ヒトという種としての自覚

都会で目にする風景は(空と雑草以外)みんな
建築家とか土木技術者とか大工さんとか
誰かの大脳の中でイメージされたものだ
しかもそのイメージは
たとえば欧米の近代建築など
その時代の共同幻想や
先行するヒトたちの脳内イメージの焼き直し


そこにはまた、目に見えないシステムが重ね合わされている
経済とか政治とかの共同幻想だ

そういう虚構のシステムがヒトを動かし
戦争とか、格差の拡大とか、不自由さとかをもたらして
ヒト自身の首を締める

ヒトの大脳の妄想が、ヒトの身体を精神を攻撃する。
ヒトの大脳の 妄想が、ほかの生き物たちをも攻撃する。


この惑星で38億年かけて受け継がれ
多様化してきた生命の世界がある
その中で 海から陸に上がることを選び
さらに二本足で直立した唯一の動物種が、僕らヒトだ。
僕らは直立することで踊るようになり、
そしてまた直立することで
大脳と両手を使って「文明」を発達させ
こういうすべてをかたちづくってきた。

それが生命の世界を蝕み
ヒト自身を苦しめるのであれば
そろそろやり方を変えていいんじゃないか。

そのためには
僕達が大脳だけのバーチャルな存在でなく
直立猿人・ヒトという生物種であることを
からだ全体で思い出そうじゃないか

そう
ヒトという種としての自覚が

ヒトや他の生命を
破滅から救うことだろう。


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