ビジネスモデル発明の特許性

弁理士 遠山 勉


 ビジネスモデル発明につき、どのような条件がそろえば特許されるのか必ずしも明確ではない。特許性というとき、特許要件として、(1)特許法29条第1項柱書の「産業上利用できる発明であること」=特許の対象である発明であること、(2)新規性を有すること、(3)進歩性を有すること、を満たすこと(他の特許要件はここでは割愛する)が必要である。

 上記(1)については、特許庁審査官、相田義明氏が論文集「21世紀における知的財産の展望:財団法人 知的財産研究所」中の論文「ビジネス関連発明についての一考察」において、具体的判断基準を提案したので、ここに紹介したい。

 相田氏は、「ビジネス手法をネットワーク上で実現したものは原則として特許の対象となる技術と考えて差し支えない。・・・・ただし、・・・・ビジネス手法は、我が国では従来特許の対象外とされてきたものである。・・・・従来、特許法による規制を受けていなかった活動が、技術の進歩によって必然的にコンピュータを使用するようになった結果、突然、特許法による規制を受けるようになることは不合理であり、回避されなければならない。」とした上で、特許性の判断についての具体的基準を提案した。

 

<相田氏の示した基準>

 基準1:純粋な社会活動としてのビジネス手法(商業上の方法)は、これまでも特許の対象とされてこなかったし、今後も市場における自由競争に委ねられるべきものであり、特許法による規制を及ぼすべきではないと考える。

 基準2:しかしながら、ビジネス手法を実現するためにコンピュータやネットワークに特定の機能を持たせたものについては、ビジネス手法をコンピュータやネットワーク上に実現するものとして、特許の対象とすべきである。

 基準3:ただし、コンピュータやネットワークが本来有する演算機能、情報伝達機能を用いたに過ぎず、その使い方にのみ特徴がある場合であって、その使い方がビジネス手法に当たる場合は、事実上、従来特許の対象外とされてきたビジネス手法自体を保護するに等しいものとして、特許の対象としないとするのが妥当である。

 

 上記基準1は容易に理解できるし、賛同するものである。基準2も同様である。

しかし、基準3は、必ずしも明確ではない。この点は以下の事例で明確となろう。

 ここでは、特許性の判断と言うが、特許法上の発明該当性のみを言っており、他の特許要件については言及していない。

 <相田氏の示した事例研究>

【チケット予約・販売方法】

 モデル1

 (既存の電話網を使ったもの)

 チケット販売センタと、チケット販売センタとの間で電話通信する電話装置と、チケット販売センタと結ばれた電話装置を有するチケット販売カウンタとからなるネットワーク上で、チケットの予約・販売を行う方法であって、

 (1)顧客による電話装置からのチケットの購入の申し出に応じて、チケット販売センタにおいて予約番号を登録するステップ、

 (2)チケット販売センタから、電話装置を介して顧客に予約番号を通知するステップ、

 (3)チケット販売カウンタにおいて、顧客からの予約番号の提示に応じ、電話装置を介してチケット販売センタに確認のために問い合わせを行うステップ、

 (4)確認が得られると、代金と引き替えにチケットを引き渡すステップ、

 (5)同時に、チケット販売カウンタからチケット販売センタにチケット引き渡しの通知をするステップ、

 (6)引き渡しの通知に応じて、チケット販売センタの登録を抹消するステップ、

 とからなるチケットの予約・販売方法。

(説明:電話装置が本来有する遠隔通信機能を用いているだけであって、電話網自体にはチケット予約、販売に関係する特定の機能が付与されていない。そうすると、電話を使ったビジネス方法にのみ特徴があるから、クレームされた発明は特許の対象とならないものに向けられている。)

 

 モデル2

 (既存の電子メイルを使ったもの)

 チケット販売センタと、チケット販売センタとの間で電子メイルの交換を行う端末装置と、チケット販売センタと電子メイルの交換を行うチケット販売カウンタとからなるネットワーク上で、チケットの予約・販売を行う方法であって、

 (1)顧客による端末装置からの電子メイルによるチケットの購入の申し出に応じて、チケット販売センタにおいて予約番号を登録するステップ、

 (2)チケット販売センタから、電子メイルにより顧客に予約番号を通知するステップ、

 (3)チケット販売カウンタにおいて、顧客からの予約番号の提示に応じ、電子メイルによってチケット販売センタに確認のために問い合わせを行うステップ、

 (4)確認が得られると、代金と引き替えにチケットを引き渡すステップ、

 (5)同時に、チケット販売カウンタからチケット販売センタにチケット引き渡しの電子メイルを送付するステップ、

 (6)引き渡しの通知に応じて、チケット販売センタの登録を抹消するステップ、

 とからなるチケットの予約・販売方法。

(説明:電子メイルが本来有する遠隔通信機能を用いているだけであって、電子メイルシステム自体にはチケット予約、販売に関係する特定の機能が付与されていない。そうすると、電子メイルを使ったビジネス方法にのみ特徴があるから、クレームされた発明は特許の対象とならないものに向けられている。)

