ガーディアン紙(イギリス)
2001年6月11日
インタビュー:Jim White


   彼はこの10年で最大の引き潮にあり、フレンチ・キャンペーンは失敗だった。ジム
   ・ホワイトは、かつては無敵のアメリカ人と、最後の現実的試みであろうウィンブ
   ルドン・タイトル獲得への取り組みについて話し合った。


クウィーンズ・クラブのメインコートのスタンドに座り、サンプラスは関節炎患者のゲームのような、女性会員のダブルスを見ていた。ゆったりした単調な試合の1ポイントで、ボールは風船のようにラケットから弾かれ、スタンドの、ウィンブルドン・チャンピオンの足下に転がってきた。

「すみません、取ってくださる?」と、1人の婦人が大声で言った。サンプラスがボールを返そうとすると、彼女は突然、誰にそれを命じたのか気づいた。
「Oh, my God、あなただったんですか。私は………すみません。気になさらないで。Oh, God」
「オーケイ、僕はなかなかいいボールボーイなんですよ」と、彼はニッコリして言った。

彼がスタンドにいると知った途端、ゲームは滅茶苦茶になった。サーブは入らなくなり、リターンは返らなくなった。グレートチャンピオンが批判的な反応を示すかどうか、彼女たちはチラチラ窺ってばかりいた。実際はサンプラスの心は別の所にあり、ゲームを見ていなかったのだが、彼がそこにいるというだけで、彼女たちはプレーできなくなってしまった。

しかし、それは彼女たちだけではないという事実は、少なくとも慰めになるだろう。過去10年間、コートを動き回る屈めた脚、わずかに皮肉っぽい笑み、豊かな眉の下の激しい眼差しを見るだけで、多くのトッププレーヤーも同様に、対戦する前に負けていたのだ。

「確かに、僕は自分の評判により、多くの試合に勝ってきた。相手がナーバスになり、ベストのプレーができなくなるのが分かる。ナンバー1であるオーラは、助けになるよ」
彼は間をおき、微笑んだ。「それに頼る事は、もうできないけれどね」

確かに。サンプラスが週末イギリスに到着した時、彼はこの10年で最大の引き潮にあった。順位は5位で、今日の最新発表ではさらに下がるだろう
(訳注:皮肉にも4位にアップ)。フレンチでは早い段階で負け、さらなる敗戦が彼の行く手を傷つけるのは明らかだ。

「今年の成績にはとてもガッカリしている。特にパリでの結果には、すごく意気消沈した。僕は1年間、多くのエネルギーを注ぎ、考え、いまだ勝っていないこの1メジャー大会に集中してきたんだからね。そして良いプレーができず、負けた。家に戻り、とても落ち込んでいた。それから、前を向いて進むよう自分に言い聞かせてきた。いまは気分はマシになったよ」

ラケットもろくに握れない者にとっては、クウィーンズの練習コートで、火の出るようなサービスの集中砲火をヘンマンに浴びせている光景を見る者にとっては、そして実際、ウィンブルドン記録である7回もの優勝を見てきたテニスファンにとっては、こんなに意気消沈した彼の声を聞くのは驚きだ。ことに、彼のイメージは、感情に支配されないロボットというものなのだから。確かに、ロボットなら、ふさぎ込まないだろう。

「ヘイ、自分の成し遂げた事の価値は、分かっているよ」と、彼は陽気に響くように言った。彼の気分は、上空の厚く垂れ込める雲と似通っているのは明らかだったが。「でも、僕はいつも、より良くなるよう努めている。自分のした事に満足しきっているような人間じゃない。やった事は素晴らしいよ。だけど事実は、僕はとても高い目標を掲げているって事だ。プレーする時はいつも、自己の期待に添いたいし、それができないと傷つく」

それが、多くの成功を収めてきたスポーツマンが、己を鼓舞する方法なのだろうか? 新しいターゲットを見きわめる事が?
「そういう事だ。僕にとっては、優勝していないフレンチがより際立ち、より焦点を当てる。だからこそ、ある意味傷つくんだ。より打ち込むほど、立ち直るのはむずかしい。あらゆる努力やトレーニングから、何も得るものがないのだから」

オフコートのサンプラスは、決してロボットではない。外向的でもないだろうが。しかし彼が聡明・繊細で、思慮深い事は明らかだ。そしていま、彼の思考には、身体的な衰えという言外の意味も含まれてくる。

