午 睡






 新一は昼食の乗ったトレイを日当たりの良いテーブルに置いた。三限目が始まる間際の学食は、昼休みの喧噪が嘘のように消えて、学生たちの姿もまばらになっている。残っているメニューも少なくなっていて、新一はその中からカレーライスを選んだ。あまり食欲がないときには、こういう物の方が食欲を刺激してくれるような気がする。
「顔色、よくない」
 新一の正面の席を陣取った宮川が割り箸を割りながら言った。彼の視線は目の前の親子丼に向いていたが、おそらく自分のことだろうと思って新一は頷いておいた。
「ちょっと睡眠不足でさ」
 新一の答えに納得しきれないのか、口いっぱいにご飯をほおばったままの宮川がうろんな視線を新一に送る。学部内で新一ともっとも親しい彼は、普段あまりプライベートなことには口を突っ込んでこないのだが、今回は少し違った。
「この間からずっと、悩んでますって顔に書いてある」
 本庁の奥手な高木にも恋わずらいかと思われたくらいだ。高木よりも一緒にいる時間の長い宮川に覚られないはずはないかと、新一は苦笑した。

「半分は解決したし」
 言いながらカレーライスに手をつける。
「半分。残りは?」
「いずれどうにかするよ」
 酔いに任せて平次に頼んだことは、昨日で終わった。終わらせてもらった。風邪を引いた彼の看護と引き替えに。少なくともこれで平次との関係は元に戻るはずだ。口説かれることはもうない。
 残っているのは、自分の恋心をどうするかということだ。このまま親友の位置にとどまるか、それとも玉砕覚悟で今の関係を変えてしまうか。新一はまだ決めかねている。
「どうにかなるのか?」
「ああ、どうにかする。自分自身の問題だしな」
 本気で心配しているらしい目をまっすぐに見返して答えてやると、ようやく宮川は安心したらしい。親子丼を掻き込むように食べ始めた。

 新一がどうにか半分ほどカレーライスを食べたところで、後ろから声がかかった。
「工藤!」
「宮川」
 振り返ってみると、とても昨日まで寝込んでいたとは思えないほど元気そうな平次と、宮川のサークル仲間、柴田が立っていた。ふたりともやはり昼食の乗ったトレイを持っている。
「工藤たちも遅かったんやな」
 当然のような顔をして平次が新一の隣に座る。
「ちょっと教授に質問があってさ。次が空き時間で助かったよ」
 話好きな教授だったこともあって、昼休みのほとんどがつぶれた。ついでに無期限の宿題までもらってしまったが、興味ある分野のレポートなのであまり苦にはならない。おそらく宮川とふたりで楽しんで書けるだろう。

 宮川の隣に腰を下ろした柴田が大きく息を吐いた。
「宮川ぁ。牧村教授の攻略法しらねぇ?」
 牧村は厳しいことで有名な心理学の教授だ。
「知らない」
 友人の嘆きに宮川はにべもない。
「レポート差し戻されちゃったんだよ」
 なお言い募る柴田を放って、新一は平次の昼食に目を奪われていた。彼のトレイの上には、親子丼ときつねうどんが乗っていたのだ。
「腹減ってな」
 新一の視線に気がついた平次が笑う。彼の声はまだ少し嗄れていた。
「ここ二日間、あんまり食ってへんかったから」
「だからって、二人前も食うな」
 あきれた新一に宮川に無視されていた柴田が話しかけた。
「ここんとこ携帯繋がらないと思ったら、寝込んでいたんだぜ、こいつ。知ってた? あ、工藤なら当然知ってるよなぁ」
 勝手に完結して、柴田は自分のラーメンをすする。代わりに宮川が顔を上げた。
「風邪?」
「そうやねん。高熱出して倒れとったんやで」
 いくら声が嗄れていても明るい笑顔付きのセリフでは信憑性がないらしく、宮川の顔が確認を求めるように新一に向けられた。新一は肩をすくめて肯定した。
「ひとり暮らしで風邪。看病は彼女か」
「うらやましいやろ」
 断定的に言った宮川ににやっと平次が笑う。

