シャーロット・オブザーバー
2009年9月24日
サンプラスの控え目な示唆はフォーマットの変更に繋がった
文:Rick Bonnell


14回のグランドスラム優勝者が、パリサデス開催の
チャンピオンズ・シリーズに出場する。


ピート・サンプラスは、テニスの質が量を凌駕しなければならない年齢に達した。

背中は痛み、臀部も痛んだ。そこで彼は相棒のジム・クーリエに、5日間で4試合をこなすのは不安があると告げた。クーリエはアウトバック・チャンピオンズ・シリーズのプレーヤーであり創設者でもある。

サンプラスが話をすると、人々は耳を傾ける。今週パリサデスで開催されるブリーズプレー選手権は、ラウンドロビン形式からトーナメント形式へと変更された。サンプラス―――史上最高選手の1人―――は、初戦を不戦勝で土曜日の準決勝へ進み、週末に登場する。

「散発的にプレーをしていると、さまざまな事が起こる。肉体的に少しばかり問題が発生するんだ」とサンプラスは説明した。「僕には良いスケジュールだ。2年前に参加し始めたが、立派なイベントで、出場し続けたいと思ったよ」

サンプラスが指図した訳ではない―――他の選手たちも同様の不安を感じていた―――が、38歳のサンプラスには、グランドスラム男子最多シングルス・タイトルの元記録保持者として、ある種の影響力がある。14のスラム記録は、実際よりも長く持ちこたえるだろうと彼は考えていた。しかしサンプラスは、ロジャー・フェデラーが記録を更新した7月のウィンブルドン決勝戦に参列した。

とても楽しかった、とサンプラスは語った。近代のトップ3選手―――彼自身、ロッド・レーバー、ビョルン・ボルグ―――が一堂に会し、フェデラーの偉業に拍手を送ったのだった。

「ロジャーはとても素晴らしい―――一流の―――男で、彼の決勝進出が決まった時、僕はそこにいるべきだと感じたんだ」とサンプラスは語った。「すべての偉人たちが集うのは、テレビ的にもうってつけだったね」

それはまた、マイケル・ジョーダンがバスケットボールの名誉の殿堂入りに際して繰り返し尋ねられた質問を呼び起こした:世代をすべて見通した時、スポーツで史上最高の存在を定める確実な方法はあるのだろうか?

「状況は非常に違っている」とサンプラスは述べた。「レーバーは6年間の時をあけて2回のグランドスラム優勝(同じ年に4タイトルすべてを獲得)を成し遂げた。素晴らしい事だが、同時に、競争の層の厚さが近年と同じほどだったかは分からない」

「さらに、ドン・バッジ(1930年代)にまで遡る事もできる訳だが、どうやって比較する?」

サンプラスは自分がクーリエ、アンドレ・アガシ、マイケル・チャン、トッド・マーチン等と同世代である事がどれほど幸運だったか、正しく認識するようになってきた。ジュニア時代に対戦した同じ男たちが、彼とともに世界トップ10に入り、そして彼のベストを引き出したのだ。

「ジムがナンバー1に到達するのを見て、こう考える事ができた。『僕はジムと同じくらい良いのだから、僕もナンバー1になれる筈だ』とね」とサンプラスは語った。

「それからアンドレが活躍し、そしてあらゆる場面で我々は互いを刺激し合ってきた。本当に健全な関係だった―――みんな友人同士で、互いに尊敬し合っていた。だがアメリカ人同士で対戦する時はいつも、特別の意味があった―――僕は彼らに負けたくなかった」

サンプラスは、1つの国が1世代で再びそれほどのタレントを生み出す事はなさそうだと思っている。しかし自らの経験により、フェデラーがラファエル・ナダル、アンディ・マーレー、新しいUSオープン・チャンピオンのフアン・マルチン・デル・ポトロ等の挑戦を受けるのは、本人が恐らく認識しているよりも幸運な事だ、と考えている。

「確実に、偉功にさらなる価値を持たせる」と彼は語った。「ロジャーがプッシュされるのは、とても重要な事だ。彼は、できるだけ楽な方がいいと望むかも知れないが―――いずれにしてもメジャー大会はとてもタフだからね―――だが過去を振り返る時、ベストの男たちに挑戦されてきた事がどれほど歴史に残るかを悟るんだ」


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