二つ目の曲がり角を曲がったところに、そいつらが転がっていたので、俺は、危うく蹴り飛ばしそうになって急ブレーキをかけた。
体高2メートルってところで、ちょっと太り気味の人狼が、ひっくりかえって暴れている若い女にのしかかろうとしていた。
むさくるしいオスだった。
人間から獣に移行している途中らしく、中途半端にグロテスクでいかがわしい格好をしている。
毛むくじゃらのエロオヤジなカンジ…
それはともかく,襲われてる女の悲鳴の凄まじさに、俺は耳を塞いで逃げ出したくなった。
なんというか、ギャーギャーと罵詈雑言の限りを吐き散らしているのだが、人間の出せるような声じゃない。
たとえて言うなら、パチンコ屋の宣伝カーが流す「ピョイーン」とかいう宇宙音のようなものを人声に変換したもの…と言えば判るだろうか。
その声のせいだかどうだか、女にのっかかっている人狼も、耳を倒してピッタリ塞ぎ、なんとなく動作が鈍かった。
俺は一人だけ、こういう声が出せる女を知っていた。
断じて、カワミナミ先輩じゃない。
俺の敬愛する先輩は、こんな地球外生物みたいな超音波ボイスは発しない。
先輩の悲鳴は聞いたことないが、きっと、とても、スゴク色っぽいに相違ない。
失礼して、先輩を、シバかせていただいたら、どんな感じなんだろう…
想像して一瞬、ニヤケてたら、襲われてる女に怒鳴られた。
「ギャー、このバカ!バカバカバカバカ!早く助けてよ、バカ、ヨシミツのバカーッ!」
イヤと言うほど、バカ連呼されたので、助ける意欲も失せたが、ほっとくわけにもいかない。
「頭、下げな。」
言うや、俺はムチを引き抜きざまに、一発御見舞いした。
ウム、快心の一撃。クリティカル。
俺のムチは人狼の首根っこに巻きついていた。それを瞬時に引き戻す。
ゴリッ。
小気味いい音がして、人狼の頭は180度回転してた。
強化皮革の特別製ムチの強靭なシナリと、この俺の技量のなせる技。
ムチ先はもう手元に戻っている。
手早くまとめて、肩にかけた。
ハンターは腰にムチをぶらさげるヤツが多いが、俺は肩だ。
柄を胸の前にたらしとくと、すぐにシュルッと引き抜いてシバケル。
ジャケットも強化皮革だから、それができる。
普通の布じゃ、摩擦で肉が削げちまう。
首がねじ折れた人狼はドッと倒れこみ、ビクビク痙攣していた。
襲われてた女は、すばやく横に転がったらしく、人狼の脇にペタンと座って、息を整えている。
俺は、彼女に近づいた。
「よう、大丈夫かい?どうして、ここに…」
とたんに下からガツンと食らった。
あご下に、まともに掌底。
思わず、後ろによろめき、目をぱちくりさせてる俺に、彼女は普通の声でわめき散らした。
「もう、ヨシミツ!どうしてすぐに助けてくれないのよ!?
ニヤニヤ笑って見てるなんて、ヒドイじゃないのよ?」
「いや、あのアレは…」
先輩のシバカレ悲鳴を妄想してたとは言えない。
「危うく、オヨメに行けなくなるとこだったんだからね!そしたら、ヨシミツ、どうしてくれるのよ?」
食われたら嫁に行くどころじゃないだろうと思ったが、俺は黙ってた。
この女相手に余計なことは言わないに限る。
女は近くに転がっていた鉄パイプを拾い上げて背に背負った。
「…とりあえず、アリガトね。」
可愛いと言えなくもない顔で、ニッと笑う。
ショートカット。場違いな白い開襟シャツに黒いタイトスカートと同色の鉄筋レガース。
いかにも能天気そうな明るい目をした赤毛のバカ女。
ドウマエ・サナ。
俺が助けた女は無免許のワーウルフハンターだった。
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