発明の詳細な説明の記載要件(平成6年改正特許法)

(01.05.31改訂)


平成6年改正特許法第36条4項には

 「発明の詳細な説明は、通商産業省令で定めるところにより、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載しなければならない。」と規定されています。

 この点、旧法では、「発明の目的、構成、効果」を記載すべき旨を規定していましたが、国際調和(効果の記載を要求していない国もある)や技術の多様性に対応する観点から、これを廃止したものです。但し、発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載すべき(実施可能要件)については今後も維持することとしました。

 「発明の目的、構成、効果」の記載を求めていたのに代えて、当業者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載するべき旨を、省令に委任した記載要件(「委任省令要件」)とし、「発明が解決しようとする課題及びその解決手段」をその記載事項の例示として掲げています。

 よって、発明の技術上の意義が、「発明の目的、構成、効果」から「発明の課題(目的)とその解決手段(構成)」に基づいて決定されるように変遷したといってよいでしょう。このことは、発明の同一性の判断や、均等論における特許発明の本質的部分の特定が、「発明の課題(目的)とその解決手段(構成)」に基づいて行われることを意味します。ボールスプライン軸受事件の最高裁判決で示された均等論の要件の一つとして挙げられた、「特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存在する場合であっても、(1)右部分が特許発明の本質的部分でなく・・・・」という点につき、東京地裁平8(ワ)14828号・148333号:徐放性ジクロフェナクナトリウム製剤事件では、「(1)の要件について、特許発明の本質的部分とは、特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで、当該特許発明特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的な部分、言い換えれば、右部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解するのが相当であり、対象製品との相違が特許発明の本質的部分に係るものかどうかを判断するにあたっては、単に特許請求の範囲に記載された構成の一部を形式的に取り出すのではなく、特許発明を先行技術と対比して課題の解決手段における特徴的原理を確定した上で、対象製品の備える解決手段が特許発明における解決手段の原理と実質的に同一の原理に属するものか、それともこれとは異なる原理に属するものかという点から判断すべきある」旨を判示しております。このように、課題とその解決手段とにより発明の本質的部分が確定されます。

 ただし、発明の技術上の意義を確定をするにあたり、効果の記載を参酌してはならないということではないでしょう。効果の記載は必須ではないものの、発明の主たる効果は通常「課題」とは表裏一体の関係にあり、記載してある発明の効果を参酌して、発明の意義を論ずることを妨げる理由はないからです。

T 実施可能要件

 その発明の属する技術分野において研究開発(文献解析、実験、分析、製造等を含む)のための通常の技術的手段を用い、通常の創作能力を発揮できる者が、特許請求の範囲以外の明細書及び図面に記載した事項と、出願時の技術常識とに基づき、請求項に係る発明を実施できる程度の記載が要求されております。

 なお、従来より「容易に実施ができる程度」は「実施をすることができる程度」と解していたため、「容易に」を削除したことによる運用上の差異はありません。

 具体的には、「発明の実施の形態」とすることで、この要件を満たす必要があります。

 a.発明の実施の形態

 ここでは、請求項に係る発明をどのように実施するかを示す「発明の実施の形態」のうち、出願人が最良と思うもの(いわゆるベストモード)を少なくとも一つ記載することが必要です。発明の実施の形態とは、PCT規則5.1(a)(v)でいう、「発明の実施をするための形態」と同義であり、旧法下での[実施例]と略同じ概念といってよいでしょう。

 @ 物の発明の実施の形態

 ・物の構成、物質名、物質の構造式などが明確に記載されていること。

 ・作ることができること。

 ・使用できること、各構成の奏する作用を示すこと。

 ・産業上の利用可能性(用途等)を示すこと。

 A 方法の発明の実施の形態

 ・その方法を産業上利用可能であるように使用できること。

 B 物を生産する方法の実施の形態

 ・生産物の特定(どのような構成の物か、物質名、構造式等)

