傷 跡

 


 

 食堂はいつも通り混んでいた。
 席はすでにほぼ満員。空きテーブルが見つからずに、トレイを持って中庭へ移動するグループもあるほどだ。
 平次は自分のトレイを手に、ごった返す食堂を見回した。先に来ている新一が平次の席も確保して置いてくれるはずだったから。行き交う人の向こう側に、新一の横顔が見えた。どこにいても、どんな姿をしていても、平次には新一を見つける自信があった。

 六人掛けのテーブルはすでに四人が食べていた。B定食のマカロニサラダをつついていた新一が顔を上げた。新一の隣、平次の指定席には新一の鞄が置かれている。それをひょいとどけながら、新一が笑いかけてきた。
「服部、先食べてたぜ」
「おう。かまへんて」
 笑顔で応えて席に落ち着く。割り箸を割る平次の横顔に、冷たい視線が突き刺さった。それが誰からのものなのか、目を上げずとも分かっている。平次の斜め前、新一の正面に座る男からのものだ。
 高尾晃。
 平次にとっては、こうるさい相手だ。
「お、唐揚げくれ」
「おーい、工藤……」
 メインのおかずをあっさりと持って行かれて、平次は情けない声を上げた。すでに新一は獲物を口にくわえている。新一は邪気のない顔でにっこり笑うと、さっきまでつついていたマカロニサラダの小鉢を平次のトレイに移した。
「……おまえ、ホンマええ性格しとるわ」
 大きく肩を落とした平次を、正面に座っていた中野が笑った。
「笑い事やないで、まったく」
 平次は取りあえずみそ汁に口を付けた。関東風のそれは、未だに半分以上飲めたためしがない。
「昨日かて、揚げ物食ってサラダ残したやんか。工藤は」
「おまえがドレッシング切らしてたからだよ」
「わかった。今日帰りに買うで。そんで、今夜は野菜をきっちりと食べてもらうさかいな」
「俺、今日はカツ丼が良いな」
「あかん! 今日はもう油物は食わせん」
 平次にきっぱりと宣言されて、新一がつまらなそうに肩をすくめた。
「おまえら、やっぱり、アヤシイよな」
 中野が含み笑いをしながら言えば、その隣の大竹が大きく頷いた。
「そうそう。工藤は女を寄せ付けないし、服部は最近、女ふりまくっているし」
「同居じゃなくて、同棲なんじゃねぇの?」
 にやにや笑う二人に、平次は平然と頷いた。
「そうや。工藤は俺のハニーやで。ラブラブやんなぁ?」
 平次が新一に向かってにっこりと笑いかけると、新一はあっさりと頷いた。
「わかった。そういうことにしておいてやるから、これくれ」
 またしても平次の皿から唐揚げをさらう。
「工藤ー!」
「いいじゃねぇか。ハニーでラブラブなんだろうが!」
「それとこれとは、ちゃうと……」
 抗議する平次の前で、新一が唐揚げを口に放り込んだ。新一の満面の笑みに、また平次は肩を落とした。そのやりとりに中野と大竹が声を上げて笑う。
 アヤシイ噂を更に煽るような真似をする平次と、それを平然と受け流す新一の態度が、噂を冗談として広めている。
 突然、高尾が立ち上がった。
「俺、用事があるから先に行く。なぁ、新一、来週の土曜、予定空けることは出来ないのか?」
 新一を見下ろす高尾を平次は見上げた。
「悪いな、本当に無理なんだよ」
「デートの誘いか、高尾。人のもんに手ぇだしたらあかんで?」
 高尾の視線が平次を貫く。それに殺気がこもっているように感じたのは、多分平次の気のせいではない。
 新一が平次を振り返った。
「いつからおまえのもんになったんだよ」
「ええやん。俺は昔から工藤のもんやで?」
 即答した平次の顔面に新一の裏拳が飛ぶ。平次は鼻を押さえてうめいた。
「それに高尾、俺、その映画は試写会で観ているんだ。女の子でも誘って行けよ。なかなか面白かったぞ」
 そうか、とだけ答えて、高尾はトレイを持って離れていった。
「工藤がもてるから、服部も大変だな」
 大竹が笑いながら言う。
「ホンマや。油断も隙もないわ」
 平次は笑顔で応えて、首筋に手をやった。
 指に触れる、ひきつった傷跡。
 それは、烙印。


