ビジネスモデル特許・混迷の原因

弁理士 遠山 勉(2000年6月16日初稿:7/9改訂)


 ビジネスモデル特許が世間で騒がれるようになって久しいが、未だに、混乱が収まらないように思えます。
 そこで、その原因を分析し、企業における今後の対処法を考察してみました。

<第1の混乱原因>

 ビジネスモデル特許は、すでに紹介したように、ステートストリート事件において話題となった、シグナチャ社のハブ&スポーク特許の有効性についての判決をきっかけに、話題となりました。

 この話題は世界を駆けめぐり、当然のごとく日本にも波及して来ました。この時のマスコミの加熱ぶりは記憶に新しいところです。
 ビジネス方法が特許され、日本のビジネスが米国のビジネス特許で支配されてしまうという、脅迫観念が蔓延しました。

 その背景には、米国で登録されたビジネスモデル特許があたかも日本でも特許されるような錯覚があったように思えます。

 マスコミを通じ、米国で登録されたビジネスモデル特許が数多く紹介されるとともに、それらがあたかも日本にも押し寄せてくるような報道がされ、しかも、多くのビジネスモデル関連図書では、それら米国特許が日本特許法と異なる法制下で特許されたことを明確な区別することなく紹介しているため、あたかも、日本でも同様のものがそのまま直ちに特許されるような錯覚が読者に与えられました。
 特許法についての正確な理解がないまま、報道を信じた読者が混乱したのはいうまでもありません。

第2の混乱原因>
 特許についての基本的知識の欠如は、上記報道による誤解を増幅させました。ビジネスモデルの創作は、これまで特許(技術)に関係のない部署で行われることが多い関係上、特許法について縁の無かった人達の目を特許に向けさせました。このことは非常に喜ばしいことですが、特許法について正確な情報がない部署では、情報の欠如から必要以上に神経質になるなど、無用な混乱が生じました。

<第3の混乱原因>
 その後、若干冷静になったマスコミは、それでは、日本ではビジネスモデルをどのように扱っているのかに関心を向けました。
 ここでは、
ビジネスモデル特許の定義が不明確のまま、日本においても数多くのビジネスモデル特許がすでに登録されていると紹介されてしまいました。
 これが日本でも「ビジネス方法(自体)」が特許になるとの大きな誤解と混乱を招きました。日本では、ビジネス方法自体の創作は特許法上の「発明」として扱われないにもかかわらずです。

 我が国では、近年、人間が決めた取り決めであっても、それをコンピュータ技術や通信技術を利用して、技術的に実現した場合、ソフトウェア関連発明の一形態として特許の対象である発明であるとして扱っていました。

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  審査基準において、「発明」であることという要件は、発明が「自然法則を利用した技術的思想の創作」であるか否かで判断するとし、
 解決手段が例えば
(i) ハードウエア資源に対する制御又は制御に伴う処理
(ii) 対象の物理的性質又は技術的性質に基づく情報処理
(iii)ハードウエア資源を用いて処理すること
 である場合には、その手段が自然法則を利用しているものであるとしています。 
 但し、請求項に係る発明がコンピュータを用いて処理を行うものであっても、請求項において、コンピュータのハードウエア資源がどのように(how to)用いられて処理されるかを直接的又は間接的に示す具体的な事項が記載されていない場合には、「コンピュータを用いて処理すること」のみである場合、「発明」とはされません。このように取り扱うのは、上記のような場合に「発明」とすることは、「発明」に該当しない例(例えば 「産業上利用可能性についての審査運用指針の実例2:自然数nからn+kまでの和sをs=(k+1)(2n+k)/2 により求める計算方法であり、単なる数学的操作を行うに過ぎず、自然法則以外の法則のみを利用しているもの)を実質的に特許の対象とすることに等しいからです。  
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 この基準に従って、トヨタ自動車のかんばん方式を含め、多くの「人為的取り決め」をベースとした発明が特許されてきました。

 このような特許が、日本のビジネスモデル特許として紹介されたのです。
これが大きな誤解の原因となりました。
 日本でも「ビジネス方法」が特許の対象として登録されている、というきわめてあいまい、かつ、抽象的な情報が蔓延したのです。
 人為的取り決めが、技術的に実現されている限りにおいて、特許法上の発明として特許されるということと、「ビジネス方法自体」が我が国でも特許の対象として保護されるべきかという議論とは、次元が異なるのです。

