ふと目が覚めた。
ぼんやりと開いた目で天井を眺める。
かすかに雨の音が聞こえた。
新一はゆっくりと寝返りを打った。
閉められたカーテンの隙間はうす暗い。雨が降っているからなのか、日が暮れているせいなのか。新一には判然としない。
寝苦しいままうつらうつらとし、時間の感覚が乏しくなっている。
昨日からの熱は、まだ引いていない。
枕元の窓際には、背もたれに毛布を掛けた椅子がある。
これまで目が覚めるたびにそこにいた、平次の姿はない。
新一はため息をついた。その息も熱い。
遠慮がちなノックの音がした。
新一が首を巡らせると、扉を開いた平次と目があった。
「起きとったんか」
忍びやかな足取りで、平次は新一の枕元に立った。
喉の渇きは? 食欲は? と彼はささやくように尋ねてくる。普段の賑やかさが嘘のようだ。
それらを無視して、新一は時刻を尋ねた。
「そろそろ夕方になるところや」
平次がカーテンを開く。
曇った空は、それでも新一の目にはまぶしかった。
「雨、まだ降っているのか」
「降ったりやんだりしとる」
また降り出したようや。
外を眺めながら、平次が答える。
目を細めている新一に気づいて、彼はカーテンを閉めようとした。
「そのままでいい。閉めきられていると気が滅入る」
「明るいと寝にくいやろ」
新一は首を振って、なお閉めようとした彼の手を止めさせた。
枕元に歩み寄ってくる平次を、新一は見つめた。
「どうや、熱は」
平次の手が額に乗る。
剣道の有段者である彼の手のひらは硬い。
だが、新一にとっては何よりも心地よいものだ。
「冷たい手だ」
「熱、引いとらんな」
新一は目を閉じて、ため息をつく平次の手を自分の手で押さえた。
もう少しこのまま触れていたい。
「顔も赤いで」
「熱があるからな」
平次がもう片方の手の甲で、新一の頬を撫でた。
まぶたを開くと彼と目が合う。
平次はただ優しい目をしていた。
昨日、やはりこうして目が合った。冷たい彼の手に、自分の熱い手を重ねて、視線が絡んだ。
あのときの彼は、熱を孕んだ目をしていた。
身体の中心を炙られるような目だった。
思い返すだけで、心臓が暴れる。
あの目は風邪の熱に浮かされて見た幻ではなかったと、新一は信じている。
それなのに今、彼の瞳は穏やかだ。
包み込むようないたわりだけが読みとれる。
「服部」
勘違いではなかったはずだ。
同じ想いを抱いているはずだ。
彼もまた、自分を。
「なんや」
答えはやはり穏やかだ。
新一は言葉に窮した。
なにを問いただすべきかわからない。
平次の目がますます優しくなった。
「起きたんなら、なんか食うか」
「食欲ねぇ」
「あかんて。腹にもの入れんと、薬も飲めんやろ」
粥作ってくるわ。
額から平次の手のひらが離れていく。
追った新一の指先を彼は握った。
「はよ治し」
細めた平次の目が、一瞬熱を帯びた。
新一の指を握る彼の手に力がこもる。
「治ってからやろ?」
哀しいほど清々しい笑みを平次が浮かべる。
新一の手を布団の中にしまい込んでから、彼は部屋を出ていった。
治ってから。
あのときも彼はそういった。
答えをはぐらかしているわけではない。
彼は自分から逃げない。
それはわかっている。
だが新一は、今すぐ答えが欲しかった。
楽になりたかった。
しかし、彼が一度決めたことを翻すとも思えなかった。
平次の消えた扉を見つめ、新一は寝返りを打った。
窓の外は曇天だ。雨粒は見えない。
それでも雨の音は部屋の中に忍び込んでくる。
自分の思考も、平次の態度も、なにもかもが雨に霞んでいるようだ。
熱の残る身体を抱いて、新一は暗い雨雲をじっと眺めた。
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