ガーディアン(イギリス)
2000年7月10日
サンプラスは膝を曲げる事の重要性を思い出させる
2000年ウインブルドン特別レポート
文:Richard Williams


人生へと芸術的にもたらされる古い諺


誰もが言う事だが、秘密は膝にある。それがスキーのスラローム・ターンだろうが、ボウリングのストライクだろうが、クリケットのカバードライブ、あるいはラグビーのパスだろうが関係ない。

膝を曲げておきなさい。関節の曲げ伸ばしは、単純ではあるが苦しい動作だ。さもなければ、アルペン・スキー世代の指導者が不熱心なイギリスの初心者に「とにかく膝を曲げなさい」と、がみがみ言ったりはしない。

そして誰も、世界じゅうのスポーツ界の誰も、ピート・サンプラスほどそのメッセージの重要性を理解している者はいないのだ。

膝を曲げるのは魅惑的な所作ではない。これがしたくてスポーツをするのではない。ラケットに角度をつけ、美しい羽根のようなドロップボレーを打つのとは違い、それ自体からは何の満足感も得られない。

それは結果というよりも、理由である。誰も褒めそやしたりはしない。しかし、それ無くしては何も始まらないのだ。

チャンピオンは皆この事を知っている。女子シングルス決勝の前夜、2度のチャンピオンとなったアリシア・ギブソンは、ニュージャージー州イースト・オレンジの自宅からジナ・ガリソンを通じて、ビーナス・ウィリアムズへメッセージを送ってくれた。

実際は伝えられなかった。ビーナスのふだんの準備に余計な口を挟まない方が良いとガリソンが考えたからだ。だがともかくも、膝を曲げておく事をビーナスは意識している必要があった。ハイテク・ラケット、栄養ドリンク、電子センサーなどは導入されたが、いくつかの事柄は決して変わらないのだ。

昨夜、雨による中断に悩まされたパトリック・ラフターとの決勝戦で、最初の2セットの間、サンプラスの調子は上がったり下がったりしていた。初のブレークを遂げるのに、9つのブレークポイントを要した。

異常なほど高い数値であり、もちろん、対戦相手の不屈の闘志を讃えるべきでもあった。ブレークまでの途上で、サンプラスは懸命に調整してきた多くの比較的単純な事柄をミスしていた。

高くキックするラフターのセカンドサーブは、殊に重大な問題点だった。そしてディフェンディング・チャンピオンは、その解決に努めた。特にアドバンテージ・コートにおけるバックハンド・サイドについて。

彼は高く身体を伸ばしてボールを捕らえ、鋭いアングルでチップし続けた。そしてトップスピードで突進してくるサーバーの足下をえぐり、身体を伸ばさせ、ターンさせ、膝を曲げさせ、ショットを打たせていた。

それは興味の尽きない、そして印象的な光景だった。一流のテニス頭脳の持ち主が、時間をかけて奮闘している成果だった。

だが第2セット第4ゲームの最初のポイントで見た光景とは比べようもなかった。7-6、1-2でラフターがサーブ、サンプラスがセカンドサーブをリターンし、キレのあるハーフボレーが彼のバックハンド・コーナー深くへ返ってきた時の事だ。

彼は徐々に身を沈めながら左へと走り、ラケットを引いてショットを放った時には、彼の膝はベースライン上でほとんど地面を擦るばかりになっていた。

ボールは可能な限りの低い弾道でネットを越え、ラフターを抜き去った。電光に近いスピードで、夕闇に薄い緑の輝きが一瞬ひらめき、空中にボールの軌跡の残像が残っているかのようだった。

サンプラスがその種の事をすると、彼の足どりが妙によろよろしている事も、没個性だと言われている事も忘れてしまう。彼がしている事はいわばスポーツの完璧性の創造であり、美というものについて考えさせられるのだ。

このような瞬間は競技という文脈の外に存在しており、それ自体に値打ちがある。やがては純粋な記憶へと変わる、美的な価値なのだ。生み出された場面からは分離し、ただその創造主の思い出へと結びつけられる。

サンプラスがそのショットを打った時、観客はため息をついた。驚きと、恍惚に近い何かを感じて。観客は2人の素晴らしいプレーヤーの競い合いを見にきていた。しかし彼らは、卓越した芸術的手腕を見せてもらったのだ。

昨夜の試合の詳細は、いずれ単純なスコアライン、トロフィーに彫られた名前と数字の中に埋もれていく。

だが昨夜あの場にいた者たちは、彼が膝を曲げると何ができるか、ピート・サンプラスが思い出させてくれた瞬間を忘れないであろう。




ウィリアムズ姉妹の父親リチャード氏は、2000年ウインブルドンの期間中、イギリス「ガーディアン」紙に特別レポートを連載していました。男子決勝については、「膝を曲げる」という基本的かつ普遍的な王道の所作に着目し、ただのDQNオヤジとは一線を画した「違いの分かる親父ぶり」をアピール。(笑)いや、他の記事には見られない切り口で、なかなか興味深いものだと思います。

リチャード氏が言及した、第2セット第4ゲームの第1ポイント。今ビデオで確認しました。実際はピートがラフターのバックへリターンし、ややフォア側へのボレー返球を再びラフターのバックへ打ち、アドコートの深めに返ってきたボレーを、矢のようなバックハンドパス…という流れでした。リチャード氏が誉めてくれたほどまでには膝を曲げていませんが、鋭い弾道の残像は確かに見えた! 改めてホレボレ……。(笑)

このポイントに限らず、ピートは試合を通じてホントによく膝を曲げていました。痛む臑を抱え、ポイントが終わると足を引きずり加減にしているのに、インプレー中は健気に頑張るピート……惚れ直します。(笑)もちろんラフターもよく膝を曲げているけどね。内容に合致した写真がなかなか見つからず、苦労しました。という事は、カメラマンでもリチャード氏の着眼点に注目した人は少なかったのでしょうかね? 

ネットプレーヤーは1試合に100回以上ものボレーシーンでも、その度にちゃんと膝を曲げ伸ばししていますよね。ピートやエドバーグが、試合後に膝を氷で冷やしている写真を見た事があります。華麗なプレーの裏側には、不断の努力と苦労が隠されているのね。


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