******



 部屋に戻ると、新一の額からタオルがずり落ちていた。
 すっかり温もっているそれを、平次は洗面器の中の冷水につけた。瞼の近くまで覆っていたタオルが無くなると、新一の表情が露わになる。眉を寄せた、苦しげな顔。白い肌は青ざめ、目の下にはうっすらと隈が出来ている。殺してやる、そう叫んだ唇も、乾き色褪せている。
 工藤……。
 平次はそうっと新一の額に冷やしたタオルを乗せた。
 新一の薄く開いていた唇からちいさく吐息がもれて、平次はタオルを置いた手をぎこちなく引いた。
 触れたかった。
 触れてはいけなかった。
 今までの信頼関係を守りたかったのなら、決して、触れてはいけなかった。

 目の縁をアルコールで赤く染めて、他の男のもとへ行くと、自分と同じ目で新一を見ている男のもとへ行くと言った彼に、理性のタガが外れた。
 わき上がった強烈な独占欲を、平次は押さえきることが出来なかった。
 それを酒のせいには出来ない。
 ずっと抱えていた想いだったから。
 ふとした拍子に身体の奥から突き上げてくる、凶暴な衝動。
 それに身を任せれば、必ず新一を失うことになると分かっていたから、それまで自分を誤魔化し続けてきた。
 なのに……。
 触れた唇は、柔らかくて熱くて、想像以上に甘くて、平次を煽るには十分すぎた。
 我に返り、唇を離したときに見た、新一の瞳が平次の脳裏に焼き付いている。
 信じられない、とそれは叫んでいた。
 その時、終わったと思った。
 信頼も。友情も。
 今まで築き上げてきた、すべてのモノが、崩れたと思った。
 憎まれるのなら、嫌われるのなら、この先二度と触れることが出来ないのなら……。
 弾け飛んだ理性が戻ることはなく、平次は勢いに任せて、新一を抱いた。
 ずっとずっと大切にしようと思っていた、愛おしい人を、無理矢理に。

「……なんで……」 
 眠っている新一が呟いた。
 どんな夢見ているのか、苦しげに歪んだ顔が泣きだしそうに見える。
 
 好きや。
 おまえが、好きやから。せやから……。

 平次は心の中で答えた。
 まだ一度も伝えたことのない、言葉。
 力ずくで抱きながら、好きだの愛しているだの言えなかった。
 だが、それに代わる言葉を見つけることが出来なくて、平次はただひたすら、新一の名を呼んだ。想いを込めて。何度も。
 新一の中に自分の存在を刻み込むように。

 新一が身じろいだ拍子にベッドから手が落ちた。
 平次は新一を起こさないようにそれを握った。
 発熱のためにすっかり熱くなっている指を自分の額に押しつける。

 ――殺してやる!

 その言葉は、すんなり平次の中にしみ込んだ。
 殺して。
 殺してや、工藤。
 おまえのそばにおれんのやったら、俺……。

 目を閉じると、新一の潤んだ瞳がよみがえる。
 それは、憎しみよりもずっと哀しみがまさっていた。

 もし、視線で人が殺せたかて、あんなんじゃ、俺は死なんよ。
 もっと、心の底から憎んでや。
 そしたら、この世に未練なんかのうなる。
 おまえさえ、俺のこと覚えとってくれたら、それでええから。
 おまえの身体には、なんの傷も残ってへんはずや。
 俺が消えれば、昨日のことは無かったことに出来るんやで。
 せやから、俺を殺してまえ。

 自分のモノにしたかったくせに、所有の印を刻み込むことが出来なかった自分と。
 殺すといいながら、絡めた舌を噛み切ろうともしなかった彼と。
 どちらがより卑怯で、より臆病なのか。
 
 平次は身体の奥底からわき上がってくる塊を、歯を食いしばって押さえつけた。喉元までせり上がったそれは、気を緩めたら嗚咽に変わってしまいそうで。

 どうか。
 どうか、おまえの手で、俺を殺して。
 おまえの指を、俺の血で染めて、おまえの心のアザになりたい。
 自分が手を下した相手のこと、おまえはきっと忘れんやろ?
 一生消えない十字架に、俺の名前を刻み込んで。
 俺の存在を、おまえが忘れてしまわぬように。
 忘れられんように、どうか。
 どうか。
 俺を、殺して。

