企業診断を読む(2008年7月号)

作成日:2008-06-29
最終更新日:

難しい論考

今月号の論考を読んでみた。難しい。 本当に読み進めるだけの価値があるのだろうか。 まずは要旨が何なのかであるが、よくわからない。 「はじめに」と「おわりに」を読むと、 おそらくこういうことであろう。

戦略的マーケティング組織は、 マネジリアル(管理的)マーケティング組織とは逆である。 マネジリアルマーケティング組織を脱皮して 戦略的マーケティング組織に成長するには、 戦術的マーケティングに加えて、 マーケティングのイノベーション(革新)を起こせるかにかかっている。

それにしては、途中の意味がよくわからない。 何度も投げ出した。どういうところで投げ出したか。

はじめに、の章では、こうある。

社会科学における機能主義の組織観は、 系譜的には、 物理学上のような機能を問わない組織観ではなく、 生物学上の組織観の流れを汲む。

ここで、かつての物理学徒だったときの頃を思い出した。 物理学では、組織という概念はあっただろうか。 わたしは、組織という概念はないと思っていたが、 どうやら私の思い込みで、物理学にも組織の概念はある。 たとえば、雪の結晶成長も、自己組織化という組織の概念がある。 この現象は確かに、機能を問うてはいない。 だから、著者のいうことは認めるとして、 わざわざ物理を引き合いに出す意味があるのだろうか。

もう一つ、著者はこうもいう。

また、ときには、 組織の有限に開いたシステム観だけでなく、 自立的、自己言及的、自己構成的、 そしてむしろ自己自身とだけ関係する自己包摂的な組織という無限に閉じた システム観をも視野におさめる必要がある。

私の語感では、有限は閉じるものであり、 無限が開くものである。 ひょっとしたら、著者の考えは数学の位相幾何学の分野に触発されたのかもしれない。 開集合と閉集合の概念を、 それぞれ開いた、閉じたという形容詞で置き換え、 無限と有限の概念をも持ち込めば(そうそう、和集合か積集合かも大事です) そうなのかもしれない。 しかし、本論考でいいたいのは、数学ではないだろう。 ではいったい何か?よくわからない。

ひょっとしたら、 自己言及があればそれが矛盾を生じ、これが無限のパラドックスを生む、 という論法であるのかもしれない。 もしこの論法であれば、それを説明してほしい。

第1章に入っても、わからないことは続く。

まずわれわれは、 マーケティング組織が埋め込まれている世界 (universe) を、 ホーリスティック (holistic) に捉えると同時に、 いくつかのドメイン (domain) の構成として捉えることができる。

このすぐ後で世界の定義をしているのだが、 ホーリスティックの定義はない。 あまり耳馴れない、または正確な定義のないホーリスティックという言葉こそ、 定義が欲しいのだ。 自分で調べると、「全体論的な」「心身一元的」 という訳語が出てきた。 どうやら、もののありようを全体として捉え、 部分の構成としては捉えない、という意味に解した。 このような概念は、 詰将棋作家の上田吉一氏が 自作の詰将棋の特徴として表明しているのでわかるのだが、 それならそうと説明してほしい。

では、なぜホーリスティックの説明がないのか。 私が思うに、「いくつかのドメインの構成として捉えることができる」 と矛盾するからではないだろうか。 ホーリスティックな事物は、分けることも、 構成物の総体として捉えることもできない。これは定義である。 それをむりやりドメインの構成という相反する説明を持ち出したので、 ホーリスティックの定義をするのに恥ずかしくなったのだろう。

ということで、このあとの説明は読まないことにした。 最後に、とってつけたように事例が出ている。 三洋電機の「エアウォッシュ」機能をおつ洗濯機の紹介である。 これだけはよくわかり、面白かった。 (2008-06-29)

ポイズンピル

「ポイズンピル」に関する、皮肉のよく効いた、役に立つ記事である。 ここで取り上げられているのは、石原産業である。 最近はフェロシルト問題で、昔は四日市港に強酸性溶液を垂れ流した事件で、 知られている。昔、四日市に出張したとき、 石原産業の近くを通ったので、排水を確かめたことを思い出した。 そして、もう処分してしまった、 田尻宗昭氏の岩波新書2冊を思い出すのだった。 (2008-06-29)

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MARUYAMA Satosi