コーヒーメーカーの立てる湯気が温かい。
外から帰ったばかりの少しかじかんだ指で、平次はそれをマグカップに注いだ。新一のカップには砂糖とミルクを入れる。彼の好みはもうすっかり把握している。
同居を始めたのは平次が上京した春から。恋人としてつき合うようになったのは、夏。真夏の気だるいような夜からだった。
そして新たな年をふたりで迎えた。
ふたつのマグカップを盆に乗せ、新一にはおやつのマドレーヌを添える。
平次はそれを持ってリビングに戻った。
「コーヒーはいったで。おやつにしようや」
新一は本を読んでいた。テーブルの上に置いてあった物だろう。
マグカップとマドレーヌを前に置くと、ようやく彼は本から目を上げた。
「サンキュ」
平次は彼の近くのソファに腰掛けた。
床に座っている新一の肩越しに本を覗きこむ。
「それ、前にも読んどらんかった?」
「伏線が巧みでさ。おもしろいんだ」
今度読んで見ろよ、と平次を見上げて笑う。
マグカップに伸ばそうとしていた手で、平次は新一の髪を撫でた。
平次の指を気にする様子もなく、彼はマドレーヌを食べ始める。平次も空いた手でコーヒーを飲み始めた。
本を読みながら新一はコーヒーを飲んでいる。
平次はその新一を眺め、髪の感触を楽しみながらコーヒーを飲む。
リビングに静かで穏やかな時間が流れる。
人目のある外では親友として振る舞うその見返りのように、平次はふたりきりになると彼に触れる。
それを新一も拒まない。
ときにそれが愛撫にまで発展することがあっても。
出会ったときから惹かれてやまなかった存在。
そばにいたいと思った。力になりたいと思った。認められたいと思った。
執着にも似た想いが、実は恋だと知ったのは高校の頃。
新一はまだコナンだった。
想い続けて、ようやく彼を手に入れた夏の夜を、平次は今でも鮮やかに思い出すことが出来る。
平次の指が耳の形をなぞり、首筋をたどり始めると、新一が振り返った。指先も絡め取られる。
「どうした?」
「いや」
平次は首を振ったが、白状しろと目で迫られる。
「カップルが多かったなぁ、と思うて」
今日、ふたりで初詣に行った。
神社で見かけたのは、カップルや家族連ればかりだった。
公言できない彼との関係は、たまに平次を寂しくさせる。
どれほど満たされていたとしても、普通の恋人たちのようには人前では振る舞えない。
苦笑して、新一が本を置いた。
ソファに乗り上がってくる。
絡め取られた指は、まだ彼の手の中だ。
「相手が誰であろうと、人前でべたべたするのは嫌いだ」
そういいながら新一は平次の持っていたマグカップを取り上げた。それをテーブルに戻して、平次に向き直る。
「わかっているんだろ」
平次は新一を抱き寄せた。
「わかっとる」
「だったら、そんな顔してんじゃねぇよ」
平次の膝をまたぎ、新一が顔を覗きこんで笑う。
どんな、と聞けば、捨て犬っぽい顔と返ってきた。
抗議しかけた平次の唇を、新一が唇で塞いだ。
柔らかく押しつけられる感触に、平次は彼を抱く腕に力を込めた。
「ちゃんと自覚しろよ」
吐息を絡ませて新一が言う。
「こんなことをするのは、相手がおまえだからだ」
両腕を平次の頭に巻き付け、彼は耳元でささやいた。
「他の奴らが想像できないような俺を、おまえは知っているんだぜ。だから、人前でぐらい我慢しろよ」
平次は驚いて新一の顔を見ようとした。
しかし、彼は顔を背けて見せてくれない。平次に見えるのは赤くなった耳朶ぐらいだ。
平次はその耳に唇を寄せた。
「確かによお知っとるわ」
耳朶を甘噛みして首筋を唇でたどる。
新一の肩がふるえた。
平次だけが知る彼の弱いところ。
「俺だけ、か」
「そうだよ。おまえだけだ」
ようやく顔を見せた新一は、探偵の冷徹な瞳をもう甘くけぶらせている。
平次しか知らない新一の瞳。
誘うように閉じられるまぶたに、平次はもう一度彼を抱き寄せた。
深い口づけを交わし、指先で互いの秘密を暴いていく。
平次は自分しか知らない新一におぼれていった。
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