テニスマガジン
1996年1月20/2月5日号
円熟の馨り
インタビュー:Boze Hadleigh/Cosmos
訳:後藤 裕子
写真:中嶋 常正


95年、ピート・サンプラスは「明」と「暗」を見た。オーストラリアン・オープン決勝でのライバル、アンドレ・アガシに対する敗戦を皮切りに、前半戦はわずか1勝しか挙げられない不調 --- スランプ状態が続いた。4月には安泰と思われていたナンバーワンの座もアガシに明け渡し、そしてフレンチ・オープンでは屈辱の初戦敗退。

しかし、そんなどん底の状態から、サンプラスはカムバックを遂げた。ウインブルドン3連覇、USオープンでの2年ぶりの戴冠。11月にはアガシからナンバーワンの座も奪い返し、デビスカップ決勝ではひとりで3勝を挙げる活躍を見せ、アメリカを31回目の優勝へ導いた。24歳の王者は、すでに円熟の馨りさえ漂わせながら、新たなビクトリー・ロードを突き進もうとしている。


ふたたびナンバーワンになった感想は?

ピート ナンバーワンになることはいつだってすばらしい気分だよ。でも、今回の方が前回よりもっとうれしく感じてる。

スランプに陥っていたときには、自信を少し、あるいはだいぶなくしていたんですか。

ピート というより、他の人たちが失望するのを感じていたんだ。驚いている人もいたし、中にはあれこれ細かいことを考えずに驚きを楽しんでいる人もいたようだった。でも、僕にとっては大きな変化であり、ショックであり、不愉快なことだったんだ。そういうときには、どんなことでも当然だとは考えられなくなる。

今はどんな気分ですか。

ピート ハッピーだし、ありがたいと思っている。それにプレーを続けていく意欲も湧いているよ。

自分の力を証明するために?

ピート いわゆるスランプのときには、コートに出ていってプレーするんだという、精神的に前向きな意欲が持てないこともあった。1回負けるのは、まあしようがない。でも2回負けると気持ちがひるみ、大きな試合を落としたりしていくうちに、いつもの自信が揺らいでくるんだ。何が起こっているのか、どうしてなのか、どんな間違いをしでかしているのか、と考え出し、そのまま負けていくような気にさえなってしまう。

ともかく今はそんな状態は克服し、コートに出ていって勝つためにプレーしたいという昔の精神的高揚を取り戻している。今は、普通に勝てるんだと、プレーすれば勝てるんだと、また思えるようになったからね。

当時のような試練のときに、誰が本当の友達で、誰が敵なのかわかるようになったのでは?

ピート 面白い質問だね。確かに、話題の人、有名人、チャンピオンである間は、まわりの人たちすべてが自分の友人だと主張するんだ。友人であることで自分たちがどんな得をするかなんていう、その他の動機など一切ないかのように、友人であることを証明しようとする。でも、敵の場合は、誰であれ自分が敵だなんて宣言したりはしない。自分から名乗ったりはしないんだ。

でも、確かに本当の友達には特別に助けてもらったし、頼りにできると思っていた何人かは長いことどっかに消えてしまった。ひとりとは完全に絶縁状態になったけど、誰かは聞かないでほしいな。

アンドレと僕のライバル関係は本物だ。それも、現在進行形の戦い。でも、戦争じゃない。

あなたはすべてを人前にさらけ出すタイプではないですよね。

ピート (笑って)そのとおり。僕はコートに出てベストを尽くすだけだ。(名声に伴う)罠の中には避けて通れないものもあるけど、ほとんどの場合、それ以上のものじゃない。僕は自分の感情を相手にはっきり示すようなパフォーマーじゃない。

アガシみたいな?