 また、ビジネスモデル(ビジネス方法)という以上、対象は「ビジネス」であることは間違いないはずです。そして、ビジネスであるためには、人、物、お金の流れが必ずあるはずです。
 
したがって、日本のビジネスモデル特許として紹介された例を、
 ビジネス方法を技術的に実現したもの、
 ビジネス方法とは関係のない人為的取り決めを技術的に実現したもの、
 に分け、
 さらに、
 
ビジネス方法自体、それ以外の人間の取り決め自体や技能自体(米国で特許されたパッティング方法など)が保護されるべきか???との議論を区別すべきでしょう。

第4の混乱原因>
 上記したように、ビジネスモデルの創作は特許法上の発明ではないため、ビジネスモデルの創作をした段階では、特許法上の発明をしたことになりません。

 従って、ビジネスモデルの創作を「発明」として完成させる作業が必要となります。しかし、この手法が特殊であり、特許になじみの少ない、ビジネスモデル創作者にとって不可解なこととなっています。

 ビジネスモデルの創作を「発明」として完成させるには、ビジネスモデル発明の特許性の章で、特許庁審査官の相田氏が示した事例が参考になります。

 ビジネスモデルとして、弁理士に持ち込まれる創作の例としては、相田氏の示した「チケット予約・販売方法」で、
モデル1とされた「既存の電話網を使ったチケット予約・販売方法」を例示できます。

 しかし、そのままで出願すると、電話装置が本来有する遠隔通信機能を用いているだけであって、電話網自体にはチケット予約、販売に関係する特定の機能が付与されていないので特許の対象となりません。

 これは、既存の電子メールを電話に置き換えても同様です。

 そこで、相田氏が示したモデル3のように、コンピュータネットワークを使って本来のチケットの予約・販売方法を実現するための特定の機能、チケット予約信号の受信に応じて、チケット販売センタにおいて予約番号を登録し、引き渡し終了信号の受信に応じて登録を抹消する機能が付与されているように特定し直すと、特許性があるとされます。
 すなわち、前記の第3の混乱の原因のところで説明した、how to、すなわち、ビジネス方法を実現するにあたり、コンピュータのハードウエア資源がどのように(how to)用いられて処理されるかを直接的又は間接的に示す必要があるということです。

 このような書き方は、ソフトウェア関連発明の審査基準の発展とともに取り入れられてきた手法ですが、ソフトウェアの開発現場とあまりにもかけ離れた「特許のための技法」となってきてしまっています。コンピュータ・ソフトウェアにあまり縁のない、ビジネスモデル創作者にとっては、況わんやなおです。

 現実の創作と特許法上の発明との間にギャップがあるということを認識して頂き、そのギャップを埋めることで、特許を取得していく必要がある一方、その技法におぼれると、必要以上に、発明を技術的に限定してしまい、非常に狭い権利としてしかビジネスモデルの創作が保護されないこととなるおそれもあるので、注意する必要があります。

 <混乱からの脱皮>

 特許法の保護対象である「発明」は、「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」であるとされています。
 このような定義を設けてしまった関係上、社会の変化に法律がついていけなくなっています。米国は判例法の国であるため、社会の変化にフレキシブルに対処できますが、日本法によると、定義による縛りがあるため、これを厳格に解釈すると新しい時代の新しい「創作物」の保護に対応できなくなります。
 
 これまで、社会の変化に対応するため、特許庁は審査基準で対処してきました。例えば、ソフトウェア関連発明として、広告方法、暗号化方法など、本質的には発明の定義に入らないものを、ハードウェアとの関連で特許するようになっています。 この手法がいつまでもつか、疑問です。いよいよこれまで特許の対象ではないとされてきた、「プログラム」自体も審査基準で、物の発明として扱うとのことです。それはそれで結構なことですが、これは特許法の定義規定が破綻したことを意味します。急速に進化する社会に対応するため、定義規定を見直す必要があるでしょう。

 実務者の立場からすると、今後は、特許法上の「発明」か否かということの議論に巻き込まれることなく、現状での保護手段(how toの適用)は尊重しつつも、創作を保護するため、特許法をどのように利用したらよいのか・・・という観点から企業活動を見直す必要がありそうです。

 


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