テニスマガジン
1997年3月5日号
「王者」の証明
ピート・サンプラス、3年ぶりの優勝で、グランドスラム9勝目を達成
文:木村 かや子
写真:中嶋 常正


波瀾に満ちたオープンだった。
40度を越す暑さに体力のない者は敗れていく。
加えてスペインの新しい息吹、カルロス・モヤの台頭。
「この大会は自然との戦いだ。
ここでは太陽、暑さと戦わねばならない」
そう気づいていたサンプラスが、
難関を乗り越えて最後に笑う者となった。
コーチ、故ティム・ガリクソンとのつらい思い出も
乗り越え………。

ピート・サンプラスを弱らすのに、暑さは十分ではなかった。すでに8つのグランドスラムタイトルを持つ世界ナンバーワンは、冷静だった。決勝の相手は、前年度覇者のボリス・ベッカーを1回戦で、また準決勝で世界2位のマイケル・チャンをストレートで破って勝ち上がってきた怖いもの知らずの20歳、カルロス・モヤ。しかし、サンプラスはそのモヤのプレーと弱点を正確に分析し、思惑通りにゲームを切り開いていった。 

「チャンは彼をコートから吹き飛ばす武器、僕のサービスを持っていない。焦らずに、速いリズムを作ってモヤの好きなパターンにしないこと、これが鍵だ」

あえて集中してラリーを挑み、強いフォアを軸に後ろの打ち合いでもポイントを取って、強いて言えばグラウンドストロークが軸のモヤを八方ふさがりの状態に追い込んだのも、計算づくのことだった。「長いラリーをずっとやるつもりはなかったよ。2〜3回の機会に気合いを入れれば、相手の自信をそぐには十分だ。あとはネットに出ていけばいい」とサンプラス。

そして、モヤは見事にその策略の餌食となった。

スペインはマヨルカ島出身の
「キング・カルロス」と呼ばれたが男が
オーストラリア国民を魅了した。

「キング・カルロス」と人は彼を呼んだ。元オリンピック選手だったスペインの国王と、スペインはマヨルカ島出身のカルロス・モヤの間には、国籍と名前、スポーツに携わっているということ以外に、大きな共通点はない。この大会前にそんなあだ名は耳にしたこともないというモヤは、実際この大会で今まで考えたこともなかった多くのことを経験することになった。

まず、1回戦でベッカーを破ったときに得た観衆の寵愛。用心深くなりすぎることも、生意気になることもなく、従来のテニス選手らしくない男らしいさばさばした口調でテレビのインタビューに答えるモヤの姿に、オーストラリア国民は魅了され、それ以来コートの周りは、彼に惹かれるファンの声援であふれることになる。これは彼自身にとっても、数々の苦しい場面で大きな救いとなった。

準優勝のスピーチでモヤは「観客、君たちについて何と言ったらいいんだろう」とその初々しい感激を口にした。

「ここの観客はすばらしい。僕は母国からこんなに離れた世界の反対側に来ているのに、自分が孤独だとは感じない。観客の声援のお陰で、まるで母国で戦っているような気持ちになる。これは僕にとってすごく重要なことだ。僕がダウンしている場面でも、彼らはずっとついてきて助けてくれた」
前コーチのティム・ガリクソンが病に倒れたことで精神的に不安定になりながら、94年、95年とふたつずつグランドスラムタイトルを取り、ふるわなかった昨年ですらUSオープンを制してナンバーワンの座をキープしたサンプラス。精神的に回復した今、彼はますます「倒せない男」として君臨しそうである。

ヨナス・ビヨークマンに苦しめられた4回戦のあとにも、モヤはこうもらしている。

モヤは昨年のパリ・インドアで、初めてベッカーを倒した。インドアの王者をインドアで倒したこの勝利で、世界の誰をも倒すことも可能だと気づいた、というモヤは、この勝利を「勝利以上のもの」と呼ぶ。しかしグランドスラム大会で挙げたベッカー戦の勝利については「さらにそれ以上に重要なもの」と表現した。

モヤはベッカー戦以来、毎日母国の家族、友人、協会、プレス、著名人から多くの激励のファックスを受け取った。パリで勝ったときにはこんな現象はなかったと驚くモヤは、試合を通し、急激に眠っていた潜在能力を開花させ始めていた。グラウンドストローカーではあるが、強いサービス、なかなかのボレー力を持ち、ドロップショットやロブなどを使いこなすモヤのテニスは多彩でつかみどころがない。

まだ未完成だが、タッチの良さ、天性の分析力、精神面の強さなど多くの可能性を見せたスペインのモヤは、大会後28位から9位にジャンプアップ。生涯の目標を急に達成してしまった彼は、また新たなゴールを目指す。ここ数か月、ハードコートでの練習に励んできたと言うモヤは「僕をクレーコートプレーヤーと呼ばないでくれ」と言う。
ベッカー戦でモヤは、長くなればなるほど自分に有利と読んでいた。その言葉通り、暑さの中5セットに引っ張られたベッカーは、最後のセットでは疲れからシャープさを欠いて力尽きている。

チャンに対しては、逆に速攻を仕掛け、ネットに出てチャンのミスを誘った。相手のリズムを崩せれば完璧に見えた相手もミスを多発し出す。サンプラス戦では、自分が相手に仕掛けていたこの頭脳戦のお返しをされることになるのだが………。