 ・原材料

 ・生産工程

 b.発明の具体化の程度

 当業者が発明を実施できるように発明を説明するために必要である場合には、実施例を用いて行います。ここでいう実施例とは、旧法下での「実施例」の中で特に、発明の一ポイントを示すような、例えば、「実験結果」や「一構成例」を示すものといってよいでしょう。発明の実施の形態が実施可能要件を満たす限り、このような実施例は必ずしも必要ではありません。

 c.旧法での「実施例」と新法での「実施の形態」及び「実施例」との関係

 以上のことから、旧法下での実施例が「実施の形態」に相当し、この実施の形態の項には、発明を具体的技術レベルである程度の思想の幅をもって記載するところであると理解できるでしょう。新法下での実施例は「実験例」などのように、発明の一具体的技術をポイント的に説明する部分であると捕らえることができましょう。

 d.請求項の記載と発明の詳細な説明との関係

  1.請求項に係る発明の範囲に含まれるすべての下位概念又は選択肢について実施の形態を示す必要はありません。

  2.機能的記載による請求項の場合であって、発明が達成すべき結果で物を特定した請求項の場合、発明の概念が広すぎ、発明の詳細な説明に記載された特定の実施の形態を、発明の範囲に含まれる他の部分についての実施であると拡張解釈できない、とされることがあります(発明の詳細な説明中に、請求項に記載された事項に対応する事項が記載も示唆もされていない:36条6項1号違反)。

 

実施可能要件についての審査基準

「発明の詳細な説明は、…その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載しなければならない。」(第36 条第4 項)

(1) この条文は、その発明の属する技術分野において研究開発(文献解析、実験、分析、製造等を含む)のための通常の技術的手段を用い、通常の創作能力を発揮できる者(当業者)が、明細書及び図面に記載した事項と出願時の技術常識とに基づき、請求項に係る発明を実施することができる程度に、発明の詳細な説明を記載しなければならない旨を意味する(「実施可能要件」という)。

(2) したがって、明細書及び図面に記載された発明の実施についての教示と出願時の技術常識とに基づいて、当業者が発明を実施しようとした場合に、どのように実施するかが理解できないとき(例えば、どのように実施するかを発見するために、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要があるとき)には、当業者が実施することができる程度に発明の詳細な説明が記載されていないこととなる。

(3) 条文中の「その実施」とは、請求項に係る発明の実施のことであると解される。したがって、発明の詳細な説明は、当業者が請求項に係る発明(すなわち、第U部第2 1.5.1 1.5.2 に記載した取扱いにしたがって、請求項に記載された事項に基づいて把握される発明)を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていなければならない。

しかし、請求項に係る発明以外の発明について実施可能に発明の詳細な説明が記載されていないことや、請求項に係る発明を実施するために必要な事項以外の余分な記載があることのみでは、第36 条第4 項違反とはならない。

 なお、二以上の請求項に対応する記載が同一となる部分については、各請求項との対応が明りょうであれば、あえて重複して記載されていなくてもよい。

(4) 条文中の「その(発明の)実施をすることができる」とは、請求項に記載の発明が物の発明にあってはその物を作ることができ、かつ、その物を使用できることであり、方法の発明にあってはその方法を使用できることであり、さらに物を生産する方法の発明にあってはその方法により物を作ることができることである。

 

T.1 実施可能要件の具体的運用

(1) 発明の実施の形態

発明の詳細な説明には、第36 条第4 項の要件に従い、請求項に係る発明をどのように実施するかを示す「発明の実施の形態」のうち特許出願人が最良と思うもの(注)を少なくとも一つ記載することが必要である。

(注)PCT (特許協力条約)に基づく規則5.1(a)(v)でいう「発明の実施をするための形態」と同じである。以下適宜「実施の形態」ともいう。

(2) 物の発明についての「発明の実施の形態」

物の発明について実施をすることができるとは、上記のように、その物を作ることができ、かつ、その物を使用できることであるから、「発明の実施の形態」も、これらが可能となるように記載する必要がある。

@ 当該「物の発明」について明確に説明されていること

この要件を満たすためには、当業者にとって一の請求項から発明が把握でき(すなわち、請求項に係る発明が認定でき)、その発明が発明の詳細な説明の記載から読み取れる必要がある。

 例えば、化学物質の発明の場合には、化学物質そのものが化学物質名又は化学構造式により示されていれば、通常、発明は明確に説明されていることになる。

また、請求項に係る物の発明を特定するための事項の各々は、相互に矛盾せず、全体として請求項に係る発明を理解しうるように発明の詳細な説明に記載されていなければならない。

A「作ることができること」

物の発明については、当業者がその物を製造することができるように記載しなければならない。このためには、どのように作るかについての具体的な記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づき当業者がその物を製造できる場合を除き、製造方法を具体的に記載しなければならない。

