ファイナンシャル・タイムズ
2008年6月27日
芝生は不愉快なものになっている
文:Rahul Jacob


芝は牛のためのものだ、とマヌエル・サンタナが嘲るように断言してからおよそ45年が経ち、今週のウィンブルドンでは、どの国よりも多くのスペイン男子が2回戦に進出した。かつてはジョン・マッケンロー、ステファン・エドバーグ、ボリス・ベッカー、ピート・サンプラスといった選手が席巻した大会においてさえも、現在はサーブ&ボレー・ゲームが事実上絶滅した、という事に証拠が必要ならば、この事実が証明していた。

スペインの第5シード、デビッド・フェレールとイゴール・アンドレーエフが水曜日の試合で見せた荒々しいベースライン・テニスは、その場をフレンチ・オープンの赤土の上かと思わせた。イギリスの元選手グレッグ・ルゼツキーは、BBC の放送席で無愛想にそれを言葉にした。「ベースライン・テニスはそれがふさわしい場所で。サーブ&ボレーは存在しない」

その日早くに、ロシアのマラト・サフィンは、世界ナンバー3のノバク・ジョコビッチをストレート・セットで退けた試合でコート後方からプレーする事にした理由を語った。「ウィンブルドンではコートのスピードが徐々に遅くなってきたからだ。今やベースラインからプレーする事ができる。ネットに近づく事さえせずにね」

変更は2001年に遡る。ウェールズの科学者によって開発されたライ芝をウィンブルドンが導入したのだ。それは以前のサーフェスよりも耐久性があった。芝生をより短く刈る事ができ、2週間の酷使にも良く持ちこたえた。

Aberelf と Aberimp と呼ばれる2種類のライ芝は、魔女の霊薬に入れられる何かのような響きである。それらがウィンブルドンにかけた魔法は、グラスコート・ゲームから多くの楽しみを奪い去った。

プレーヤーに空中でボールを捕らえるよう促したサーフェスの予期せぬ変化――予想外のバウンドと滑るボール――は、ほぼ姿を消した。芝生の下の土壌も昔より固く、湿気の残る可能性も低い。それはより正確な高いバウンドに寄与する。このバウンドは、微調整をすればラファエル・ナダルのようなベースライン・プレーヤーが普段のゲームをする事を可能にする――彼の場合はフォアハンドのスイングを小さくし、バックハンド・スライスを加える事で。

近頃のプレーがすべてベースラインで行われている事を証拠立てる兆候は、大会の終わりまでに芝生はサーブ&ボレーヤーがファーストボレーを打つTゾーンではなく、コート後方が禿げてくるという事である。実際のところ、数年前にアンドレ・アガシが表明したように、現在のウィンブルドンの芝生は「ほとんどハードコートのようだ」。

ウィンブルドンのコート整備員のチーフであるエディ・シーワードは、バウンドが高くなったからサーフェスが遅くなったという印象を与えるのだと論じて、コートが遅くなった事を繰り返し否定した。

イギリスの元ナンバー1で、彼の世代における卓越したサーブ&ボレーヤーの1人だったティム・ヘンマンは、ウィンブルドンの最後の数年はほぼベースラインからプレーしていた。

昨年の1回戦で、2001年以前の芝生でなら簡単に下したであろうプレーヤー、カルロス・モヤに対してヘンマンが苦闘したのを見ると、ウィンブルドンの振り子があまりにもベースライン・プレーヤー有利に振れてきたと感じずにはいられなかった。いずれにしても、それはウィンブルドンが自国の選手にハンディを付けるようなサーフェスでプレーされるという、イギリス流フェアプレーの精神を奇妙な方法で見せつけるものである。サンプラスにウィンブルドン決勝で敗れたベースライン・プレーヤーのジム・クーリエは語る。「速いコートを得意とする選手は成功の機会を制限された、と言えるほどにコートスピードは遅くなっている。ウィンブルドンが最たる例だ」