ピート (笑って)そう、そう。

アンドレ・アガシをどう思っていますか。

ピート 彼は、テニス界のベストプレーヤーのひとりだと思う。でも、すごく外交的で自分のことをよく話すから、ときにはテニスと関係のないレッテルを貼られてしまうけど。

彼は、いいことでも悪いことでも、自分の気持ちや意見を相手にはっきり伝えますね。

ピート 何か質問をすれば、彼はたいていは本当のことを答えるよ。

いい友達ですか。

ピート 探い友情を維持するのはむずかしいんだ。そのためには常に水や栄養を与えていなければならないから。友情がそういうものだとしたら、今のところ僕にはあまり時間がない。でもアンドレと僕は、お互いを理解しているから友人だと思うよ。僕らは同じ船に乗っているんだ。感情的にも社会的にも違いはあるけど、よく同じ立場に立たされ、同じプレッシャーを受ける。僕たちは始終いっしょにプレーし、ほとんどの場合は対戦相手になる。だから、お互いに慣れて、互いに快適であろうとするんだろうね。

あなたのスランプは彼にとってはチャンスでしたね。彼はそれについてどう感じていると思いますか。あなたがふたたびナンバーワンに立ったことについてはどうでしょう。

ピート (笑って)教えてあげようか。僕の知ったことじゃないよ。もといた場所に戻れて、最悪の時期が過ぎ去ったってことがとにかくうれしいだけさ。当然、僕らは何よりもライバル同士なんだ。プロとして問題なのは、相手に勝つことだけだ。でも、当時アンドレが大喜びしていたとは思わない。僕が復調したからにはますます油断できないと思っているんじゃないかな。でも、現在、僕が好調なことで彼が落ち込んでいるとは思わないな。

アガシの私生活は広く世間に知れ渡っていますが、あなたの私生活は違いますね。

ピート さっきも言ったけど、彼はそれを公にするけど僕は違うからだよ。誰にもプライベートな生活はあるけど、僕はプライベートなものはプライベートであるベきだと思っている。有名人の世界では、ほとんどの人が、ときには私生活を利用したりさらけ出したりすれば金儲けができると思っているようだけど。僕はテニスプレーヤーとしての仕事と私生活は区別してるんだ.

アガシとブルック・シールズは、ひとりずつでいるよりもカップルとしてずっと多くの話題を集めていることは確かですよね。

ピート ……彼らは純粋なんじゃないのかな。お互いに好きなんだろうし。アンドレと(バーブラ)ストライザンドの場合のように、見せかけだけじゃないと思うよ。

彼らは完全にプラトニックな関係だったとみんな言っていますね。

ピート 僕もそう思ってるよ。

有名人とはデートしないのですか。

ピート ……うーん、とにかく僕は私生活については話したくないんだ。僕の家の写真を撮って、『チャンピオンの帰還』なんてタイトルのカバーストーリーにするっていう企画をちょうど断わったところなんだ。僕の知っている人たちと、全部の部屋でポーズを取ってほしいって言われたりしてね。それがひとりだとしてもやりたくなかったな。そうしたら、相手は大金を払うって言うんだ。お金と注目、その両方にすごくそそられる人間もいるんだなって思ったよ。でも、僕はそういったことはやりたくない。

わかりました。アガシとのライバル関係についてはどうですか。

ピート 僕らのプロとしてのライバル関係は本物だよ。僕たちは今、ピークに近づいていて、世界のテニス界のほぼ項点にいる。だから、現在進行形の戦いだね。ただし戦争じゃない。単なるライバル関係だけでなく、根の深い個人的な要素が絡んでいるプレーヤーもいる。憎しみさえもね。彼らは、ときには強迫観念とも言えるほど互いに憎み合ったりしている。でも、僕とアンドレのライバル関係は、強力ではあっても友好的な競争関係なんだ。

ティム(ガリクソン)は偉大なコーチだ。今でも彼が僕のコーチだと思っている。

日本では、あなたは "TENSAI(天才)" プレーヤーと呼ばれていますが。

ピート 本当に? それはうれしいね。

以前にも聞いたことは?