 平次は祈るように、新一の手を握りしめた。


*****



 購買わきの自販機の列で、平次は食後のコーヒーを買った。
 自分にはブラック。新一にはカフェオレ。
「服部! 俺にもおごって」
「いやや、自分で買えや、自分で」
 寄ってきた中野を平次は邪険に振り払った。
「工藤にはおごるくせに」
「あったりまえやん! ハニーやもん、俺の」
「あぁ、俺も服部のハニーになりたい……」
「あほ抜かせ!! 願い下げや、ぼけ!」
 ひどい、と言いながら泣き真似をする中野に、平次は吹き出した。横の談話室のベンチで平次たちのやりとりを見ていた新一も笑っている。
「何騒いでいるんだ?」
 一人遅れてきた大竹が、不思議そうに言いながら小銭を取り出す。
「中野。おまえには大竹がおるやん」
「そうだな!」
 にんまり笑った中野は自販機に金を入れようとしている大竹に近づくと、猫なで声を出した。
「だーりん、おごってぇ!!」
 気色悪い声に、大竹が飛び退く。
「大竹! 中野がハニーになるからおごってくれやって」
 平次の言葉に嫌そうに顔をしかめた大竹が、中野に向かってきっぱりと言った。
「俺にも選ぶ権利はある!」
 平次はもう一回吹き出す羽目になった。

 自販機の前で真剣にじゃんけんをしている悪友を置いて、平次は新一の横に座った。カフェオレを差し出すと、新一がサンキュと言って受け取る。
「おまえらの会話にはついていけねぇ」
 笑いながら半ばぼやくように言って、新一がカフェオレをあおる。
「完全な嘘をつき通すんは難しいけどな、ほんもんの中に混ぜ込んで誤魔化してまえば、ばれにくいもんや」
「そんなもんか?」
「おまえかて、俺に誤魔化され続けてたやん」
 新一がちらりと平次を睨む。
「でも、最後には暴いただろ? おまえの嘘」
 平次は、せやなと答えて、コーヒーを一口飲んだ。


 あの時。
 間違いを犯した。
 新一に偽りが通用しないと言うことを忘れていた。いや、焦ったのかも知れない。早く、殺して欲しくて。
 完全な嘘をついた。
 ――おまえが嫌いやから。
 怒らせるためだった。
 殺意の後押しをしたつもりだった。
 躊躇わずに、殺して貰うために、ついた嘘。
 それが、結局、致命傷だった。


「おまえの目を侮っておったわけやないよ」
「……おかげで俺の目が覚めたよ」
 笑う新一の顔は、柔らかい。平次は自分の手に入れた幸せをあらためて噛みしめた。
「もうちょっとで俺は、片目を……」
「やられたぁ!!」
 新一が言いかけたとき、悪友二人組が叫びながら駆け寄ってきた。
「どうしたんだよ、中野。情けない顔して」
 肩を落としている中野に新一が聞く。しかし答えたのは大竹だった。
「笑ってやってくれ。こいつ、じゃんけんに負けて俺におごる羽目になったんだよ」
 大竹が戦利品のコーヒーを振ってみせる。
「あぁ、俺のハニー計画がぁ……」
 ぼやく中野に、平次と新一は声を上げて笑った。


「あいつは、俺のもう一つの目なんだよ」

 空き教室から聞こえた声に惹かれてのぞき込むと、そこには新一と高尾がいた。
 最後の講義を終え、平次がトイレに行っている隙に、講義室から新一の姿が消えていたのだ。タンデムで来たのだから一人で帰るわけもないと、新一を捜しながら廊下を歩いていたところ、声が聞こえてきたのだ。
 平次の姿に気が付いた高尾は冷たい目で平次をにらみつけ、彼につられて振り返った新一は顔を赤らめた。それだけで、平次はさっきまで話題にされていたのが自分だと分かった。
「服部! いつからそこにいたんだよ?」
「ついさっきや。ちょうど通りがかってな」
 照れ隠しのつもりなのだろう、怒っている新一に、平次はにっこりと笑いかけた。
「めっちゃうれしいわ。工藤は俺のこと、そんな風に思とってくれたんやなぁ」
 新一がさらに赤くなる。
 何か言い返そうと口を開いた新一の携帯が鳴った。特別な着信音に新一と平次の表情が引き締まる。電話に出た新一が、足早に教室を出て行く。入り口脇に立つ平次のそばを通り抜けるとき、新一は平次のすねを蹴りつけていった。声にならない声を上げて、平次はその場にうずくまった。
「照れんでもええのに……」
 痛む足をなでてぼやいていると、視界に高尾の靴が入ってきた。顔を上げると、高尾が平次を睨みつけていた。