 機能・特性等によって物を特定しようとする記載を含む請求項において、その機能・特性等が標準的なものでなく、しかも当業者に慣用されているものでもない場合は、当該請求項に係る発明について実施可能に発明の詳細な説明を記載するためには、その機能・特性等の定義又はその機能・特性等を定量的に決定するための試験・測定方法を示す必要がある。

 なお、物の有する機能・特性等からその物の構造等を予測することが困難な技術分野(例:化学物質)において、機能・特性等で特定された物のうち、発明の詳細な説明に具体的に製造方法が記載された物(及びその具体的な物から技術常識を考慮すると製造できる物)以外の物について、当業者が、技術常識を考慮してもどのように作るか理解できない場合(例えば、そのような物を作るために、当業者に期待しうる程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を行う必要があるとき)は、実施可能要件違反となる。

実施可能要件違反の例:特定のスクリーニング方法で得られたR 受容体活性化化合物

発明の詳細な説明には、実施例として、新規なR 受容体活性化化合物X Y Z の化学構造及び製造方法が記載されているが、それ以外の化合物については化学構造も製造法も記載されてなく、かつ、化学構造等を推認する手がかりもない。

 

 また、当業者が発明の物を製造するために必要であるときは、物の発明を特定するための事項の各々がどのような働き(役割)をするか(すなわち、その作用)をともに記載する必要がある。他方、実施例として示された構造などについての記載や出願時の技術常識から当業者がその物を製造できる場合には、製造方法の記載がなくても本項違反とはしない。

 

B「使用できること」

物の発明については、当業者がその物を使用できるように記載しなければならない(注)。これは発明の詳細な説明において示されていることが必要であるから、どのように使用できるかについて具体的な記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づき当業者がその物を使用できる場合を除き、どのような使用ができるかについて具体的に記載しなければならない。

 例えば、化学物質の発明の場合は、当該化学物質を使用できることを示すためには、一つ以上の技術的に意味のある特定の用途を記載する必要がある。

また、当業者が発明の物を使用するために必要であるときは、物の発明を特定するための事項の各々がどのような働き(役割)をするか(すなわち、その作用)をともに記載する。

他方、実施例として示された構造などについての記載や出願時の技術常識から当業者がその物を使用できる場合には、これらについての明示的な記載がなくても本項違反とはしない。

(注)第29 条第1 項柱書でいう「産業上利用することができる」ことは、第36 条第4 項の実施可能要件における「使用できること」とは異なり、人間の治療方法に該当する等の限定的なもの以外は産業上利用することができる発明として取り扱うこととされている。

(3)方法の発明についての「発明の実施の形態」

方法の発明について実施をすることができるとは、その方法を使用できることであるから、「発明の実施の形態」も、これが可能となるように記載する必要がある。

@当該「方法の発明」について明確に説明されていること

この要件を満たすためには、一の請求項から発明が把握でき(すなわち、請求項に係る発明が認定でき)、その発明が発明の詳細な説明の記載から読み取れることが必要である。

A「その方法を使用できること」

物を生産する方法以外の方法(いわゆる単純方法)の発明には、物の使用方法、測定方法、制御方法等、さまざまなものがある。そして、いずれの方法の発明についても、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づき、当業者がその方法を使用できるように記載しなければならない。

(4)物を生産する方法の発明についての「発明の実施の形態」

方法の発明が「物を生産する方法」に該当する場合は、「その方法を使用できる」というのは、その方法により物を作ることができることであるから、これが可能となるように「発明の実施の形態」を記載する必要がある。

@当該「物を生産する方法の発明」について明確に説明されていること

この要件を満たすためには、一の請求項から発明が把握でき(すなわち、請求項に係る発明が認定でき)、その発明が発明の詳細な説明の記載から読み取れることが必要である。

 

A「その方法により物を作ることができること」

物を生産する方法の発明には、物の製造方法、物の組立方法、物の加工方法などがあるが、いずれの場合も、(i)原材料、(ii)その処理工程、及び(iii)生産物の三つから成る。そして、物を生産する方法の発明については、当業者がその方法により物を製造することができなければならないから、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づき当業者がその物を製造できるように、原則としてこれら三つを記載しなければならない。

ただし、この三つのうち生産物については、原材料及びその処理工程についての記載から当業者がその生産物を理解できる場合(例えば、単純な装置の組立方法であって、部品の構造が処理工程中に変化しないもの等)には、生産物についての記載はなくてもよい。

