テニスジャーナル
1996年9月号
ついえた4連覇への夢
写真:Hiroshi Sato


   ウインブルドンでは、準々決勝で敗退し、オリンピックは直前でケガのため、キャ
   ンセル。今年のサンプラスは、今ひとつ、精彩を欠いているようだ。それには、何
   か原因があるのだろうか。

   また、ウインブルドン4連覇、ひいては、ボルグの持つ5連覇への挑戦がついえて
   しまったことに対する思いはどんなものだろうか。アガシ、エドバーグたちとの関
   係を交えながら、サンプラスが本音を語る。


ピート・サンプラスは、93年の初優勝以来、ウインブルドンで3連覇を果たしていた。しかも、そのいずれの決勝でも、ほとんど相手にスキを与えない、圧倒的な勝利。3連覇が4連覇へと続くのではないか。そして、ビヨン・ボルグが成し遂げた、偉業の5連覇を破ることも不可能ではないのでは? テ二ス関係者の間では、そういった見方が支配的になりつつあった。

はたして、それが現実となるのかどうか。今年のウインブルドンの最大の話題のひとつだった。しかし、最終的にチャンピオンとなったリチャード・クライチェクに、準々決勝で敗退してしまう。サンプラスはその結果をどのように受けてとめているのだろうか。


今年のウインブルドンでは、多くの人があなたの4連覇を期待していたと思いますが、しかしそれは現実となりませんでした。まず、準々決勝でのリチャード・クライチェク戦はどのような試合だったのか教えてください。

ピート あの試合は、勝つ見込みはあまりなかったね。セカンドセットは、取れるチャンスがたくさんあった。とくにセットの序盤には、ブレイク・チャンスが何度もあった。

でも、クライチェクはあの試合を通じて、ずっと良いプレイをしたんだ。予想以上に、リターンやパスが冴えていた。そのうえ、サーブもボレーも僕を上回っていた。

負けたのはとても悔しいけど、それが事実だったんだ。試合直後はむずかしかったけど、今はそれを受け入れているよ。

クライチェク戦でのターニング・ポイント

あの試合の中で、ターニング・ポイントはあったのでしょうか。

ピート セカンドセット、5-5オールでのブレイク・ポイントがそれだったんだと思うよ。バックハンド・リターンをわずかにサイドアウトしてしまったんだ。僕にはインに見えた。でも、ラインパーソンはワイドとコールしたんだ。あのポイントが、試合の流れをイーブンに戻すことのできる唯一のチャンスだったんじゃないかな。もしあれがインだったら、おそらくセットは取れていたと思う。でも、実際はそうはならなかった。残念なことにね。

あのときのクライチェクの戦略は、どのようなものだったのですか。

ピート クレーと違って、グラスコートでは、戦略は基本的にはないんだ。ポイントが短時間で決まってしまうからね。ビッグサーブとボレー、それに良いリターンがあればいい。あのときのクライチェクは、そのすベてが素晴らしかったけれど、とくにボレーは、落ちついて処理していたようだ。雨の中断の後、試合が再開して、コートに出たとき、僕はすごく不安だったけど、彼は落ちついていた。その差が出たんだと思う。

クライチェクは、ウインブルドンであなたが対戦したほかの誰よりも、良いプレイをしたのでしょうか。

ピート そう思うよ。彼は試合を通じてすごく集中していたし、そんなときの彼は手がつけられないのはたしかなんだ。過去3年間は、僕はそういう相手と戦わなかった。

中断による影響とは

雨による中断、そして翌日への順延があなたのプレイに何か影響を及ぼしましたか。

ピート 中断には、すごくイライラさせられたね。6、7ゲームをプレイしたかと思うと中断して、クラブハウスで長い間待機しなくちゃならない。これにはすごくイライラした。条件はクライチェクも僕も同じだけど、彼のほうがそれにうまく対処できたようだったね。もしかすると、彼には失うものが何もなかったからかもしれない。

2セットダウンとなって、翌日順延となりましたが、その日の夜はどう過ごしたのですか。

ピート 落ち込んだね。自分に対してではなく、結果に対してね。取るべきポイントを取れなかったことで、試合の流れを変えることができなかった。ただ、それでも翌日にはそんなことは忘れて、新たな気持ちで試合に臨んだんだ。でも、流れはどうすることもできなかった。

あなたは、ビヨン・ボルグの記録に追いつき、そしてそれを破ることができるのでは、と考えられていました。それがまたゼロに戻ってしまったことへの感想はどんなものですか。