ピート まあ、あるけど、そう言われるのはいつでもうれしいよ。

それに、真面目でひたむきなプレーヤーだとも言われでいます。それについてはどうですか。

ピート ……その通りだと思うよ。僕はテニスに打ち込んでいるし、ある国の人たち、たとえば日本の人たちなんかは、あまり人目に立ちたくないという僕の気持ちを理解してくれてると思う。イギリスのマスコミは、僕のそういうところをすごく嫌っているだろうけど。

アメリカのマスコミも多少そうだけど、一部のイギリスの新開は僕を攻撃の的にしてる。彼らは、僕について何か暴きたてようとして、できる限りゴシップを書き立てることに決めているみたいなんだ。バカげてるよ。

イギリスのタブロイドはほとんどが実に低俗な新聞ですからね。偽善的、かつ保守的でありながら腐敗しでいます。

ピート うん、ショッキングな見出しで新聞を売るためなら何でもするからね。それこそがショッキングだ。つまり、間違ったことだよ。

デビスカップではアンドレ・アガシとともにアメリカを代表しで戦いましたが、それについてはどう感じていますか。

ピート うん、アンドレとね……さっきも言ったように、僕たちはときには同じチームのメンバーになるんだ。同じ国籍だからね。それは普段とは違う感じなんだ。ときにはそれもいいものだよ。テニスでは当たり前の、自分以外はすべで敵という感覚より健全な気がするし。

バスケットボールに見られるようなチーム意識とかスピリットにうまく適応できると思いますか。

ピート 必要とあらばね。チームスポーツだったら、それほど攻撃されたり孤独だったり、あれこれ取り沙汰されることもないだろうし。

その代わり、個人的な栄光も今ほどはないでしょう。

ピート そうだね。でも、儲けは悪くないよ。

お金が好きなようですね。

ピート それは僕だけじゃない。でも、僕が共和党を支持する理由のひとつは、これ以上高い税金を払いたくないからなんだ。

そうですか。でも民主党政権でも共和党政権でも税金は上がりますよ。

ピート まあ、そうだけど……政治については議論すべきではないと思うよ。

では、話題を変えましょう。あなたとあなたの……

ピート 浮き沈みについて!(笑)。デビスカップは大きな意味を持っているし、それに参加できるのはすごくうれしい。僕にとってすばらしい状況とはいえない場合でも、いくつかの試合に負けたことが僕にとって最悪の出来事とはいえないし、それはわかってる。テニスをクビになることの方がもっと悲惨だろう。僕が知っているのも愛しているのもテニスだけだから。

悲しい話題ですが、あなたのコーチであるティム・ガリクソンは今、病気ですね。それについてどう感じていますか。また、彼のコーチングのやり方についても教えてください。

ピート ……まあ、ティムのことはどんな人にも悪いことが起きるんだっていう見本だと思う。彼みたいないい人にさえもね。彼のコーチングがどうで、どんなふうに僕の助けになったかについては、彼は偉大なコーチだ、としか言いようがないな。今、彼は病気だけど、僕は今でも彼が僕のコーチだと思っているし、できることがあれば、どんなことでもしたいと思っている。でも、健康についてじゃどうしようもない。健康もまた、当然だと思ってはいけないことのひとつなんだ。

健康については、年齢に関係なく保証はありませんからね。

ピート ないね、全然。特に、年をとってからはね。でも、クリストファー・リーブ(スーパーマンを演じた俳優)の場合は、たった1回の乗馬の事故で、大惨事になってしまったけど。

ビタス・ゲルレイティスについてはどうですか。彼とは友達でしたね。

ピート うん、彼のことは好きだった。かっこよかったからね。お互いにそう思っていたと思う。彼は偉大なプレーヤーで、彼の場合はもちろん病気でさえなかったのに、ひどい事故(ガス漏れ)に巻き込まれてしまった。まあ、今日こうしていても、明日はどうなるかわからない。何だって起こり得るし、そう考えるとキャリアをどうとらえるべきかもわかってくる。僕が思うに、教訓は、今日のために生きろ、何も保証されているものはない、ということかな。

スランプは、ただそれが過ぎ去るのを待つだけ。テニスを愛していれば「日はまた昇る」さ。

 あなたは内向的だと言われてきましたが、自分でもそう思いますか。

ピート 誰だって、オープンにできない何かを持っていると思うよ。僕はプレーヤーとしては内向的じゃないと思う。でも、僕が自分のことを何でもオープンにしないと、内向的だと言う人がいる。僕自身はそうは思わないけど。

もちろん、アメリカでは、"内向的" という表現には否定的な意味合いがありますが。

ピート うん。でも最初のうち内向的でも、みんなの前で行動しなけりゃならない以上、いつかは内向的でなくなっていくものさ。こういう立場にあって、永遠に本物の内向的な人間であり続けることはできないよ。

本当に内向的だったら、グレタ・ガルボのように最盛期を迎えずに引退するでしょう。

ピート ああ。それに僕らのキャリアは短いからね。ところで最後の質問には答えたっけ?