(5)説明の具体化の程度について

「発明の実施の形態」の記載は、当業者が発明を実施できるように発明を説明するために必要である場合は、実施例を用いて行う(特許法施行規則第24 条様式第29 参照)。また、図面があるときにはその図面を引用して行う。実施例とは、発明の実施の形態を具体的に示したもの(例えば物の発明の場合は、どのように作り、どのような構造を有し、どのように使用するか等を具体的に示したもの)である。

実施例を用いなくても当業者が明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて発明を実施できるように発明を説明できるときは、実施例の記載は必要ではない。

物の発明を特定するための事項として、物の構造等の具体的な手段を用いるのではなく、その物が有する機能・特性等を用いる場合は、当業者が明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて当該機能・特性等を有する具体的な手段を理解できるときを除き、具体的な手段を記載する。

一般に物の構造や名称からその物をどのように作り、どのように使用するかを理解することが比較的困難な技術分野(例:化学物質)に属する発明については、当業者がその発明の実施をすることができるように発明の詳細な説明を記載するためには、通常、一つ以上の代表的な実施例が必要である。また、物の性質等を利用した用途発明(例:医薬等)においては、通常、用途を裏付ける実施例が必要である。

(6)請求項の記載と発明の詳細な説明との関係

@上記(1)に述べたように、「請求項に係る発明」についてその実施の形態を少なくとも一つ記載することが必要であるが、請求項に係る発明に含まれるすべての下位概念又はすべての選択肢について実施の形態を示す必要はない。

 しかし、当業者が、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて、発明の詳細な説明に記載された特定の実施の形態を、請求項に係る発明に含まれる他の部分についての実施にまで拡張することができないと信じるに足る十分な理由がある場合は、請求項に係る発明は当業者が実施できる程度に明確かつ十分に説明されていないものとする。

A例えば、請求項に係る発明が上位概念のものであり、発明の詳細な説明には当該上位概念に含まれる一部の下位概念についての実施の形態のみが記載されている場合において、当該実施の形態の記載に基づくのみでは、当業者が明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて、上位概念に含まれる他の下位概念(出願時に当業者が認識できるものに限る。以下、実施可能要件の項において同じ。)についての実施をすることができないという具体的な理由があるときは、そのような実施の形態の記載のみでは、請求項に係る発明を、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に説明したことにはならない。

Bまた、請求項がマーカッシュ形式のものであり、発明の詳細な説明には当該選択肢に含まれる一部の選択肢についての実施の形態のみが記載されている場合において、当該実施の形態の記載に基づくのみでは、当業者が明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて、他の選択肢についての実施をすることができないという具体的な理由があるときは、そのような実施の形態の記載のみでは、請求項に係る発明を、当業者が実施できる程度に明確かつ十分に説明したことにはならない。

Cなお、請求項が達成すべき結果による物の特定を含む場合においては、当業者が発明の詳細な説明に記載された特定の実施の形態を請求項に係る発明に含まれる他の部分についての実施にまで拡張することができない程度に発明の概念が広くなることがある。

T.2 実施可能要件違反の類型

T.2.1 発明の実施の形態の記載不備に起因する実施可能要件違反

(1) 明の実施の形態の記載において、請求項中の発明を特定するための事項に対応する技術的手段が発明の詳細な説明中に単に抽象的、機能的に記載してあるだけで、それを具現すべき材料、装置、工程などが不明りょうであり、しかもそれらが出願時の技術常識に基づいても当業者が理解できないため、当業者が請求項に係る発明の実施をすることができない場合。

(2) 明の実施の形態の記載において、発明を特定するための事項に対応する個々の技術的手段相互の関係が不明りょうであり、しかもそれが出願時の技術常識に基づいても当業者が理解できないため、当業者が請求項に係る発明の実施をすることができない場合。

(3) 明の実施の形態の記載において、製造条件等の数値が記載されておらず、しかもそれが出願時の技術常識に基づいても当業者に理解できないため、当業者が請求項に係る発明の実施をすることができない場合。

T.2.2 請求項に係る発明に含まれる実施の形態以外の部分が実施可能でないことに起因する実施可能要件違反

(1) 求項に上位概念の発明が記載されており、発明の詳細な説明に当該上位概念に含まれる一部の下位概念についての実施の形態のみが実施可能に記載されている場合であって、当該上位概念に含まれる他の下位概念については、当該一部の下位概念についての実施の形態のみでは当業者が出願時の技術常識(実験や分析の方法等も含まれる点に留意)を考慮しても実施できる程度に明確かつ十分に説明されているとはいえない具体的理由があるとき。

