電子データの証拠法上の取り扱い

弁理士 遠山 勉
2004年5月12日



第1章 証拠法

1.        民訴の証拠法の基本構造

 

 弁論主義の基本原則により当事者の主張しない事実は証拠調べの結果判明しても裁判所は認定できないし、当事者間で争いのない事実はそのまま判決の基礎にしなければならない(民訴179)。

 証拠調べの対象となるのは、審理の対象(訴訟物)に関連し、当事者が主張する事実のうち、当事者間で争いのある事実のみ。

 証拠を提出しなければならない者は、当該事実が証明されなかった時に不利益を被る者(証明責任を負う者)である。

 証拠の評価は裁判官の自由心証に委ねられる(自由心証主義:民訴247)

 

2.        証拠法の基礎概念

(1)証拠方法: 証拠調べの対象となる有形物で、裁判所に提出するもの。人証(証人・鑑定人・当事者)物証(書証・検証)がある。

(2)証拠資料: 証拠方法の証拠調べにより裁判官が獲得した内容。前記5種類の証拠方法の証拠調べの結果に加え、裁判官が官公庁等他の団体に嘱託した調査の嘱託(民訴186)の結果(調査書)も証拠資料となる。

(3)証拠原因: 裁判官の心証形成の原因となるもの。証拠資料の他、当事者の弁論の全趣旨も含む(民訴247)

(4)証拠能力: 証拠として証拠調べを行い事実認定に利用できる適格。民訴では、違法収集証拠を別とすれば証拠能力の制限はない。民訴では、刑事訴訟のような伝聞証拠の制限はなく、その評価は裁判官の自由心証に委ねられる(最判昭27・12・5民集6巻11号1117頁)。

(5)証拠力(証明力): 証拠が証拠調べの結果どれだけ事実認定に役立つかを証拠力(証明力)という。証拠力(証明力)の評価は裁判官の自由心証に委ねられる(民訴247)。書証の場合には、形式的証拠力実質的証拠力を区別する必要がある。形式的証拠力とは、書証が作成者の意思に基づいて作成されたか否かの問題。実質的証拠力とは、形式的証拠力が肯定されたことを前提としてその書証が要証事実の認定にどれだけ役立つかという問題。形式的証拠力の推定規定として、民訴228A、B、C、Dがある。

(6)証明・疎明: 証明とは確信ないし高度の蓋然性のある立証がなされた状態をいい、疎明とは、明文のある場合にのみ許され、一応の蓋然性という通常の証明より低い裁判官の心証で足りる状態。

(7)厳格な証明と自由な証明: 本来は刑事訴訟の概念であるが、民訴でも、請求(訴訟物)の当否を理由づける事実については厳格な証明を要するが、それ以外の例えば職権調査事項は自由な証明で足りるとされたが、最近は、この区別に疑問があがっている。

(8)本証・反証: 証明責任を負う当事者の証拠や立証活動を本証といい、証明責任を負う関係上、裁判官に確信を生じさせる証明程度までの立証を要す。これに対し、証明責任を負わない当事者の証拠や立証活動を反証といい、証明責任を負っていない関係から、証明に至らなくとも、裁判官の確信を動揺せしめる程度の立証で足りる。

3.        証明の対象

(1)主要事実: 法律効果の発生・変更・消滅を定めた実体法の要件事実に該当する事実。主要事実を立証するための証拠を直接証拠という。

(2)間接事実・補助事実: 主要事実の存否を推認させる事実を間接事実といい、証拠能力、証拠力に関係する事実を補助事実という。これらを立証するための証拠を間接証拠という。

(3)不要証事実

@        法規 :国内法規は証明の対象ではないが、外国法規は当事者側の調査・証明に依存せざるを得ない面がある。

A        経験則: 経験から帰納された知識・法則であり、日常生活上の法則から、自然法則、専門科学上の法則まで含む。経験則は具体的事実ではなく、法的三段論法の大前提となる知識・法則である。通常人が知っている経験則は証明の対象とならないが、通常人が知らない専門的知識に属する経験則は証明の対象となる。後者は、裁判官がたまたまその専門分野に精通していても、当事者に意見を述べる機会を与え公平さを保つためにも証明手続きは必要である。


