回 ・ ヤナギハラ ヨシミツ 襲われた

出会ってしまったものは仕方ないので、俺はサナちゃんと行動することになった。
捨てていくわけにもいかないし、捨てたとしてもついてくるに違いない。
まあ、一人より二人の猟は安全だし、楽だ。
賞金の分け前は減っちまうが、今日みたいな高い遭遇率の日はサナちゃんでもいないよりはいい。

「…最近、ここらへん、凄いって聞いてさ。儲けられるかなあって思って、来ちゃったんだけどね。
落っこちて迷ってるうちに、転んじゃってさ…」
サナちゃんが、俺の横を歩きながら話しかけてきた。

言い忘れてたが、サナちゃんの宇宙音悲鳴は地声じゃない。
人口声帯を喉に埋め込んでいるせいだ。
なんでも、ワーウルフが嫌がる波長の声が出せる特別誂えの声帯らしい。
さっき、サナちゃんを襲ってた人狼は、嫌がって耳を伏せてたが、あの声じゃ人間だって耳を塞ぎたくなるし、実際、人狼に、どれほどの効き目があるのかわからない。

と、何かが崩れ落ちるガラガラという音がやけに大きく響いた。
「キャー」
サナちゃんが普通の声で悲鳴をあげて、俺の右腕にしがみついた。

「ただ、ガレキがちょろっと崩れただけだろ。大分、あちこちゆるんできてるしな。」
でも、サナちゃんは離れなかった。
薄明かりでちらっと見えたサナちゃんの目は笑ってた。
っていうか、エモノを狙う目をしてた。
俺はイヤーな予感がした。

サナちゃんが俺の顔をのぞきこんできた。
「ヨシミツ、あたし、コワイ。」
ウソつけ!
恐いのは俺のほうだ。
サナちゃんの腕から俺が抜け出すより早く、サナちゃんは鉄パイプの先端を俺ののどに押し当てていた。
サナちゃんの鉄パイプは俺のムチと同様、特別仕様になっていて、手元のボタンで鉄釘が無数に飛び出す仕組みになっている。

俺はなすすべもなく、コンクリ壁に押し付けられてしまった。
のどに押し当てた鉄パイプはそのままに、サナちゃんが俺の胸にもたれてきた。

「ねえ、ヨシミツ〜…」
さっきの猟の名残で、気分が高ぶってて、その気になってるらしい。
冗談じゃない!サナちゃんの「その気」は大変危険である。
出会ったばかりの頃、知らずに俺は殺されかけた。シリにはまだその時できたアザが残ってる。

「ね、ヨシミツ、ヤラせて。」
シバカセテと言っているのだ。鉄パイプで。

「ね、1回、いや、3回でいいから!」
数が増えてるぞ。
サナちゃんに3回もシバかれたら、俺の人生はハイ、そこまでだ。
はじめて、サナちゃんのシバキぶりを見たときは感動して、打ち据えられて死んでもいいかなとか思ったが、あれは一時の気の迷いにすぎない。
俺はまだ死にたくない。

…俺の咽喉にパイプの先っちょが食いこんできた。
サナちゃんの息が嬉しそうに弾んでいる。
俺のほうは息が止まりそうだった。

「ね、ヨシミツ、幸い、見てる人、誰もいないし!」
ヒー!最悪!誰か!先輩!


と、どこかで風を切るような音がした。馴染みのある音。
ヒュッ!ヒュッ!
何度も。
サナちゃんのパイプがやっと俺の喉から離れた。
「何の音?」
「…これはムチの音だな。」
間違いない。
「壁の向こうから聞こえてくるみたい?」

俺とサナちゃんは、その時、地下室みたいにちょっと広まったところにいた。
ムチの音は薄い壁を隔てた隣の部屋から聞こえてくる。
俺達は壁を凝視した。

と、薄壁の床から1メートルばかりの高さのところがポチッと膨らんだ。
かと思うと、放射状に亀裂が走った。

俺とサナちゃんが手近なコンクリ塊の影に転がり込んだ途端、薄っぺらい壁がすさまじい勢いで放射状にはじけ飛んだ。
壁が向こう側から何かに突き崩されたのだ。いや、突き破られたといったほうがいい。
と、もうもうとうずまく塵芥の中、開いた大穴から、何かが俺達のすぐ前になだれ込んできた。

「ピョわワわワわワわ〜ッ!」
サナちゃんが一段と激しい宇宙音悲鳴を上げた。
「ギャワーッ」
負けじと俺も叫んだ。
       To be continued…