例:請求項には、「合成樹脂を成型し、次いで歪是正処理を行う合成樹脂成型品の製造方法」に関して記載されているが、発明の詳細な説明には実施例として、熱可塑性樹脂を押し出し成型し、得られた成型品を加熱して軟化させることによって歪を除去するもののみが記載されており、その加熱による処理方法は、熱硬化性樹脂からなる成型品については不適切と認められる(例えば、熱硬化性樹脂は熱によって軟化するものではないとの技術的事実から、実施例記載の方法では歪みが除去できないとの合理的推論が成り立つ)場合。

(2)請求項がマーカッシュ形式で記載されており、発明の詳細な説明に一部の選択肢についての実施の形態のみが実施可能に記載されている場合であって、残りの選択肢については、当該一部の選択肢についての実施の形態のみでは当業者が出願時の技術常識(実験や分析の方法等も含まれる点に留意)を考慮しても実施できる程度に説明がされているとはいえない具体的理由があるとき。
例:請求項には置換基( )としてCH 3 、OH 、COOH が択一的に記載された置換ベンゼンの原料化合物をニトロ化してパラニトロ置換ベンゼンを製造する方法が記載されているが、発明の詳細な説明には、実施例として原料化合物がトルエン(X がCH 3 )の場合のみが示されており、その方法は、CH 3 とCOOH との著しい配向性の相違等の技術的事実からみて、原料が安息香酸(X がCOOH )の場合については不適切であるとの合理的推論が成り立つ場合。
(3)発明の詳細な説明に特定の実施の形態のみが実施可能に記載されているが、その特定の実施の形態は請求項に係る発明に含まれる特異点である等の理由によって、当業者が、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識(実験や分析の方法等も含まれる点に留意)を考慮しても、当該実施の形態を請求項に係る発明に含まれる他の部分についての実施にまで拡張することができないものと信じるに足る十分な理由がある場合。

例:請求項には「物体側から順に正、負、正のレンズからなるレンズタイプを採用したレンズ系であって、像高h における歪曲収差が○○%以内となるように収差補正された一眼レフ用写真レンズ系」が記載されており、発明の詳細な説明中には、当該収差補正を可能とするための各レンズの屈折率等についての特定の数値例又はこれに加えて特定の条件式のみが実施の形態として記載されている。

そして、レンズの技術分野においては、特定の収差補正を実現できる数値例等は一般に特異点であるとの技術的事実が知られており、しかも、その特定の数値例・条件式その他の記載が、一般的な製造条件等を教示していないため、当業者に一般的に知られている実験、分析、製造等の方法を考慮しても、請求項に係る発明に含まれる他の部分についてどのように実施するかを当業者が理解できないとの合理的推論が成り立つ。

(4)請求項が達成すべき結果による物の特定を含んでおり、発明の詳細な説明に特定の実施の形態のみが実施可能に記載されている場合であって、当業者が明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識(実験や分析の方法等も含まれる点に留意)を考慮しても、請求項に係る発明に含まれる他の部分についての実施にまで当該実施の形態を拡張することができないものと信じるに足る十分な理由があるとき。

例:請求項には「電気で走行中のエネルギー効率がa 〜b %であるハイブリッドカー」が記載されており、発明の詳細な説明中には、当該エネルギー効率を得るために特定の動力伝達制御手段を備えたハイブリッドカーのみが実施の形態として記載されている。

して、ハイブリッドカーの技術分野においては、通常、上記エネルギー効率はa %よりはるかに低いx %程度であって、a 〜b %なる高いエネルギー効率を実現することは困難であることが技術常識であり、しかも、上記特定の動力伝達制御手段を備えたハイブリッドカーに関する記載が上記高エネルギー効率を実現するための一般的な解決手段を教示していないため、当該技術分野における一般的技術を考慮しても、請求項に係る発明に含まれる他の部分についてどのように実施するかを当業者が理解できないとの合理的推論が成り立つ。

