文脈を軽視しすぎていると いう批判もあるが、僕は必ずしもそうは思わない。というか、そんなことを言っている場合ではないと思うのだ。学問のための学問でな く、その成果をこの困難な社会の中できちんと根づかせていこうというハーナー博士やレスリーの姿勢は素晴らしいと思う。そしてどんな にいま僕らがシャーマニズム的世界から遠いところにいるとしても、同じヒトである以上その源泉は必ず涸れずに僕ら自身の中に見出しう るし、またヒトという種が生き延びるためにはそれをしなければならないのだとも思う。

⇒「癒し」と変性意識
⇒縄文、アイヌ、日本のシャーマニズム

<リンク>
イーグルトライブ(関西での ネオシャーマニズムのワークショップ)
The Foundation for Shamanic Studies (人類学者マイケル・ハーナーの研究財団)

<本>
マイケル・ハーナー「シャーマンの道」(平河出版社)
ロジャー・ウォルシュ「シャーマニズムの精神人類学」春秋社
P.ヴィテブスキー「シャーマンの世界」創元社

真木悠介「気流の鳴る音」筑摩書房
 

back top