ガリクソン・コーチについてですか。

ピート ああ、そうだ。何て言ったらいいんだろう。これは悲劇としか言いようがない。僕は彼を第一に友人として、第二にパートナーとして大切に思っている。彼はその両方なんだ。

あなたは95年、ウインブルドンとUSオープンというふたつの偉大なタイトルを取りました。そのときの気分は?

ピート そうだね……(笑って)初めて優勝ってものを経験したみたいな気分だったよ。僕は今、前より謙虚になっているんだ。以前だって、全然謙虚なところのない人間ではなかったと思いたいけど、この頃の僕は、すべてを前よりありがたいと感じてる。ウインブルドンなどのビッグタイトル、カムバックした気分、自分にふさわしい場所に復帰することをマスコミが望んでくれること、それはみんな感無量なことだった。この感じを説明するのは簡単じゃない。

全然謙虚なところのない人間は、ジョン・マッケンローかもしれません。彼のやり方をどう思いますか。あのやり方は、プレーヤーとしての彼の妨げとなったとは思いませんか。

ピート うーん、彼は今でも完全に引退したわけじゃないけど、あれほどすぐれたプレーヤーだったから、本当のところはそれほど妨げにはならなかったと思うよ。プレーヤーとしてはね。だけど、あれこれいさかいを起こしたり、あきらめたり放っておいた方が楽なことまでも大騒ぎしようとするのは、内面的な何かに関係があるんだろうね。

自慢好きで攻撃的であるせいで、彼の崇拝者が減ったとは思いませんか。

ピート そう思うよ。でも全然謙虚でなくったって、そのためにお金がかかるわけじゃない。ほとんどの人は、ファンなどよりお金のことを気にかけている。たぶん、あれがジョンのやり方で、彼はそれ以外のよけいなことをする気なんかなかったんだろう。

ウインブルドンの準々決勝(対松岡戦)ではどんなことを考えていたのですか。

ピート どんなこと、だって? 考えることはただひとつ。勝つんだ、勝つんだ、勝つんだってことだけだよ。

お経みたいに?

ピート そう。ただひとつの根強い前向きの考えだ。

どのようにして1セットダウンから挽回できたと思いますか。

ピート その質問に確かな答えができれば、僕はもう二度とスランプに陥ることはないよ。今は何であれ、当然だとは思わないというだけだ。答えはわからないな。たぶん、ときには不運もあるってことかな。

でも長くは続かないでしょう? 自分の技術の方がすぐれている場合には。

ピート ありがとう。

松岡修造をどう思いますか。

ピート 彼はとてもいいプレーヤーだと思う。それに紳士だ。

紳士、とはいい表現ですね。なぜそう思うのですか。

ピート うーん。アメリカ人とは違うからかな。アメリカ人に紳士は珍しいんだ。たぶん僕らの方が人間的に荒削りなんだ。

協調性もありませんしね。日本のテニスプレーヤーに何かアドバイスはありますか。

ピート ただひと言、練習! アドバイスの本を1冊書くこともできるけど、最善のアドバイスは普通、ごく短い言葉だよ。

あなたの例は、スランプは最高のプレーヤーにも起こり得ることを示していますね。

ピート それはどうも。うん、それについては、ただスランプが過ぎ去るのを待つこと。プレーを続けていれば、また調子が戻ってくるはずだよ。何かが根本的におかしかったり、自分よりずっとすぐれたプレーヤーが出てきたのでなければね。とにかく、テニスを愛してプレーすること、そして決してあきらめないこと。『日はまた昇る』という歌ミュージカル(『アニー』の中の曲)のようにね。


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