T.3 実施可能要件違反の拒絶理由通知

(1) 36 条第4 項における実施可能要件違反として拒絶理由を通知する場合は、違反の対象となる請求項を特定するとともに、実施可能要件違反である(すなわち委任省令違反ではない)ことを明らかにし、不備の原因が発明の詳細な説明又は図面中の特定の記載にあるときは、これを指摘する。実施可能要件に違反すると判断した理由は具体的に指摘する。

 理由は、できる限り文献を引用して示すことが好ましい。この場合の文献は、原則として出願時において当業者に知られているものに限る。ただし、明細書又は図面の記載内容が当業者が一般に正しいものとして認識している科学的・技術的事実と反することにより本項違反が生じていることを指摘するために引用しうる文献には、後願の明細書、実験成績証明書、特許異議申立書、又は出願人が他の出願において提出した意見書なども含まれる。

(2)出願人はこれに対して意見書、実験成績証明書等により反論、釈明をすることができる(注)。そしてそれらにより発明の詳細な説明又は図面が当業者が実施ができる程度に明確かつ十分な記載であることが確認できた場合は、拒絶理由は解消する。審査官の心証が変わらないとき、及び審査官の心証を真偽不明になる程度までしか否定できないときは、その拒絶理由により拒絶の査定を行う。

(注)例えば、審査官が考慮しなかった実験や分析の方法等が技術常識に属するものであり、明細書及び図面の記載とその実験や分析の方法等に基づいて、当業者が当該請求項に係る発明を実施することができる旨を意見書又は実験証明書等により明らかにすることができる。 

U 委任省令要件

特許法施行規則第24条の2(委任省令)

「特許法第36条第4項の通商産業省令で定めるところによる記載は、発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載することによりしなければならない。」

〔省令の趣旨〕

発明は新規な技術的思想の創作ですから、出願時の技術水準に照らしてその発明がどのような技術上の意義を有するか(どのような技術的貢献をもたらしたか)を理解できるように記載することが重要です。技術上の理解は、どのような分野においてどのような未解決課題があり、どのようにして解決したかという観点からの記載が、通常採られている方法です。

 省令の趣旨に鑑み、委任省令で求められる事項とは以下のものをいいます。

 a.発明の属する技術の分野

発明の属する技術の分野として、請求項に係る発明が属する技術の分野を少なくとも一つ記載します。但し、明細書の記載等から当業者が技術分野を理解できるときは、記載を求めません。既存の技術分野が想定されていない場合には、新規な技術分野を記載します。

 b.発明が解決しようとする課題及びその解決手段

 課題が明示的に記載されていなくても課題を理解できるときは、課題の記載を求めません。また、そのようにして理解した課題から、どのようにして解決したかを理解できるときは、課題とその解決手段という形式の記載を求めません。解決しようとする課題がそもそも想定されていないと認められる場合(試行錯誤の結果の発見に基づく発明等)には、課題や解決手段の記載を求めません。但し、実施可能要件を満たす開示がなければならないことはいうまでもありません。

 課題や解決手段をあえて各請求項に対応して重複して(同一である場合は)記載する必要はありません。

 委任省令の趣旨は、発明の技術上の意義を明らかにし、審査や調査に役立てるというものです。したがって、本要件は厳格に適用しないこととなっております。

 c.従来技術及び有利な効果

 (i)従来の技術

  従来技術の記載から発明が解決しようとする課題が理解できる場合には、課題の記載に代わるものとなりうるため、発明の技術上の意義の理解や審査に役立つと考えられる背景技術を記載すべきである、としています。この場合、できる限り文献名を記載します。

 (ii)有利な効果

  請求項に係る発明が引用発明と比較して有利な効果がある場合には、進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として参酌されるので、有利な効果を記載することは出願人に有利です。また、有利な効果の記載が課題の記載に代わるものとなりうる場合もあります。したがって、有利な効果を有する場合には、記載すべき、とされます。

 d.「作用」の記載

 旧法下では「作用」の項があり、発明の作用を記載することとなっていましたが、今回、この「作用」の項は除外されました。これは、実施可能要件、委任省令要件の趣旨を満たす限り、とりたてて「作用」の項を設けなくともよいということです。よって、必要に応じ、発明の作用を記載することとなりましょう。具体的には「手段」の項もしくは「実施の形態」での動作例、作り方、使い方、として記載することとなりましょう。

 

委任省令要件についての審査基準

 U.1 36 条第4 項の規定による委任省令

「前項第三号の発明の詳細な説明は、通商産業省令で定めるところにより、…記載しなければならない。」(第36 条第4 項)