サンプラスは王者の貫禄を見せた
サービスで圧し、フォアハンドで
プレッシャーをかけ、試合を征服した。

サンプラスとモヤは初対戦だったが、実は2年前、バルセロナでテニスクリニックが行われた際に、デモンストレーションのタイブレークマッチで、モヤはサンプラスの相手を務めている。「彼はきっと覚えてもいないだろうけど」とモヤは付け足したが、それをもれ聞いたサンプラスはこう返した。

「覚えてるよ。彼もあのタイブレーカーから、ずいぶん遠くまで来たものだね」

その口調のやさしさと余裕は、彼の王者としての貫禄を映し出す。サービスで圧し、フォアハンドでプレッシャーをかけて、サンプラスは6-2、6-3のストレートで試合を征服した。

「ナンバーワンとはどんなものかと言うことを学んだよ」

カタールオープン時よりもぐっと調子を上げ、クーリエ、イバニセビッチを寄せつけない強さで破って準決勝に臨んだムースターだったが、次第に調子を上げるサンプラスに道を阻まれた。チェンジオーバーでも座らずに先にコートに出て相手を待っている、そのタフさは30歳とは信じがたい。
試合後、何を今日学んだかと聞かれたモヤはこう答えた。「今日僕は多くのことを学んだ。一日で、ここまで勝ち上がった2週間よりもずっと多くのことを」

サンプラスがナンバーワンとなった93年、16歳のモヤはランキングを持っていなかった。ベッカーを初めて倒した昨年、モヤはラケットを1本しか持っておらず、トーマス・エンクヴィスト戦で初めてメーカーからラケットを2本支給された。

彼自身が強調したように、この大会で彼は世界9位となり、彼の運命は変わった。オーストラリアにやってきたときには、こんな結果を想像することもなかったというモヤ。サンプラスが授けたこの痛いテストを経て、キャリアの目標だったトップ10を97年の3週間で達成したモヤは、次のターゲット、トップ5を目指す。

浸透するスペイン勢、若手、ベテラン、
混沌としたテニス界の中で
サンプラスは違った輝きを見せる。

今大会、ハードコートの重要性に気づいて練習を始めたという、モヤ、コスタ、マンティラ、ベラサテギなどのスペイン勢の活躍はとりわけ目をひいた。スペイン勢は今まで、手ごわいプレーヤーが揃うがハードコートでは勝てない中堅どころとして軽視されていた。

しかし今、USオープンでサンプラスを苦しめたアレックス・コレチャ、また今大会でもアルベルト・コスタはサンプラスと5セットを演じているし、ベッカーとチャンを大舞台で倒したこのモヤと、数も多いだけにその脅威は男子テニス界にじわじわと浸透しつつある。

またモヤに加え、まだどんなものとも知れないが、4回戦でサンプラスをファイナルセット4-2リードとぎりぎりまで追い詰めたスロバキアの19歳ドミニク・ハルバティも、世界中に潜在する若手の脅威をちらと垣間見せた。

サンプラスに敗れはしたが、ゴーラン・イバニセビッチを一蹴したトーマス・ムースターは、30歳になろうというのに肉体的にも精神的にも健在以上の強さを見せ、またムースターに敗れたジム・クーリエは、ふたたび強い意欲を取り戻して復活にかける。そんな混沌としたテニス界の中で、未だサンプラスはひとレベル違った輝きを見せている。

93年を征服したサンプラスの力にわずかな揺らぎが生じ始めたのは、94年、コーチのティム・ガリクソンが病に倒れたときからだった。そしてしばらくしてティムの他界―――このことにひどいショックを受けたサンプラスは、一時テニスをする気力さえも失い、そのことについては一切コメントを控えていた。

前哨戦のエキシビション、コロニアルクラシックではサンプラスを倒し、チャンの世界1位なるか、と期待が高まったが、新星モヤの前に5-7、1-6、4-6のストレートで敗退。ナンバーワンにポイント的に迫りつつあっったチャンだが「努力を続けていれば、神が望むときに自然にそうなる」と焦る様子はない。
95年のクーリエ戦で、ティムの名を叫んだ観客の声に思わずコートで涙を流したサンプラス。あれから3年、強い王者として帰ってきた彼は、ようやく重かった口を開く。

「どんなに苦しい状況でも、決してあきらめないこと、これはティムが繰り返し僕に教えてくれたことだった。今朝目が覚めたとき、そして試合前に、僕はそのことを考えた。彼はきっと点から僕を見下ろして、僕が厳しい試合を勝ち上がってここまで来たことをうれしく思ってくれていることと思う。プレーするとき、ティムはいつも僕の心の中にいる。試合前には、彼が生きていたら僕に言うだろうことを考えてみる。苦しい時期を通して、僕は本当に、テニスと、それから人生について、多くのことを学んだ。つらくてラケットも持ちたくなかったけれど、時間が傷をいやしてくれた。今年は僕のキャリアにとって良い年になると思う」

また彼はこうも言った。

「コート外での経験が僕の目を開かせた。テニスはすばらしいものだけど、人生でもっとも重要なことじゃない。対面したことのなかった死の問題は、今でも僕をときどき泣かせるけど、もっとも大切なのは生きていること自体………僕の周りの人が皆健康でいてくれることを願うよ。生きている一日一日が何かしらの意味を持っているんだから」


昨年末の勢いを維持して臨んだ昨年度チャンピオンのベッカー。アガシが不調の今、風格というメンでサンプラスと張り合えるのはベッカーくらいである。「29歳でベストのテニスをしているボリスを見ると自分の将来にも希望が持てる」とサンプラスに言わしめた彼だが、モヤの怖いもの知らずの挑戦の前に7-5、6-7、1-6、4-6でまさかの1回戦敗退。
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