彼は現在29歳で、レベルを上げる事が、来年はさらに困難になると分かっているがゆえに、失望もより深いものになる。勝つ力が衰えてくるに従い、パリでは決して勝てないだろうという考えが、痛みを伴って形成されてくる―――アガシのように、グランドスラムを完成させた数少ない者として、記録される事はないだろう―――それは彼がずっと望んでいた事なのだが。世界1位であるという、彼が非常に長い間保ってきた業績は、いまや過去の事であると、受け入れているように見える。

「1位になった時、僕にとって厳しかったのは、そこに留まるという事だった。もちろん、到達するのもむずかしい。でもそこに留まるのは、全く別の闘いだ」

闘い? 告発的な言葉だが。「正しい用語だ。1位の人間は狙われる者となる」

彼はトップを孤独な立場と感じていたのだろうか? 「ああ、孤独な立場だ、間違いなく。僕は、自分は誰もが倒したいと思う対象であるという事に、慣れなければならなかった」

あなたは偏執症患者ではない。実際みんな、あなたを負かそうとしている。
「その感情に圧倒されすぎない事は重要だが、彼ら全員を一度にまとめて捉える事はできない。1人ずつ相対し、その相手より自分の力量は上だという自信を保たなければ」

それでも、もう1位ではないという事に、ある種の解放感があるのだろうか?
彼は答える前に少し間をおいた。「誤解しないでほしいんだが、僕はトップであった時を楽しんだし、そこに戻れたらいいなと考えていると思う。だが、それにはとても負担がかかる。肉体的には、たくさんプレーする事になるし、精神的には、単にいいプレーをする以上の意味がある。それは一種のライフスタイルであり、一定の心構えをずっと維持する事を意味する」

彼は話すほどに、過去の張り詰めた緊張感に触れる。
「トップに戻るには、あるレベルのエネルギーが必要だが、自分にまだそれあるかどうか、確信はない。選手はどんどん良くなっているし、充分な意欲を保つのは、一種の闘いだと感じている。僕は持てる限りのエネルギーをパリにつぎ込んだ。1位でいるには、そういう事はできないよ。明かりのスイッチのように、点けたり消したりはできない。毎週最高の状態でいなければならない。ローマでも、ハンブルグでも、ここクウィーンズでも、いいプレーをしなければならない。単に1つのトーナメントに集中するという事ではないんだ」

「実際、僕が1位に戻る事はないだろう。もうそれは、僕にとって目標ではない。いまは、自分にとって適正だと感じるスケジュールを作ろうとしているんだ。それは多分、再びトップに戻るのに充分なものではないだろう。かつては1シーズンに23大会かそこらプレーしてきたけど、いまは15大会程度かなと考えている。もう誰か他の人が君臨すべき時だろう」

それでは、「引退」という言葉が、彼の心には浮かんでいるのだろうか?
「引退というのは、公に使うべき言葉だ。テニスを一切やめるとは思われたくない。少し歩調を緩めたいんだ。この仕事で生計を立てる特典は理解しているが、年齢を重ねていくと、この生活には肯定的側面と同様に、否定的な側面もあると分かってくる。いまはまだ肯定的側面の方が大きい。そして、ひとたび辞めたら、すべて終了だ。だから早計な事はしたくない」

だが、昨年サンプラスには、明らかに1つの事が起こった。7歳の時から、彼の心はテニスに占められてきて、他の何事にも囚われなかった。しかし昨年9月に女優のブリジット・ウィルソンと結婚し、それ以来、コートの外にも素晴らしい生活があるという事を味わい始めた。

「年を取ってくると自然に、考えや知識は広がる。キャリアを始めたばかりの時は、自分の足跡を記そうという、信じがたいほどのエネルギーを持っている。だが年を取るに従い、他の事も必要になってくる。恋をし、結婚し、子供を持つ事などだ。僕もかつては、生活のすべてをテニスに集中させるという立場にいたが、そこに戻れるのかは不確かだ。恋をし、出身地であるロスに戻り、家族との交流を取り戻した。10代の頃、テニスのためにフロリダに移って以来、家族とは縁遠くなっていたからね。これは人生の別の側面だ。テニスはいまでも重要だが、違った意味、もう少し抑制された意味で捉えている」

この1カ月の間にはウィンブルドンがある。非常に長い間、彼は完全にこの大会を支配し、昨年は1本足でプレーしてさえ、優勝した大会だ。この期間が、彼がどれだけ衰えたのかを判断する時だろう。もし彼がセンターコートでトロフィーを掲げなかったら、それはカナリヤが、本当に死んだ時なのだろう。

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