 そう言えば平次には彼女がいることになっていたんだと、新一は思いだした。どうやらその嘘は、まだばれてはいないらしい。
 カレーライスをつつく新一をよそに、箸を止めないまま三人の話しは加速していく。
「彼女のありがたさが改めて身に染みたんじゃねぇ? 惚れ直しただろ」
 からかう柴田に平次がもちろんと頷く。
「初日に連絡せんとおったら、二日目に電話があって、なんで知らせんかった、ってえらい怒られたわ。けど、すぐ来てくれて、飯食わせてもろた。水枕と薬持参で来てくれたんやで。気ぃきくやろ」
「おーお、愛されているねぇ」
「惚気か」
 相好を崩す平次に、友人ふたりは投げやりに答える。
「しっかし、ほんま惚れ直したわ」
 しみじみと言って平次はちらりと新一を見る。口裏を合わせてくれと言う意味だと受け取って、新一は目顔で頷いておいた。

「会わせろ」
 食べ終えた宮川が言った。ラーメンどんぶりを傾けていた柴田までが、大きく頷いた。
「そうだ。今度会わせてくれよ。いっつも話ばっかり聞かされているんだぜ。本人に会ってみたいぞ」
「誰が会わせるか、ぼけ。もったいないわ」
 あっさり拒絶する平次にめげず、柴田はさらに詰め寄る。
「減るもんじゃないだろ? なぁいいじゃん。どっか静かな店でさ、こっそり俺たちに会わせろよ」
「減るから嫌や」
「減るのか」
 冷静な宮川の突っ込みに新一は思わず笑った。

「なぁ、工藤も興味あるだろ? 服部の彼女」
 会話に加わらずにいた新一に、柴田が話を振る。三人の視線を集めて、新一は首を傾げた。
 今回の話は、自分の看病を彼女にしてもらったことにして、架空の存在に真実味を持たせているだけだ。本当に彼女がいるのなら非常に気になるところだが、今のところいないようなので興味はない。
「別にない」
「ないん? 工藤」
 なぜか真っ先に突っ込んできたのは平次だった。
「ない」
 きっぱり答えると彼はため息をつく。

「工藤は女より事件の方が好きだから」
「それはそれで問題じゃねぇ?」
 平次を慰めるように言った宮川に、柴田が顔をしかめる。
「工藤、クリスマス前に合コンを予定しているんだけど、出ねぇか? かわいい子集めるからさ。ひとりでクリスマスってのは、寂しいじゃん」
「出ぇへん」
 新一が断る前に平次がぴしりと言った。
「なぜ服部が断る」
「そうだよな、宮川。服部が断るんじゃねぇ。俺は工藤を誘っているんだ」
「工藤はそうゆうん嫌いやねん。せやから出ぇへんって」
 なぁ、と平次が新一を見る。
 確かに合コンは苦手だが、勝手に断られるのも気にくわない。
 反論しようとした新一は食べかけのカレーライスで少しむせた。

「工藤、大丈夫か?」
 平次の手が新一の背中をさする。昨日とは逆だ。
「大丈夫」
 ようやくそれだけ答えて、新一はコップの水を一気に飲んだ。カレーライスはまだ残っているが、もう食べられそうにない。スプーンを置くのを見て、平次が新一の顔をのぞき込んだ。
「もう食わんの?」
 平次はと言えば、すでにどんぶりの中身は空で、うどんもわずかに残っているだけ。新一とは違い食欲旺盛だ。
「もういい。ちょっと食欲がないんだ。とにかく、俺への誘いを勝手に断るなよ、服部。確かに出る気はないけど」
 付け加えたセリフに柴田が腕を組む。
「たまにはいいと思うんだけどなぁ」
「しつこいで、柴田。だいたいああゆうところに工藤が出てみぃ、おまえら絶対相手にされへんようになるで」
 柴田と宮川を交互に見て、平次が残りのうどんを口に入れる。
「けど、クリスマスにひとりっていうのは、寂しいと思うんだよなぁ。周りはカップルだらけになるんだぜ? 服部だってデートだろうし」
「年末は事件も増えるし、忙しくてクリスマスどころじゃないからな。気がつかないうちに過ぎているような気がする」
「それも寂しい」
 宮川が呟く。
「俺が一緒におるから、寂しいちゅうことはないやろ。なぁ、工藤」
「彼女は?」
 新一に向かって笑いかけた平次に、柴田と宮川が同時に突っ込んだ。
「そら、事件で忙しいから無理やろってゆうてあるし」
 平次がさらりとかわす。
「うわ、彼女かわいそう。デートより事件優先じゃ、そのうち振られるんじゃねぇの」
 柴田が非難するような目つきで平次を見る。
「よけいなお世話や。探偵活動に理解あんねん」
「なかったら、とっくに振られているよな」
 ついていけないと幼なじみから告げられたのは、彼も自分も同じなのだ。実感のこもった新一の言葉に柴田と宮川が唸る。