ピート もともと、僕の夢は、ウインブルドンで1度優勝することだったんだ。それが3回もタイトルを取れるなんて、予想もしていなかった。幸運なことにそうなったけど、でもそれはたまたまだと言っていい。だから、僕自身はそれほど4連覇は意識していなかったし、そう簡単にできるものではないと初めからわかっていたんだ。逆に言えば、3連覇でも、僕は非常に満足している。現在の激しい競争からすれば、上出来なんだ。そう考えると、ボルグの5連覇は驚異的な数字だと言えると思うよ。

かつてフレッド・ペリーは、あなたがまだウインブルドン・タイトルを持っていない時期に、次のチャンピオンはあなただと予言していました。それを聞いて、あなたはどう思われましたか。

ピート とてもびっくりしたよ。だって、それは、グラスで満足のいくプレイが、僕にはまだできていなかった頃だからね。初出場から3年間、僕はウインブルドンでたった1回しか勝てなかったんだ。というのも、その頃の僕には、グラスでは致命的な弱点があった。サーブやボレーは問題なかったんだけど、リターンがうまく打てなかった。低く滑るバウンドに慣れていなかったんだ。僕が育ったカリフォルニアの街には、グラスコートは1面もなくて、すべてがハードコートだった。ただ、それでも僕の夢は、1度でいいからウインブルドンで優勝することだった。だから、フレッド・ペリーの言葉はとても励みになったよ。

昨年のUSオープン決勝で、サンプラスはアガシと対戦。2人は、かつてないほどのレベルの高いテニスを見せてくれた。サンプラス自身は、あのときのプレイをどのように見ているのか。

また、ライバルと言われたそのアガシが、このところ不調となってきていることに対してどう思っているのかを聞いてみた。

少し古い話になりますが、昨年のUSオープンの決勝と、そのときの対戦相手アンドレ・アガシについて聞きたいのですが、まずあの試合は史上最高の試合のひとつだという声がありますが、あなた自身はあのときのプレイをどう評価しているのですか。また、アガシのプレイについても。

ピート あのとき、コート・コンディションは、あまり良くなかったんだ。とても風が強くて、思うようなプレイができそうになかった。そのせいかウォーミングアップのときは、僕もアガシもお互い緊張している様子がはっきりとわかった。

だけど、いったん試合が始まって身体がほぐれてきたら、お互い素晴らしいプレイをしてたんじゃないかな。史上最高のプレイかどうかは僕には判断できないけど、かなりレベルの高い試合だったことはたしかだと思っているよ。

とくに、第1セットのセットポイントは非常にきわどいラリーの応酬だったと思うんですが(アガシのサーブも含めて、22本のラリーが続き、ほとんどがライン際ギリギリのショットだった)、これまであのようなプレイをした記憶はありますか?

ピート 単に、長いだけのラリーは何回か経験があるけど、グランドスラムの決勝で、しかもセットポイントという、大事な場面では覚えがないね。あのときは、アガシも僕もお互いあのポイントの重要性はわかっていたし、どっちがとってもおかしくないほど、良いショットの打ち合いだった。ただ、たまたま僕が彼よりも先にウイニング・ショットを打てたんだ。

サンプラスはアガシを必要としている?

テニス・プレイヤーとして、アガシとはどのような関係なのでしょうか。お互いが高め合い、刺激し合う仲なのでしょうか。

ピート そうだなあ、いろいろな意味でお互いをより高め合ってきたと思うね。彼は僕のテニスに磨きをかけたと思うし、僕もまたそうだっただろうね。お互いに切磋琢磨し合い、相手に勝とうと努力してきたんじゃないかな。

ただ、この2、3カ月は、アガシの調子はあまり良くないようです。フレンチ・オープンもウインブルドンも大会序盤で敗退。プレイ自体にも、勢いがないようです。彼のそうした調子の波について、シュティッヒは「彼のコンディションにはサイクルがあるんだろう」と言っていますし、マーチンは「今回の彼の不調は、以前よりもシリアスだろう」と答えています。アガシ本人は、「リズムを失っている」と述べていますが、あなたはどう考えていますか。