第2章 電子データの取り扱い

ITが普及した今日、電子データの証拠法上の取り扱いが問題となってきている。知的財産権を扱う専門家として、どのように対処すべきかを検討してみた。

1.        民事訴訟上での電子データの一般的取り扱い

 電子データであったとしても、どのような対象を証拠として用いるか等は、当該証拠の固有の性質等に応じて、決定されるべきである。

 ただし、電子データは、これまでの紙面や現物等と異なり、形式的証拠力(改ざんの有無)の問題がつきまとうので、証拠としての扱いには注意を要する。

(1)書証か検証かの争いあり。

(2)コンピュータ・データはそのままでは見読不可能で、プリントアウトしなければ内容を見ることができない。裁判所では、プリントアウトした書面も提出させている(この点で、書証の性質)。

(3)コンピュータ・データは、改変可能なため、その作成の真正さや改変されていないという形式的証拠力の問題が重要であるが、形式的証拠力の推定規定はコンピュータ・データには適合しない(この点で、検証の性質)。

(4)形式的証拠力について、コンピュータの操作を管理ないし実際に行った者を作成名義人として証人尋問を行い、疑問がある場合は、再度プリントアウトすることやコンピュータ自体の検証・鑑定を行う。

2.        証拠の作成方法

(1)電子公証制度

  公証人が運用する電子公証制度が2002年1月15日から運用が開始されており、「確定日付の付与」及び「私署証書の認証」が電子文書についても利用可能となっている。

 「電子確定日付の付与」は、インターネットを介して、嘱託人(クライアント)である企業が作成した電子文書の成立時期及び内容を証明する電子確定日付(日付情報)を付与するもの。手数料は、紙文書の場合と同額で、1件当たり700円。

「電子私署証書の認証」は、電子文書にデジタル署名を行い、電子私署証書を作成し、これに指定公証人の認証を受ける。指定公証人は、認証を行うに際し、法律家の立場から文書の内容が違法でないことを審査する。手数料は、1件当たり11,000円(原則)。

 電子公証制度による業務サービスを受けられるのは、平成16年3月1日から、誰でもパソコン等の設備と一定の手続きをすれば、この制度を利用できることとなった。

 

★参考

@依頼・作成方法等の詳細は、日本公証人連合会のホームページをご参照のこと。


http://www.koshonin.gr.jp/de2.html

A「公証制度に基礎を置く電子公証制度」について(法務省ホームページより)

http://www.moj.go.jp/MINJI/DENSHIKOSHO/index.html

 

(2)電子署名法

「電子署名」とは、実社会の手書きサインや実印を電子的に代用して、ネット上などで利用できるようにする技術である。契約書等においては印鑑登録証明書やサイン証明などが「本人又はその代理人の署名又は押印」を証明するために必要とされるが、ネット上では印鑑や署名を使用することができない。そこで「電子署名」が生み出された。2000年5月31日、電子署名法「電子署名及び認証業務に関する法律」が公布された。電磁的記録の情報に本人による一定の電子署名が行われているときは、真正に成立したものと推定する旨の規定がある(3条)。

電子公証制度との関係

電子署名や電子署名の利用者であることを確認するための電子認証だけでは,伝送途中での情報の消失等に対応できないため,信頼できる第三者機関に作成された情報に関する記録を保管させ,これにより後日紛争が生じた際に情報の存在・内容が証明されて,紛争の防止・解決に役立てることを目的とするのが,電子公証制度である。

 

電子署名法についての解説は、弁護士 岡村久道氏のホームページを参照のこと

http://www.law.co.jp/okamura/jyouhou/e-sign.htm

 

(3)その他

先にも述べたように、電子データは、改変可能なため、その作成の真正さや改変されていないという形式的証拠力の問題が重要である。よって、作成した証拠を検証する必要が出てくる。

@ 電子データの証拠の作成方法として、作成したデータの形式的証拠力を検証できるよう、当該データに対応した人証(証人・鑑定人・当事者)となりうる人物の特定、物証(書証・検証)の特定をしておく。人証予定者にインタビューし、その内容を録音・録画しておく必要も考慮。

A 特定の者しかアクセス権限のないデータベースを構築し、そこにデータを管理して、改ざんの可能性が低いことを立証・検証できるようにしておくとよい。企業各部における保管データのミラーサイト(データの蓄積のみで改ざん不能とする)を構築し、データの2重管理をすることにより、電子データの証拠力を担保することも一考に値しよう。

B 文書をPDF化し、改変不能な時刻認証サービスを受けておくのも一法である(タイムスタンプのコストが1スタンプ20円と格安)。

時刻認証サービスについては、別稿を参照のこと。

以上