「となると、やっぱり服部の彼女は、年上っぽいよな。年下じゃ、理解なんて出来ないだろうし」
「同い年やで。まぁ、向こうの方が誕生日早いさかい、微妙に年上やけどな」
 ずいぶん細かい設定をしているものだと、新一はあきれ半分で感心した。
「同い年。聡明で、美人だと前に言っていた。しかし、情報が少ない」
 指を立てて数えた宮川が、平次を責めるように見る。
 おそらく平次の好みを集めたのだろう。どうせ架空の彼女なのだ。理想を形にしたって誰も迷惑しない。
 もし自分が女なら、と新一は考えた。
 こうして好きな相手の理想を聞けば、それに近づこうと努力をするだろう。しかし、男の自分には、それすら出来ない。

「美形やから冷たそうに見えるんやけど、笑うとめっちゃ可愛らしゅうなんねん」
 調子に乗って話す平次に気づかれないように、新一はため息をついた。このまま聞いているのは、少しきつい。新一は席を立った。
「俺と宮川はレポートの資料探しに図書館へ行くんだけど、おまえらはどうする?」
 椅子の背に掛けていたコートと鞄を取り上げる。空いた片手でトレイを持ち、新一は平次の顔を見た。
「俺、牧村のレポートの書き直しをしないといけないんだった」
 柴田が大げさにうなだれる。平次がそれを見て苦笑した。
「俺らも図書館行きやな」
 立ち上がった三人はそれぞれのトレイを持って返却口へと歩き出した。前を行く宮川に柴田が哀れっぽい声で頼んでいる。
「牧村好みのレポートの書き方、教えてくれって。枚数足りなくて、最後に美味しいカレーの作り方を添付したら、突き返されたんだよ」
「馬鹿だろ。おまえ」
 切り返す宮川に容赦はない。
 彼らふたりの視線がないことを確認して、新一は平次に声を掛けた。
「体調はどうだ? 今朝はもう熱は引いていたのか?」
「おかげさんで。ほんま昨日はおおきに、工藤」
 平次が小声で返してくる。

 トレイを返却して、扉の前で新一はコートを羽織った。窓越しの日差しは暖かいが、一歩外に出ると初冬の風が冷たい。学食を出ると、予想以上に寒かった。前を歩くふたりも寒そうに背中を丸めている。
「工藤。ちょお顔色悪くないか? 昼も残しとったし。まさか、風邪が移ったんちゃうやろな」
 ダウンジャケットでもこもこになった平次が新一の顔をのぞき込んでくる。急な接近に新一は思わず身を引いた。
「ちょっと寝不足なだけだ」
「なんで?」

 昨日、彼の部屋から帰る前に少しもめたからだろう。平次は食い下がってくる。
 平次は新一に片想いの相手がいると知っていた。そのことを新一が知ったのは昨日のこと。自分自身が彼に告げていたらしい。酒の上での失態に新一は後悔のしようがなかった。
 おそらく平次はその相手のせいで、新一が眠れなかったのだと考えている。
 聞かれたくないことを聞いてくる平次を新一は斜に睨んだ。

「別に理由はねぇよ。本を読んでいたら、遅くなっただけだ」
 それは事実。確かに少し本を読んだ。
 だが、眠れなかったのは、やはり平次のことを考えていたからだ。彼の推理は外れていない。
 別れ際の平次の言動が、新一を悩ませてくれたのだ。帰る新一にわざわざ電話を掛けてきた平次。彼はいったいなにを考えて、あのようなことをしたのか。謎は今も謎のまま新一の心の中にしまってある。

「そんならええんやけど。工藤も独り暮らしやんか。体調崩したりしたらと思うと、めっちゃ心配やわ」
 自分のことを棚に上げた平次の発言に、新一はこれ見よがしにため息をついた。
「おまえが言うな。それに俺の場合、灰原がうるさいからひとりで寝込むようなことはない、っていうか、出来ないんだよ」
 解毒剤を飲むことなく小学生として生活を続ける哀は、新一の体調を非常に気に掛けている。解毒剤によってどういう副作用が出るか、未知数だというのだ。体調に変化が出たら些細なことでも知らせるようにと言われている。命じられていると言ってもいい。彼女は博士まで味方につけているからだ。ふたりがかりで監視されていては、ひとりで寝込む隙などない。

「あのねーちゃんが看病してくれるゆうんか」
 平次の声が低くなる。
「そういうことになるんだろうな。小言付きで」
 想像しただけで憂鬱な気分になる。哀は新一に容赦がない。博士に対してはかなり甘いというのに。
「俺呼べや、工藤。ねーちゃん呼ぶ前に」
 平次が新一の腕を取る。前のふたりに聞こえないようにか、耳元でささやかれた新一は足をもつれさせそうになった。
「あのな、服部」
 抗議をしようとして見た平次の顔が思いがけず真剣で、新一は言葉に詰まった。

