第ニ回 ・ ヤナギハラ ヨシミツ 落っこちた


南九龍区域はなにやら、ゾクゾクするような空気に覆われていた。

山水都市の西に広がる九龍区域は、巨大な水上高層建築スラムとでもいうべき場所だ。
世紀末世界異常が起こる前は、もともと100メートルを越える超高層ビルが群立する区域だったらしいが、地震で地盤沈下を起こしたうえ、海水面上昇でほぼ水没。
半分、水没した高層ビル群に不法に住みついた人々が数世代に渡り、水面上に顔を出してる部分に橋や通路やらを張り巡らせた結果、現在の高層迷宮めいた姿になっちまっている。

九龍区域は現在、東西南北、4つの区域にわけられている。概して治安が悪い区域なのだが、西は比較的安全で、山水都市で働く日雇い労働者や、ホームレスなんかがひしめいてて、割と活気がある。逆に、南は相当、物騒な無法地帯となっていて、カタギの市民は近づかない。

ワーウルフの出現率が高いのは西九龍だ。
が、今回の騒ぎが起こったのは南九龍。
今まで南九龍ではほとんど、目撃報告はなかったんだけどな…まあ、物騒なとこだから、ワーウルフが現れても、表沙汰にならなかっただけかも知れないが。

俺は、鉄条網の巻き付いた高い鉄サク門を乗り越えると、今にも崩れそうな水浸しの廃墟ビルの中を、てくてくと歩いていった。
鉄サク門を越え、この廃墟ビルに入ったときから、もう、南九龍区域内だ。
危険地帯であることを記した黄色と黒の警告看板が錆びついて、半分、水溜りに沈んでた。
辺りにヒト気はない。
それでも、どこからか誰かに見られているような気がした。
時刻は1800時。
できれば夜には来たくないとこだが、ワーウルフは夜しか出ないし仕方ない。
上ったばかりの満月が、崩れた壁の隙間から、ビルの中を照らしてた。

ウメさんから最後に連絡があった「え−2947地点」に向かう途中で、俺は早くも
ワーウルフに襲われた。
イキナリ、アタマの上に降ってこられたんで、ちょっとビックリした。
鉄骨が入り組んで、キャットウォークのようになってる天井に潜んでたらしい。
ヤツラ特有の錆びと獣くささが混じった匂いがして「ヤバイ」と思った時には、もう、ヤツは俺の顔に向かって、宙に飛んでた。
反射的に横飛びに転がって逃げたが、俺は、いつもなら、こんなに近づかれるのを許しはしない。
俺が鈍っているのじゃない。
このワーウルフが並のヤツより、敏捷で、気配を消すのが巧かったのだ。


俺は、ねらいを外し、床にめりこんでしまった、俊敏だが間抜けなソイツを観察した。
爪が床の亀裂に挟まったらしく、抜けなくなって暴れてる。
ギリギリと歯軋りの音が耳障りで、俺は顔をしかめた。
体高は2メートルってとこで、並サイズの雄。
黒灰色のタワシみたいな荒い毛。ヒトの手足を引き延ばしたような体型。
この長い手足のおかげで、四つ足で軽々走れる。
ワーウルフは、ちょっと見た目、大きなキツネザルに見えないこともない。
が、その巨大なツメと牙は、サルとは桁違いに凶悪だ。

俺はそれだけ見てとると、肩のムチを引き抜きがてら、一発、シバイテやった。
ギャウン。
いい声だ。イイ感触だ。
ムチから伝わってきた波動に、俺はゾクゾクして、嬉しくなった。
ワーウルフは跳ね上がった。そのイキオイで、ツメが外れた。
自由になったワーウルフは、俺めがけて、がむしゃらに突っ込んできた。
そう来なくちゃ。
動けないヤツをシバクのも悪くないが、やっぱり、向かってくるヤツをぶちのめすのがいいね。
スリルがないと楽しくない。
ワーウルフはフェイントも何もなく、ただチカラとスピードまかせに襲いかかってきた。
やっぱり俊敏さには感心したが、こいつが優れているのは、それだけだった。

遠慮会釈なく、急所を狙い、10回のシバキでカベにたたきつけ、そいつを昇天させてやった。
ワーウルフも基本的にはヒトと急所が同じだ。こめかみに股間に、鼻先に…
連中は、ヒトより、急所への攻撃には弱い。
だったら、倒すのは簡単だと思うかもしれないが、何せ動きが早いモノで、なかなか、急所が狙えない。
大体、ムチはピンポイント攻撃には、向いてない。
チタンの弾丸があれば、さっさとケリがつくのだが、生憎、チタンは現在、超レアな金属だ。
まあ、チタン弾丸があったとしても、俺はあえて、ムチを使うだろうけど。

俺は、倒したワーウルフの耳に手早くパンチ穴を開け、ビーコンを張り付けてから、猟友会に無線連絡した。
ビーコンと無線連絡は、「コイツは俺が狩った」という権利をアピールするのに必要だ。
そうしないと、誰が狩ったのかわからなくなり、賞金がもらえなくなってしまう。
倒したワーウルフは、大抵、ビーコンを頼りにやってきた猟友会の係員が引き取ってくれるので、
ハンターは倒すだけでいい。手ぶらで戻れる。
とにかく、一匹昇天。
早くも、3000ダラーの稼ぎ。
これで、1ヶ月、メシが食えるし、そこそこ遊べるし、カワミナミ先輩をデートに誘える…。
で、カワミナミ先輩の顔が脳裏に浮かんだ。
待っててください、先輩。俺が迎えに行きますから。

俺は気分を引き締めて廃墟ビルの中を「え−2947地点」に急いだ。

そろそろ2947地点というとき、またしてもワーウルフが現れた。
曲がり角を曲がったところに、隠れもせずにヌッと立ってた。とてつもなく大きいヤツ。
ワーウルフっていうか、これはもう、ワーグリズリーに近い。
この1時間で2匹。この遭遇率はハンパじゃない。
一人で来たのは間違いだったかなと考えつつ、そいつをぶちのめした。
俺の強化皮革製のムチは、強度を調節可能なハンター専用特注品だ。
手もとのジョグダイヤルで操作する。
強度を強くすると、扱いは難しくなるが、破壊力も増す。
人間相手なら、強度3、並のワーウルフを相手にするなら、強度5〜6が最適強度。
熊並にでかいソイツは、見かけ通りタフだったので、俺は強度を7にした。
強度7のムチ連打を浴びて、3.5メートルはあろうかというそいつのカラダが、地響きを立てて、
廃墟の床に沈んだ。もうもうと埃が舞い、壁が揺らいだ。
一丁、あがり。
二匹連続でお相手したので、俺は、いささか、疲労を感じた。もっと鍛えねば…

と、俺は足のずっと下の方で、何かイヤな感覚を感じた。
ヤバイと思った次の瞬間、足下の床が消えた。
廃墟の床が抜けたのだ。
「ノワ〜ッ」

カッコワルイ悲鳴を上げつつ、俺は、倒したワーウルフとガレキもろとも、
真っ暗な九龍の底に落っこちていった。
     To be continued…