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スポーツ・イラストレイテッド 1997年6月6日号 デジャヴ(既視感) 文:S.L. Price |
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ピート・サンプラスはおなじみの流儀でフレンチ・オープンから去っていった。 困難に直面する友人の事を考えながら、番狂わせの犠牲者として。 |
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彼は顔を歪め、肩をすくめる。凍りついたように立ちすくむ。時にはボールが通り過ぎるのにラケットを持ち上げる事さえできなかった。テニス界でピート・サンプラスほど、見るからに苦労が台無しになる者はいない。これはクラシックなサンプラスであった。パリの美しい金曜日の午後、彼のゲームには完璧に適したコンディションだったが、対戦相手は3回戦で世界1位の選手―――サンプラスを倒し、またしても悲しげな肖像画を世界に提出した。 征服していない唯一のグランドスラム大会に勝つという考えに取り憑かれてフレンチ・オープンにやって来たが、しかしいま、彼は下痢の後遺症―――めまい、極度の疲労、熱と悪寒―――と闘っていた。誰の目にもサンプラスはチャンピオンには見えなかった。彼のサーブは見当違いの魚のようにネットに飛び込み、フォアハンドは大きく逸れていった。 そして第2セットでは、彼はコートサイドのクーラーボックスからラケットを取り出し、燃えるような額に押し当てた。観客は懇願した: 頑張れ、ピート!と。しかしサンプラスは敗れようとしていた。そして彼の残りのキャリアに向けての永続的なメッセージは、単純なものであった。彼が欲するものは、何一つとして容易ではないらしいという事。 それ以外に考えられるだろうか? 昨年サンプラスは3回の5セットマッチに耐え、2人の元フレンチ・オープン・チャンピオンを倒して準決勝へ進出した。そして、優勝者となったエフゲニー・カフェルニコフに敗れた。今年、大会は彼が優勝すべく機が熟しているように思われた。 大会が始まる前に、ボリス・ベッカー、アンドレ・アガシ、ミハエル・シュティッヒが棄権した。そして最初の5日間、太陽がレッドクレーに照りつけてコートを堅くし、サンプラスのようなビッグサーブ、ハードコート・ゲームを持つ者に、より適するようになっていた。彼は最初の2人の対戦相手―――クレー・スペシャリストのファブリス・サントーロとフランシスコ・クラベットを容易に下し、自信は高まっていた。 「今のようにボールを打ち、いいサーブが打てれば、僕を倒すのはかなり難しいだろう」と、クラベットに5ゲームしか取らせずに勝利した後、サンプラスは言った。彼の右手首と左腿の怪我、前哨戦での2度の1回戦負けについての話は、消え始めていた。 しかし、ひとたびサンプラスが旅行者によくある病気に襲われ、マグナス・ノーマンが21歳の誕生日を6-2、6-4、2-6、6-4の番狂わせの勝利で祝うと、サンプラスの非凡な才能をもってしても、まだ腹立たしいほどの代償には足らなかったのかと考えるのは、彼1人ではなかった。 彼はたくさんの身体の故障に耐え、多くのものを喪失してきたのだ。 最も有名なところでは、昨年のUSオープン準々決勝での、脱水症状で嘔吐に苦しめられつつアレックス・コレチャに勝利した5セットマッチがある。そして2年の間、彼のコーチ、ティム・ガリクソンが不治の病で死に至るのを見守ってもきた。「時に、僕の人生にはそういう事が起こるように思える」と、ノーマンに負けた翌朝、サンプラスは語った。「僕を試すような事ごとが、僕の周りで起こる」 試練は終わっていない。先月ヨーロッパに渡る直前、9歳から18歳まで彼のゲームを構築し、コーチだった南カリフォルニアの小児科医ピート・フィッシャーが、診断中に14歳の少年を性的虐待したという罪で告訴されていた事をサンプラスは知った。兄のガスが電話でニュースを伝えた時「僕はショック状態だった」と、ピートは先週語った。「心が乱れた」 5月15日、55歳のフィッシャーは、子供への性的虐待3件と肛門への異物挿入3件の罪状で、ロサンジェルス上級裁判所の法廷に召喚された(訴因は1〜8年の禁固刑に及ぶ罰則を伴う)。訴訟にはフィッシャーが発育障害の治療を施していた少年が関わっており、ロスのエロイーズ・フィリップス地方検事によれば、母親は息子の行動がフィッシャーの所に行き始めてから変わり、疑いを深めていたという。 |
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フィッシャーの弁護士ステファン・デセールスは告訴を事実無根とし、フィッシャーは小児科の内分泌学者として単に仕事をしていただけだと言う。 「テストステロンを用いて治療する過程で、フィッシャー博士は(医者が前立腺チェックのために指を患者の直腸に挿入する)前立腺の検査をしたのだが、それを3回行ったのである」とデセールスは語る。処置はフィッシャーによってカルテに記載された、と弁護士は言う。 告訴する前に、母親はカリフォルニア医学委員会に相談し、委員会は彼女をある医者の所へ差し向けた。そしてその医者は、フィッシャーによって行われた処置は不適当であると見なした。フィッシャーはまた、検査の間に少年に手淫を行ったとして訴えられていると地方検事は語る。 |