先週の土曜日、ウィンブルドンの練習コートでは、ダブルスの専門家だけがネットで多くの時間を過ごしていた。ナダルは当惑顔のヤンコ・ティプサレビッチを相手に、ベースラインからフォアハンド・パスのウィナーを打ちまくっていた。少し後には、ノバク・ジョコビッチが練習の大半をコーチのマリアン Vajda とグラウンド・ストロークのラリー、特にバックハンド・スライスに取り組んで過ごした。昨年ジョコビッチは3カ月間、オーストラリアのダブルスの偉人マーク・ウッドフォードと共に、ボレーの習得に取り組んだ。しかし選手権テニスの激しいやり取りでは、彼は未だにベースラインに留まっている。

幼い頃からグラウンド・ストロークを磨くよう指導されてきたプレーヤーにとって、サーブ&ボレーを増やすテニスへの移行には慎重を要する。サーブ&ボレー・ゲームを身につけるには、プレーヤーが14歳頃になるまで待たなければならない、とクーリエは言う。「ジュニアのプレーヤーは、コートをカバーできる体格になるまでは、このスタイルで成功を収める事はできない。そしてまた、サーブ&ボレー・テニスに伴う新たな視点と戦術を受け入れるには、さらに多くの時間を必要とする」

今週、ベテランのアメリカ人テニスコーチ、ニック・ボロテリーは、イギリスの新聞『インディペンデント』紙に、我が子に「即席の成功」を求め、サーブ&ボレーヤーとして成熟する3〜4年を待てない「強引な親」に責任があると説いた。

いずれにしても、現在サーブ&ボレー・テニスをするのは馬鹿げた事だろう。神聖な競技の場を破壊したのはウィンブルドンだけではない。合衆国のハードコート・サーキットもまた、次第に遅くなってきている。同じくラケットとストリングスの技術革新も、ボレーヤーにとって厳しいものとなった。

もし現在プレーしていたら、この技能の偉大なる達人――ステファン・エドバーグ、マルチナ・ナヴラチロワ、ビリー・ジーン・キング、およびその他――でさえ、時速100マイル以上のグラウンド・ストロークに耐えうる鋼鉄の手首が必要となるだろう。ラケットを手首より下げて絶妙のドロップボレーを放ったジョン・マッケンローは、決してチャンピオンになれなかったかも知れない。

無名に近かったポニーテールのスイス人は、サンプラス相手に番狂わせを演じた2001年のウィンブルドンでは3時間以上にわたってサーブ&ボレーを続けた。それ以降は、ロジャー・フェデラーはウィンブルドンでも他の場所でもベースラインからプレーする事で成功を見いだしている。チャンピオンは時折サーブ&ボレーをするが、意表を突く戦術としての意味合いが強い。

現在では、ボールを打つ物理的な力はルキシロン効果とも呼ばれるものによって増大する――多数のトップ選手が使用するこのストリングスは、彼らのストロークに凶暴なほどのトップスピンを与える。2週間前の週末にロンドンのアルトワ大会の芝生で、ジョコビッチとアンディ・ロディックがナダルに仕掛けたネットへの攻撃が不首尾で終わったように、重いトップスピンは以前よりもさらに速く急降下する。ナダルのグラウンドストロークと精度は、ネットへ突進するプレーヤーに対して形勢を逆転させる。彼はパスを打つ前にポイントを終えるようになっている。

昨年のアルトワ大会は、最後のクラシックなサーブ&ボレーヤーとも言われるフランスのニコラス・マウーが、切れのあるフォアハンドの、そして角度のついたバックハンドのボレーを見せつける貴重な機会となった。彼は準々決勝でナダルを下し、決勝戦ではロディックに第3セットのタイブレークで敗れた。今年、彼はアルゼンチンのデビッド・ナルバンディアンに易々と倒された。風の強い木曜日の事だった。彼は低い声で独り言を呟き、アンパイアに抗議し、そしてバックネットにラケットをぶつけるだけだった。

現代にサーブ&ボレーヤーである事は孤独な仕事だ。今週のウィンブルドンでは、マウーは1回戦で敗退した。月曜日には、有能さでやや劣る2人のサーブ&ボレーヤー、巨人イボ・カルロビッチとジョン・アイズナーも敗れ去った。

1966年のチャンピオン、サンタナは最終的に勝ったのだ。今年のウィンブルドンで、ナダルは優勝候補である。芝はもはや牛のためのものではない――ベースライン・プレーヤーにお誂え向きで、彼の同国人は最高の受益者となっているのだ。


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