 

 モデル3

 (コンピュータネットワークを使ったもの)

 チケット販売センタと、チケット販売センタとの間でデータ通信する端末装置と、チケット販売センタとデータ通信回線で結ばれたチケット販売カウンタとからなるネットワーク上で、チケットの予約・販売を行う方法であって、

 (1)顧客による端末装置からのチケット予約信号の受信に応じて、チケット販売センタにおいて予約番号を登録するステップ、

 (2)予約番号を顧客の端末装置に電送するステップ、

 (3)チケット販売カウンタにおいて、顧客からの予約番号の提示に応じ、通信回線を介してチケット販売センタに登録確認のための信号を送信するステップ、

 (4)チケット販売センタからの確認信号が受信されると、代金と引き替えにチケットを引き渡すステップ、

 (5)同時に、チケット販売カウンタからチケット販売センタにチケット引き渡し終了信号を送信するステップ、

 (6)チケット販売センタにおいて、この信号の受信に応じて登録を抹消するステップ、

 とからなるチケットの予約・販売方法。

(説明:このネットワークには、本来のチケットの予約・販売方法を実現するための特定の機能、チケット予約信号の受信に応じて、チケット販売センタにおいて予約番号を登録し、引き渡し終了信号の受信に応じて登録を抹消する機能が付与されており、特定のビジネス手法を実現するために特に適合されたネットワークにおける処理ステップとして特許請求されている。)

 

<事例についてのコメント:遠山 勉>

 相田氏は、モデル3については特許の対象となるとしている。モデル3がモデル1、2とどこが違うかといえば、一言で言えば、コンピュータ上にチケット予約販売のための専用の機能が実現されている(そのようなプログラム、ソフトウェアが組み込まれている)という点です。

 モデル1、2では、電話装置、電話網をただ単にビジネスに使用したに過ぎないのに対し、モデル3ではビジネス実現のためのデータ送受信機能を新たに付加している。

 

 相田氏は、基準3で、「コンピュータやネットワークが本来有する演算機能、情報伝達機能を用いたに過ぎず、その使い方にのみ特徴がある場合であって、その使い方がビジネス手法に当たる場合は、事実上、従来特許の対象外とされてきたビジネス手法自体を保護するに等しいものとして、特許の対象としないとするのが妥当である。」としている。

 モデル3では、チケット予約・販売のため、

 (1)端末装置からのチケット予約信号の受信

 (2)予約番号を顧客の端末装置に電送

 (3)通信回線を介してチケット販売センタに登録確認のための信号を送信

 (4)チケット販売センタからの確認信号が受信

 (5)チケット引き渡し終了信号を送信

 (6)信号の受信に応じて登録を抹消

というコンピュータ技術やネットワーク技術を用い、チケット予約・販売のための独自の信号の送受信がなされているということができる。

 このように、コンピュータ資源をビジネス手法にうまく割り当てることで、特許の対象となるのである。

 ただし、ここで、注意しなければならないのは、特許の対象になるということと、それがそのまま特許されるかということとは別の概念であるということです。

 特に、ビジネスモデルが話題となってから、マスコミ等では、特許の対象となるということと特許されるということが同義となって伝えられております。

 モデル3の場合も、「チケット予約・販売のための独自の信号の送受信」という機能を実現していますが、それ自体、考えようによっては、コンピュータやネットワークが本来有する演算機能、情報伝達機能を用いたに過ぎず、その使い方にのみ特徴がある場合、であるといえるのではという疑問も生じます。

 その問題は、特許の対象となるのかということではなく、他の特許要件、特に進歩性があるか否かの問題です。

 この点は、特許庁の特定技術分野の審査の運用指針コンピュータ・ソフトウエア関連発明の2.3 進歩性(特許庁HP)を参照する必要があります。

 特に、以下の点はビジネス関連発明に多いに関連する進歩性判断基準でしょう。

 

 <人間が行っている業務のシステム化>

 応用分野において人間が行っている業務をシステム化し、コンピュータにより実現しようとすることは、通常のシステム分析手法及びシステム設計手法を用いた日常的作業で可能な程度のことであれば、当業者の通常の創作能力の発揮に当たる。

[説明]
システムの開発は、通常、
    計画立案(準備)→ システム分析 → システム設計
という過程を経て行われる。
システム分析では、例えば、既存の業務を分析し、それを文書化することが行われる。人間の行っている業務(例えば売掛金の台帳への記入)も分析の対象になる。このようなシステム開発の実際からみると、システム分析により既存の業務をシステム化することは、当業者の通常の創作能力の範囲内のものである。

 

 このような基準からみると、既存のビジネス手法をモデル3のような手法で、コンピュータ技術を利用してシステム化した場合、特許の対象である発明とはなるが、進歩性はないということです。

 これに対し、新規ビジネス手法を考え、それをモデル3の形式でコンピュータ上、あるいは、ネットワーク上に実現した場合は、かなりの確率で進歩性を有する発明として認められると見てよいということになるでしょう。

 


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