ピート 最近の彼の不調には、僕も驚いているんだ。グランドスラム大会に照準を合わせて、1年間プレイするという点では、僕も彼も同じ。でも、今回のローランギャロとウインブルドンを見る限りは、彼は今、心ここにあらずという感じだね。ただ、最近彼とは話をしていないから、実際のところはどうなのかはわからないけどね。しかし、プレイヤーたちはみな彼が非常に才能豊かで、ふたたび調子を取り戻すにちがいないと考えているよ。

彼に今必要なのは、テニスに集中することと、再始動のきっかけだけだと思う。その意味では、オリンピックとUSオープンは、彼にとって良い刺激になるんじゃないかな。ただ、いずれにせよ、それほどたいした不調ではないはずだし、不調だとしても、アガシが現在最高のプレイヤーの1人であることは間違いないよ。

あなたは彼に戻ってきてほしいですか。

ピート それはそうだよ。なんと言っても、彼が僕のテニスにもたらしてくれたものは、少なくないからね。彼のおかげで、僕の欠点がはっきりし、改善すべき課題に取り組むことができたんだ。もうひとつ、それはテニスという競技にとっても、同じだったんだ。彼のおかげで、テニスはよりメジャーなスポーツになった。思うに、テニスには彼が必要なんだよ。

エドバーグを尊敬する理由

テニスに必要と言えば、今年限りで引退を表明しているステファン・エドバーグを忘れることはできないと思いますが、あなたはこれまで彼を尊敬しているとのコメントを何度かしています。それはどうしてですか。

ピート きわめて個人的なことが、その大きな理由なんだ。僕がプロになったばかりの頃、僕と率先してボールを打ち合ってくれるプレイヤーはあまりいなかった。練習にならないと思われたんだと思うよ。でも、エドバーグは、僕が練習相手に困っていると、何度も相手をしてくれた。

僕からすれば、それはとてもありがたかった。あの当時は、彼はすでに超一流のプレイヤーだったにもかかわらず、コート上でもコート外でも、まるで友達のように接してくれたんだからね。

そして、彼との試合では、余計なことは考えずにすんだのも大きかったね。ただ、コートに出てプレイすれば良かった。そこには、汚い駆け引きや計算は一切入る余地はなかった。

彼はとても静かだが、偉大なプレイヤーで、実績も数字も持っていた。言ってみれば、テニス・プレイヤーのお手本のような人物だったんだと思うよ。だから、個人的には、その彼が今年限りで引退してしまうのは、とても残念だ。彼のプレイは、じつに個性的だし、まだまだトップレベルだと思っているからね。

オリンピックに対する思い

次に、オリンピックのことについて聞きたいのですが、なぜ、オリンピックでプレイしようと思ったのですか、また、どこまで参加しようと考えているのですか。たとえば、開会式の行進も参加しようと考えているのですか。

ピート おそらく、参加するとしてもテニスが始まる直前にアトランタに行くことになると思うよ。それに、会場からは遠いから、選手村には滞在しないと思う。バルセロナでは、ただ、単にプレイをしているだけで、ほかの競技を観戦できず、あまりオリンピックを楽しむという感覚がなかったので、アトランタでは、できる限りそうしようと思っているんだ。

オリンピックで国を代表するのと、デ杯で国を代表するのとでは、何か違いはありますか。

ピート 僕自身の中ではあまり違いはないけど、大会の形式が違っているからね。オリンピックは通常のトーナメントと同じだけど、デ杯はチーム戦だからね。やはりデ杯のほうが愛国心が前面に出る戦いだとは思うよ。だから、オリンピックももっとチーム戦を強調したほうがいいんじゃないかな。

国を代表してプレイするのと、個人としてプレイするのとでは、何か違いはありますか。

ピート そうだね。チーム戦は、グランドスラムでプレイするのとは少し違うだろうね。チームメイトや国のために戦っているから、みんなをがっかりさせたくないというプレッシャーがあるんだ。だから、グランドスラムの決勝よりも、デ杯に出場するほうが緊張するな。


この後の7月16日に、アキレス腱を痛めて、サンフラスはオリンピック不出場を決定。ウインブルドンの敗戦を金メダル獲得で雪辱しようと考えていただけに残念とのコメントを発表している。ただ、その一方で、USオープンに備えたのではという見方もある。サンプラスは、昨年、ウインブルドンとUSオープンのふたつのグランドスラムで優勝。しかし今年はまだひとつも取っていない。USオープンのタイトルを死守するには、日程的にタイトなオリンピックはパスしようと考えたのかもしれない。はたして、それが功を奏するかどうか。USオープンが楽しみだ。


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