縄文、アイヌ、日本のシャーマニズム
 北海道にある手宮洞窟(小樽)とフゴッペ洞窟(余市)に行ったことがある。今は保存館ができ、ガラスで おおわれた壁面を見学できる。あまり知られていないが、日本でこの2ヶ所にだけ、洞窟壁に線刻画が残され ている。今から1600年ほど昔の続縄文遺跡で、フゴッペのほうが大規模で動物などもいろいろ描かれている。 特 に面白いのは、角の生えた人の姿がたくさん描かれていることだ。

手宮洞窟



手宮洞窟壁面の陰刻画



フゴッペ洞窟壁面の「翼のある人」
 手宮洞窟壁面には、たくさんの角のある人物が描かれている。フゴッペには翼の生えた人もみら れる。これらの人物、実は当時のシャーマンだったと考えられている。どうやらこの洞窟は、神聖な儀式に 使った場所らしいのだ。

角をつけたシベリア・ツングース族の
シャーマン(1705年)

米ユタ州のシャーマンの岩壁画

羽根を広げたシャーマンの
岩壁画(ネブラスカ州)

 シベリアやアメリカ大陸のモンゴロイドの狩猟採集民たちの社会では古来からシャーマニズムがおこなわれてきた。 シャーマンはうちわ太鼓の音などを使い、時には動物のスピリットの力を借りるために毛皮を身にまとうなどして動物に扮し、変性意識状 態に入って癒しの儀礼をおこなう。あるいは動物に変身するともいう。世界各地の数千年前の岩壁画にそうした鹿のような角を生やした シャーマンが描かれており、現代でも(細々とだけど)おこなわれている。
 下の絵を見ると、手宮やフゴッペとの共通性に驚いてしまう。日本にも、シベリアやアメリカの先住民と同様のシャーマンがいたのだ! (それにしてもどうしてこんな興味深いことがほとんど注目されていないんだろう。考古学と文化人類学と宗教学がばらばらだからか?)
 
 
 続縄文時代は、北海道を中心に紀元前3世紀から紀元後7世紀頃にかけて続いた時 代だ。本州以西では大陸・朝鮮半島からの渡来人が大勢移住して稲作文化を持ち込み、先住の縄文文化は彼らに抑圧・支配・融合されて全 く異質な弥生時代が始まり、そこから大和朝廷が生じてくる。しかし北海道には弥生時代がなく、狩猟採集生活を保ちながら(弥生時代を 経ずに)縄文時代から連続的に続縄文時代へと移行し、さらに7世紀頃から擦文土器の時代を経て近世以降のアイヌ文化になった。明治時 代になって日本に侵略され支配されて「北海道」とされたのだ。DNA研究でも、今の本州以西に住む 「日本人」よりも、アイヌと沖縄の人たちの方が縄文人の末裔に近いことがわかっている。
 北海道の続縄文期(文字どおり縄文から連続した文化)にシベリアやアメリカ先住民タイプのシャーマニズムがみられたということは、 たぶん列島の縄文時代もそうだったのだろう。今のアイヌにはそうしたタイプのシャーマンはみられないが、これは和人の侵略と弾圧に よっていなくなった可能性がある。明治時代の外人宣教師の記録にはシャーマンらしいアイヌの人についての記述がみられるし、以前名古 屋で行われた展覧会「北の民アイヌの世界」には、直系60センチ位のうちわ太鼓が展示されていた。
 また最近、「最初のアメリカ人」が「縄文とその後継者であるアイヌ」に最も似ているという研究結果がミシガン大学の人類学博物館に よって公表されたという。僕達はこれまで「縄文」を「時代区分」としてとらえ、縄文から弥生に「進歩した」と教わってきたけど、実の ところは縄文というのはこの列島に古くから住んでいたモンゴロイドの複数の部族の文化であって、それは今のアイヌやアメリカ先住民の 人々に受け継がれているのかもしれない。そう考えてみるといろんなことがすごくはっきりするように思う。

 同じ小樽市内の忍路に縄文後期(3500年前)のストーンサークルがある。ストーンサークルは秋田のが有名だけど、じ つは関東から東 北北 海道にかけてけっこうたくさん見つかっている(三内丸山でも見つかった)。縄文に関する本を読むとだいたい「お墓」と書 いてあるし、実際墓として使われていたものもあるけど(とくに小規模のもの)、この忍路のものはお墓というよりみんなで何かの儀礼を おこなった場所という感じがした。まん中に立つと立石に取り囲まれている感じ。でも天に向かって開かれている。
 これもあまり指摘されないことだけど、僕はアメリカ先住民のつくる「メディスンホイール」とすごく近いものを感じる。(イギリスの ストーンサークルもきっとそうだと思う。)メディスンホイールというのは、アメリカ先住民の宇宙観や人間観をあらわす輪で、儀式の際 に地面の上に石を環状に並べてつくられる。ティピもそうだけれど円形というのがすごく大事で、全体性とかバランス、(自然のサイクル や一日、あるいは人生の)循環性などを象徴している。とすると、縄文人の宇宙観や精神性を考えるのにはアメリカ先住民を参考にするの がいい気がする。





北海道・忍路ストーンサークル

カナダで土産物として売られている
メディスンホイール
 ちなみに沖縄では、ユタと呼ばれるシャーマンが今も人々の悩み相談をしている。フゴッペ洞窟の「翼のある人」や、動物に変身 するシベリアやアメリカ大陸のシャーマンは「脱魂型」だが、ユタは憑依型だ。それは、アイヌは国家や王朝をつくらなかったのに対し、沖縄 では農耕が行われ琉球王朝がつくられたことで、シャーマニズムのタイプが変わっていったのだろうと思われる。(脱魂・憑依シャーマンと社 会システムの関わりについては別項を参照。)

 神道や天皇制が日本の精神的伝統のように言われるが、実はそんなに単純ではない。渡来系の人々によってそういうものが作られる以前の日 本列島の精神的伝統はシベリアやアメリカ大陸の先住民と同様のシャーマニズムで、それを抑圧し支配することで神道の神社がつくられたの だ。そして縄文以来のシャーマニズムの伝統は、沖縄やアイヌの人々の間に今も形を変えて受け継がれているといえる。
⇒ネオ・シャーマニズム

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