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フィッシャーは2月20日、カリフォルニア州警察のダウニーによって逮捕されたが、警察は捜査を続ける一方、先月まで彼を告訴、あるいは事件についての情報公開をしなかった。審問は6月19日に予定されている。州医学委員会が別個の審問を行うまで、フィッシャーは医療行為を許されない。「これで彼の人生は破滅だ」と弁護士は言う。 先週の木曜日、保釈中のフィッシャーは語った。「私はベトナムで国のために仕えた。制度を100パーセント信頼している。私はどんな罪も犯していない」 前日クラベットを下したサンプラスに話をしていたかどうか尋ねられ、フィッシャーは言った。「私はフレンチの間ピートに話をする事はできないし、しないだろう。個人的には、もしこの事が持ち上がるなら、フレンチの間でなければ良かったのにと思う。彼は知っている。しかし今年は彼がフレンチで優勝する年であり得るし、我々はそれを望んでいる」 フィッシャーのコメントを聞かされても、サンプラスは驚かなかった。結局のところ、彼をグランドスラム大会優勝に集中させ―――そしてフレンチ獲得への追求をたき付ける手助けをしたのは、フィッシャーであった。2人は報酬についての口論で1989年に関係を断ったが、4年前に複雑な友情をよみがえらせた。 サンプラスはフィッシャーのテニスに対する判断力に敬意を払い、テニス界の誰よりも彼の意見を尊重している。しかし完璧を求めるフィッシャーの強迫観念には気力を削がれるので、フィッシャーが大会に来る事をめったに許さない。 だがサンプラスはいまでもフィッシャーを尊敬している。現在フィッシャーは南カリフォルニアで多くの子供たちの指導に当たっているが、その中には合衆国ジュニア・ナショナル・チームのメンバーである前途有望なアレクサンドラ・スティーブンソンもいる。 フィッシャーとの9年間、不適切な行動の兆しも見なかったし、聞いた事もなかったとサンプラスは語った。「絶対的になかった」と。「僕はピート(フィッシャー)をサポートする。8歳の時から、彼は僕にとって第2の父親のような人だった。つらいのは、彼の評判は決して元には戻らないだろうという事だ」 サンプラスはフィッシャーの逮捕がクレーコートシーズンの間、重くのしかかっていたとは考えていない。彼の下痢はノーマン戦の朝までには治っていた。しかし4ゲームの間、サンプラスは「完全に混乱していた。ちょっと不運な日だった」と感じていた。ちょっと? 第1セットの終わりまでには、サンプラスは試合に全力を尽くさねばならないと自覚していたのだ。 ノーマンは65位だが、前夜のうちに対戦相手の体調について聞いていた。スウェーデンの友人がサンプラス病気のニュースを聞き、知らせてきたのだ。サンプラスがふらついているのを見ても、ノーマンは手を緩めなかった。彼は最初の2セットを取り、サンプラスのサーブは第3セットで調子が上がったものの、彼の勢いは止まらなかった。ノーマンは第4セットで立ち直り、サンプラスを走り回らせて22ものアンフォースト・エラーを自分の味方につけた。「僕は彼を負かした」とノーマンは言った。「もし彼が病気だったとしても、それは彼の問題だ」 つまり、フレンチ・オープンはまた1年お預けなのだ。サンプラスは25歳である。まだ多くのビッグイヤーがあるかも知れないが、彼は自分がこの大会で優勝するよう定められていないのかも知れないと思い始めている。「僕がここで優勝するには苦闘が続くのだろう」と彼は言った。「それを理解している」 敗戦の翌朝、サンプラスを空港へ送るべく、車がホテルの前に待機していた。彼は素早くパリから去る事を望んだ。家族とフィッシャーに会うため、南カリフォルニアに向かう予定だった。「電話をして会い、彼がどうしているか知る。助けるため、できる事は何でもする」とサンプラスは語った。 彼はまた、深刻な事態に陥っている友人と向かい合い、もう一度、自分にもたらされる運命がどうなっているのか読み解こうとする―――そして失敗する―――であろう。「これは奇異な事だ」とサンプラスは言った。「もう何を考えるべきか分からない」 |
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審問にはピートも列席し、フィッシャーのために情状答弁をする予定だという記事もありましたが、実際にどうなったかは不明です。結局フィッシャーは司法取引で裁判を早期決着し、3年間ほど禁固刑に服しました。 その間ピートは彼に手紙を書いて日々の様子などを知らせ、友人としてサポートし続けました。ピートのご両親がフィッシャーに面会に行った時、服役中はピートに会わないという決心を聞いたそうです。 この事件で、あまり公にはならなかったものの、幼少時のピートにも累が及んだのではというゲスの勘ぐりも囁かれたとか。ピートはどう見ても性的トラウマを抱えているとは思えない、健全な男性だというのにね。世の中には卑しい奴らも多いのだ! ピートは多くを語りませんでしたが、いろいろと目に見えないストレスもあった事でしょう。 |
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