「しっかり看病するさかい。真っ先に俺に連絡して」
「連絡してこなかったやつが」
 新一は平次の腕を振り払った。
「せやから、あれは」
「言い訳したって遅いんだよ」
 彼のことを大事に思うからこそ、すぐに連絡をくれなかったことが哀しかった。
「けど、来てくれて嬉しかったんは、ほんまやから。助かったし、ありがたかったし。工藤が来てくれんかったら、きっと今日もベッドの中におったと思うわ」
 せやから、と平次は言い募る。

 肩を寄せ小声で話す平次を、新一は横目で眺めた。
「なら、今度からは必ずすぐに連絡をよこせ。夜中でもいいから。約束出来るんなら、俺もおまえに連絡する。灰原と同時ぐらいに」
 新一の出した条件に一瞬顔を輝かせた平次だったが、哀の名前を聞いて肩を落とした。
「結局、俺ひとりを呼んでくれるわけちゃうんやな」
「しょうがないだろ。あいつは主治医みたいなもんなんだから。報せないわけにはいかない」
 不満げな平次に新一はこっそり笑った。
 彼が自分のことにここまで拘ってくれるのが正直嬉しい。彼の心の中に自分の居場所があるような気がしてくる。
「そうやな、しゃあないか。とにかく約束するさかい、連絡してや。俺が付きっきりで手厚く看病したる。安心して寝込んでな」
 風邪を心配したその口で、平次が真反対のことを言う。平次の看病を受けられるのはいいかも知れない。しかしさすがに喜べなくて、新一は平次を睨んだ。
「そう簡単に寝込むか」
「看病されるの嫌なん?」
 平次の眉が下がって情けない顔になる。

「嫌じゃねぇよ」
 口をついて出た本音に、新一は内心焦った。とっさにそむけた横顔に、平次の視線が刺さる。
「だいたい、そういう意味じゃねぇ。寝込むのが嫌なんだよ」
「看病はええんやな」
 確認を取られて、新一は自分がますます墓穴を掘ったことに気がついた。看病されることを喜んでいるように聞こえてしまわなかっただろうか。焦りを覚られないように、新一は顎を上げて宣言した。
「病人の特権でめいっぱいわがまま言ってやる。覚悟しておけ」
「おう」
 返ってきたのは、予想外の満面の笑みだった。
 新一はその笑顔を受け止めかねて、視線を前を行く宮川の後頭部に当てた。それでも鼓動が早くなる。

 平次の笑顔は心臓に良くない。
 自分の抱えた想いに気がついてから、新一は彼の笑顔がまぶしくて仕方がなかった。口説きのレクチャーの最中は、混じっているであろう演技に素直に喜ぶことが出来ずにいたけれど、今は違う。レクチャーは終わり、さっきの笑顔は素のもののはずだ。

 図書館の煉瓦敷きのエントランスに足を踏み入れ、新一は柴田の開けたガラス戸をくぐって中に入った。
 建物の中はやはり暖かい。新一はコートを脱いだ。
 図書を閲覧出来る場所に入るために、柴田が荷物をコインロッカーに入れている。宮川の荷物も奪って一緒に入れているようだ。どうやら本気で彼にレポートを手伝わせる気らしい。当の宮川は柴田の隣で新一に向かって苦笑している。新一が彼とする予定だったレポートの資料探しは次回に持ち越しとなりそうだ。

「宮川を柴田に取られた。寝不足だし、俺は昼寝でもするかな」
 自習コーナーで見つけた日当たりの良い席を確保して、新一は荷物を床に置いた。突っ伏した机はほんのりと暖かくなっている。
「工藤、ほんまに寝るん?」
 隣に座った平次がささやく。
 八割方埋まっている席の約半数はすでに睡眠中だ。本気で勉強をする学生は、ここではなく宮川たちと同じように、奥へと入っているに違いない。
「特にやることねぇし」
 小声で返して、新一は目を閉じた。背中に当たる日差しが眠気を誘ってくれる。
「俺の隣で寝るんはええんやけど」
 平次はひとり呟いている。