「特許法第三十六条第四項の通商産業省令で定めるところによる記載は、発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載することによりしなければならない。」(特許法施行規則第24 条の2

(1)委任省令の趣旨

 発明をすることは新しい技術的思想を創作することであるから、出願時の技術水準に照らして当該発明がどのような技術上の意義を有するか(どのような技術的貢献をもたらしたか)を理解できるように記載することが重要である。そして、発明の技術上の意義を理解するためには、どのような技術分野において、どのような未解決の課題があり、それをどのようにして解決したかという観点からの記載が発明の詳細な説明中においてなされることが有用であり、通常採られている記載方法でもある。

 また、技術開発のヒントを得ることや有用な特許発明を利用することを目的として特許文献を調査する場合には、解決しようとしている課題に着目すれば容易に調査を行うことができる。

 さらには、発明の進歩性(第29 条第2 項)の有無を判断する場合においては、解決しようとする課題が共通する先行技術文献が公知であればその発明の進歩性が否定される根拠となりうるが、判断対象の出願の明細書等にも先行技術文献にもこのような課題が記載されていれば、その判断が出願人や第三者にも容易になる。

 こうした理由から、委任省令では発明がどのような技術的貢献をもたらすものかが理解でき、また審査や調査に役立つように、「当業者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項」を記載すべきものとし、記載事項の例として課題及びその解決手段を掲げている。

 

U.2 任省令要件の具体的運用

(1)上記の趣旨に鑑み、委任省令で求められる事項とは以下のものをいうものとする。

@ 発明の属する技術の分野

発明の属する技術の分野として、請求項に係る発明が属する技術の分野を少なくとも一つ記載する。

 ただし、発明の属する技術分野についての明示的な記載がなくても明細書及び図面の記載や出願時の技術常識に基づいて当業者が発明の属する技術分野を理解することができる場合には、発明の属する技術分野の記載を求めないこととする。

また、従来の技術と全く異なる新規な発想に基づき開発された発明のように、既存の技術分野が想定されていないと認められる場合には、その発明により開拓された新しい技術分野を記載すれば足り、既存の技術分野についての記載は必要ない。

A 発明が解決しようとする課題及びその解決手段

(i)「発明が解決しようとする課題」としては、請求項に係る発明が解決しようとする技術上の課題を少なくとも一つ記載する。

「その解決手段」としては、請求項に係る発明によってどのように当該課題が解決されたかについて説明する。

(ii)ただし、発明が解決しようとする課題についての明示的な記載がなくても、従来の技術や発明の有利な効果等についての説明を含む明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて、当業者が、発明が解決しようとする課題を理解することができる場合については、課題の記載を求めないこととする(技術常識に属する従来技術から課題が理解できる場合もある点に留意する)。

 また、そのようにして理解した課題から、実施例等の記載を参酌しつつ請求項に係る発明を見た結果、その発明がどのように課題を解決したかを理解することができる場合は、課題とその解決手段という形式の記載を求めないこととする。

 

(iii)また、従来技術と全く異なる新規な発想に基づき開発された発明、又は試行錯誤の結果の発見に基づく発明(例:化学物質)等のように、もともと解決しようとする課題が想定されていないと認められる場合には、課題の記載を求めないこととする。

なお、「その解決手段」は、「発明が解決しようとする課題」との関連において初めて意義を有するものである。すなわち、課題が認識されなければ、その課題を発明がどのように解決したかは認識されない。(逆に、課題が認識されれば、請求項に係る発明がどのように当該課題を解決したかを認識できることがある。)したがって、上記のように、そもそも解決しようとする課題が想定されていない場合には、その課題を発明がどのように解決したか(解決手段)の記載も求めないこととする。(ただし、実施可能要件を満たす開示がなければならないことは言うまでもない。)

(留意事項)

二以上の請求項がある場合において、一の請求項に対応する発明の属する技術分野、課題及びその解決手段の記載が他の請求項のそれらと同一となるときは、それらの記載と各請求項との対応関係が明りょうであれば、あえて各請求項に対応して重複する記載をしなくてもよい。

(2)実施可能要件は、特許の付与の代償として社会に対し発明がどのように実施されるかを公開することを保証する要件であるから、この要件を欠いた出願について特許が付与された場合には、権利者と第三者との間で著しく公平を欠くことになる。

