スポーツ・イラストレイテッド
2003年9月1日号
あまりにも良すぎた男
文:S.L. Price


彼はとことんまでやり通し、記録的な14のグランドスラム優勝を遂げた。しかし
テニスマニアでない者は、決してピート・サンプラスの天才に心を惹かれなかった


彼が自分の契約を履行し続けたのかは、神のみぞ知る。19歳の時に1990年USオープンで初のメジャー優勝を遂げた時から、ピート・サンプラスはスポーツヒーローがするとされているあらゆる事を成した。記録を樹立し、時代を支配し、確固とした敬意をもって対戦相手や大会役員を遇しただけでなく、控えめで内向的な男にしては、感傷的なおとぎ話にもふさわしい瞬間を期待以上に生み出してきた。

サンプラスはコーチのティム・ガリクソンが不治の病にかかり、 コート上で涙を流したにもかかわらず、1995年オーストラリア・オープン(準々決勝)に勝利した。95年のデビスカップ決勝では、2日前に膝腱を痛めてコートから引きずられていったにもかかわらず、自国を優勝に導いた。そして96年USオープンでは、ひどい脱水症状と胃の不調のためコート上で嘔吐し、倒れそうな状態だったにもかかわらず勝利した。2000年のウインブルドンでは13個目のタイトルを獲得し、男子グランドスラム記録を樹立した。そしてもちろん、昨年のUSオープン決勝では、キャリアで最もつらい2年間の後に、宿敵アンドレ・アガシ―――フラッシングメドウにおける初の決勝戦の犠牲者でもあった―――をプロ生活最後の試合で下した。

サンプラスの行路は荘厳で現実離れした、男子テニスの歴史で最も偉大なものだった。それでもなお、32歳になった彼が月曜日にアーサー・アッシュ・スタジアムで引退を発表した時、皮肉屋たちは沈黙を守っていたものの、多くの者にとっては充分ではなかったのだ。奇妙な事実は、サンプラスは最愛の存在とは言いがたかったという事である。賛辞には不平が伴っていた。サンプラスはテニス人気を高めなかった。サンプラスは視聴率をつり上げなかった。サンプラスはあまりに退屈だった、あまりに華がなかった、あまりに表情が乏しかった、あまりに………あまりにも………良すぎたのだ。

彼は常に、始めから勝ち目のない論証的存在だった。当然、テニスの純粋主義者は彼の技量を愛した。そして躊躇なくサンプラスのセカンドサーブ、ランニング・フォアハンド、ジャンピング・オーバーヘッドを博物館に陳列すべき宝だと断言するだろう。しかし自分ではプレーせずに成長した大衆にとっては、ラケットが宙を舞ったり、握り拳を振り上げたり、あるいはファッションで新生面が開かれる時のみ、テニスはカリスマ的なものになる。ジョー・モンタナやタイガー・ウッズのような最愛の人物が、実はサンプラスよりも退屈で冷淡な性格だと分かっても、かまわないのだ。前者はアメリカ人の好きなスポーツの競技者で、後者はアメリカ人が自分でもプレーするゲームの競技者なのだ。サンプラスはテニスブームがただの遠い残響となっていた時代に現れた。タイミングがひどく悪かったのだ。

なお悪いのは、ニュースがテレビ向きに短縮して扱われる時代に、彼は自分の考えや立場をはっきりと説明する事ができなかった。サンプラスはアガシのように口達者ではなく、試合を完全に覚えてもいなかった。彼はテニスの天才児であり、高校の社交的な大騒ぎには縁がなく、今日に至るまで妻のブリジット以外に親友はほとんどいない。彼は成人してからの、うんざりするほど金持ちだが真価を認められていないと感じる人生の大半を、自分でも完全には理解していない才能を抱えて孤独に過ごした。1998年にウインブルドンで優勝して、ビョルン・ボルグの持つ5タイトルの記録に並んだ後、彼はその瞬間がいかに自分を「物思い」に沈ませたかを語った。自分の偉大さがいかに自己のコントロールから切り離された所に存在するように思えるか、自分にできる事をどれほど気詰まりに感じるかを語った。サンプラス自身ほどサンプラスに当惑してきた者はいなかったのだ。

そのうえプロテニスほど国際的で、なおかつ客の目を引くように紹介される世界において、そのすべてが稀に見る正直なものだったのだ。成長途上で、サンプラスのお手本はボルグ、ケン・ローズウォール、ロッド・レーバーのような無表情の暗殺者だった。そして自分自身も同じように表情を消して振る舞おうと努めた。しかし自己の感情、肉体的な不調は彼を当惑させた。彼は危機のたびに身体を丸め、何百万という目が飽き飽きする中で、それを背後に隠そうと努めていた。

サンプラスには選択の余地がなかったのだ。肉体は彼を代弁し、それは決して嘘をつかなかった。すべての涙、すべての不調、コート上のすべての瞬間が真実だったのだ。彼は勝つ事によって、呼吸と同じくらい必要とする解放感を与えられたのだ。月曜日にすべてが終わった時、彼は幸せだった。これ以上の解放感はあり得ないのかも知れない。


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