 椅子の背に掛けていたコートを頭から被せられて、新一は隙間から平次を睨んだ。
「なにするんだよ」
「寝ると体温下がるやんか、風邪ひかんようにと思うて」
 笑顔が優しい。
 新一はコートの陰に顔を隠した。頬がほのかに火照っている。机に映る平次の影だけが、新一に見えるすべてだ。
「それにな」
 新一の動揺に気がつかないのか、平次が顔を寄せてさらに声をひそめた。
「工藤の寝顔、こんなとこで晒しとくわけにはいかんやろ。誰に見られるかわからん」
 もったいないわ。
 ぼそりと言われて、新一は顔を見せないようにして反論した。
「バーロ。ふざけたことを言っているじゃねぇよ。これじゃ、護送中の容疑者だろうが」
 それでもコートは外さない。
 今はとても外せない。きっと顔が赤くなっている。

「俺と二人っきりやったらなぁ。隠すようなこと絶対せぇへんのに」
 さも惜しそうに言う平次に、新一は思わず確認を取った。
「……忘れてくれたんだよな」
 口説き方を教えてくれと頼んだこと、それを忘れて欲しいと新一は昨日平次に言った。彼の返事は、「すべて忘れる」。
 その約束を平次が違えるとは新一は考えていなかった。
 だが、学食で顔を合わせてからの平次は、レクチャーをしている最中とあまり変わらない。新一がくすぐったくなるような言動ばかり、彼はしている。
「おう、ゆうた。けど、勝手にさせてもらうともゆうたで」
 平次が答える。
 見えないが、おそらく不敵な笑みを浮かべているのだろうと新一は思った。
「なにをだ?」
 新一はコートの下から抱えている疑問をぶつけてみたが、平次は笑うだけで答えない。
「まぁ、とりあえず今は寝とき。顔色、良くないんやから」
 新一の質問をはぐらかした平次の手が、新一の頭に乗った。
「ちゃんと起こしたる」
 そのまま軽く叩かれて、眠るように促される。
 子供扱いするような平次の手を振り払って、新一は起きあがった。頭からコートが滑り落ちる。彼は新一の予想通り、余裕のある笑顔で新一のことを見ていた。

「もうコナンじゃねぇ」
 顔をしかめて睨んでみても、平次の表情は崩れない。
「知っとるよ。けど見た目なんぞ関係ないわ。今も昔も工藤は工藤や。俺にはおんなじに見えとった」
 周りを欺いた子供の容姿に惑わされることなく、一度会っただけの新一を平次はコナンの中に見いだした。そして、子供の姿だった新一を最後までコナンと呼ばなかった。
 昔から彼は特別な存在だったのだと、新一は改めて思う。
「どんな目をしているんだよ」
「そら、真実を見抜く探偵の目や」
 新一の瞳を覗き込むようにして、平次は言う。ここが図書館であることを忘れない彼の声は、いつもよりも低く響いた。
 返す言葉を失って、新一は平次を見つめた。
 平次もまた、新一から目を反らさない。

「おまえ……」
 新一の口からようやく出た言葉は、意味を成すものではなかった。
「なんや?」
 平次が口元に笑みを刷く。だが、目は笑っていない。
 その目は、どこかで見たことがあった。
「おまえ。最近、わからねぇ」
 自分のおかしな頼みを受けたことも。
 勝手にすると言った意味も。
 こうして今、含みのある視線を向けてくることも。
 すべてが理解出来ない。
「わからん?」
 平次が首を傾げる。
 唇の端を引き上げて笑う彼は肉食獣めいていて、新一は眉をひそめた。獲物のように、いや容疑者のように見られる筋合いはない。

「なんか変だぞ」
「そうかも、しれへんな」
 しみじみと呟いて平次が目を落とした。次に彼が顔を上げたとき、先ほどまでの目の光は消えていた。
 そのことに安堵した新一は密かに肩から力を抜いた。
「寝ぇへんの?」
「寝る」
 誰のおかげで眠気が覚めたと思っているんだ、と思いながら新一は勢いよく机に突っ伏した。また、コートが頭からかけられる。
「暑苦しい」
 くぐもった抗議を平次が笑って受け流す。
「気にせんと寝ろや。俺も寝るし」
「おまえまで寝たら、誰が起こすんだよ」
 コートを持ち上げて隣を見ると、平次もやはり腕を枕にしていた。
「携帯セットしておくわ。マナーモードでも起きれるやろ」
 平次が起きあがって携帯電話を開く。
 新一はそれを見て、目を閉じた。すっかり消えたと思っていた眠気が、じわじわと戻ってくる。寝不足と日向の暖かさのせいだろうか。
「おやすみ、工藤」
 平次の声に頷いて、新一はゆっくりと眠りに落ちていった。




 



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