 一方、委任省令要件の趣旨は、発明の技術上の意義を明らかにし、審査や調査等に役立てるというものである。

 したがって、本要件は以下のように扱う。

@ 上記(1)に述べたように、あえて記載を求めると発明の技術上の意義についての正確な理解をむしろ妨げることとなるような発明と認められる場合には、課題及びその解決手段を記載しなくても差し支えない。また、発明の属する技術分野については、既存の技術分野が想定されていない場合には、請求項に係る発明の属する新規な技術分野を記載すれば足りる。

 A これ以外の発明の場合には、当業者が明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて、請求項に係る発明の属する技術分野、又は課題及びその解決手段を理解することができない出願については委任省令要件違反とする。

 なお、発明を特定するための事項に特殊パラメータを含む場合、従来技術との比較が十分示されていない出願は、上記Aの課題及びその解決手段を理解することができない出願に該当するものとする。

(3)従来技術及び有利な効果について

@ 従来の技術

従来の技術を記載することは委任省令要件として扱わないが、従来技術の記載から発明が解決しようとする課題が理解できる場合には、課題の記載に代わるものとなりうるため、出願人が知る限りにおいて、請求項に係る発明の技術上の意義の理解及び特許性の審査に役立つと考えられる背景技術を記載すべきである。また、従来の技術に関する文献は、請求項に係る発明の特許性を評価する際の重要な手段の一つである。したがって、特許を受けようとする発明と関連の深い文献が存在するときは、できる限りその文献名を記載すべきである。

A 従来技術と比較した場合の有利な効果

請求項に係る発明が従来技術との関連において有する有利な効果を記載することは委任省令要件として扱わないが、請求項に係る発明が引用発明と比較して有利な効果がある場合には、請求項に係る発明の進歩性の存在を肯定的に推認するのに役立つ事実として、これが参酌される

(第U部第2 2.5(3)参照)から、有利な効果を記載することが、進歩性の判断の点で出願人に有利である。また、有利な効果の記載から課題が理解できる場合には課題の記載に代わるものとなりうる。したがって、請求項に係る発明が有利な効果を有する場合には、出願人が知る限りにおいて、その有利な効果を記載すべきである。

U.3 任省令要件違反の拒絶理由通知

(1)委任省令要件に反する旨の心証を得た場合は、第36 条第4 項に基づく委任省令違反である旨を指摘するとともに、記載が必要な事項のいずれが不備であるかを示して拒絶理由を通知する。

(2)これに対して出願人は、例えば意見書、実験成績証明書等の提出や新規事項を追加しない範囲の補正書の提出等により審査官が認識していなかった従来技術等を明らかにして、当業者が明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて、請求項に係る発明が属する技術分野並びに解決しようとする課題及びその解決手段を理解することができた旨を主張することができる。

 それらにより出願人の主張が適切であることが確認できた場合は、拒絶理由は解消する。審査官の心証が変わらないとき、及び審査官の心証を真偽不明になる程度までしか否定できないときは、その拒絶理由により拒絶の査定を行う。

4.明細書の記載不備一般

次に掲げる場合において、発明の詳細な説明の記載が当業者が請求項に係る発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていないとき、又は、請求項に記載された事項を当業者が正確に理解できないため特許を受けようとする発明が明確でないときは、第36 条第4 項又は第6 項違反となる。(各要件違反であるかどうかは、上記に示された具体的取扱いにしたがって判断する。)

 

(1)発明の詳細な説明又は特許請求の範囲が日本語として正確に記載されていないため、その記載内容が不明りょうである場合(いわゆる「翻訳不備」を含む)。

日本語として正確に記載されていないものとしては、例えば主語と述語の関係の不明りょう、修飾語と被修飾語の関係の不明りょう、句読点の誤り、文字の誤り(誤字、脱字、当て字)、符号の誤りなどがある。

(2) 用語が、明細書全体を通じて統一して使用されていない場合。

(3)用語が、学術用語、学術文献などで慣用されている技術用語ではなく、かつ発明の詳細な説明で用語の定義がなされていない場合。

(4)商標名を使用しなくても表示することのできるものが商標名によって表示されている場合。

(5)明細書に計量法に規定する物象の状態の量を記載する際に、計量法で規定する単位に従って記載されていない場合。

(6) 図面の簡単な説明の記載(図面及び符号の説明)が、発明の詳細な説明、特許請求の範囲又は図面との関連において不備である場合。


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