「何で、おまえなんだよ……!」
 景気よく音を立てて新一に蹴られたジーンズをはたくと、平次は立ち上がった。
 平次を見る高尾の目は、言葉以上にあからさまに平次を拒絶していた。その毒を含んだ視線を平次は笑って受け流す。
「その理由は、さっき工藤がゆうたやん」
 平次はずり落ちかけていた鞄を肩にかけ直すと教室を出た。高尾が無言で付いてくる。
 廊下の先、校舎の外に出たところで新一は会話を続けていた。
「もう一つの目、か。同じように探偵をしているって言うだけだろ」
 吐き捨てるように高尾が言う。それにかまわず平次は、ポケットを探ってバイクのキーを取り出した。それを新一に向かって振る。気が付いた彼が小さくうなずいた。
 やはり、事件だ。
 二人の無言のやりとりに、高尾がうなるような声を出した。
「ただそれだけのことで、新一はおまえを選んだ」
「ちゃうよ」
 平次は視線を高尾に戻した。

「目ン玉が二つある理由、おまえ知らんのか?」

 平次はまっすぐに腕を伸ばした。そして人差し指をたて、片目を閉じる。左右交互に閉じると、立てた指が動いて見える。
「視差がどうだっていうんだよ?」
 片目を閉じたまま、平次は高尾の顔を見た。苛立っているのが手に取るように分かる。
「工藤はそれがいいたかったんや」

 もう一つの目。

 そう表現されたときのうれしさがぶり返してきて、口元がゆるむ。平次は腕をおろして、電話する新一の真剣な横顔に目をやった。
「おんなし現場におっても、人によって見える景色は違うんや。犯人のフェイク。見逃したらあかん手がかり。被害者からのメッセージ。いろんなもんが、現場にはある。そっから何を読みとるのか、それはほんまにひとそれぞれや。刑事やから、探偵やから、ゆうんとちゃうで。上手くいえんけどな」
 平次は高尾と視線をぶつけた。
「工藤と俺は、ほとんどおんなし景色を見ることが出来るんや」
「……だから、何だよ? それと視差に何の関係があるんだよ?」
「まだわからん?」
 平次は笑った。
「工藤と俺はおんなしもんを見ることができる。せやけど、見方や感じ方はちょっとずつ違うんや。俺はあいつちゃうし、あいつは俺とちゃう」
「だから、それがなんだと!」
 声を荒げた高尾に、平次は平然と言った。

「視差があるから、物は立体的に見えるんやで?」

 高尾が一瞬息をのんだ。
「視差を作り出す条件は、離れた二つの視点。そんで、それぞれがおんなしもんを見て初めて視差が生まれる。そやろ?」
 捕食する動物、肉食の獣が持つ、顔の正面に並ぶ二つの目。
 それぞれの視界を重ねることによって、獲物までの距離を正確に把握する。
 爪や牙とは違う、一種の武器。
「もう一つの目ゆうんは、そうゆう意味や。あいつは俺の視えんところが視える。俺はあいつの死角が視える。互いに補うことが出来る。自分一人でおるときよりも、はっきりと事件を見据えることが出来るようになるんや」
 唇をかみしめている高尾に平次はさらに言った。
「おまえが工藤に惚れるんは勝手や。けど、ちょっかいだすなや。おまえの左右の目が一対であるようにな、俺と工藤は一対なんや。おまえの入り込むような隙はあらへん」
 平次は挑発するように笑いながら首筋をなでた。

 指先に触れる、引きつった傷跡。
 平次の犯した罪と、新一の抱いた殺意の証。
 この傷跡が、二人にあの時間を忘れさせない。
 自分の中の、昏い感情と向き合った時間を。

「工藤は、俺のもんや」
 低い声で宣言する。
「そんで、俺は工藤のもんや」

 平次の声は、暗い廊下に響いた。
「おまえさえ、おまえさえいなければ……」
 食いしばった歯の間から言葉を押し出すように高尾が言う。
 射殺すような視線を、平次はただ静かに見返した。
 威圧に言葉も力もいらない。
 ただ、視線ひとつあればいい。
 瞬きをするのさえ躊躇われるような無言のやりとりで、先に目を逸らしたのはやはり高尾だった。

 新一が平次の方を振り向いた。
 彼は正門の方を指さしている。平次のバイクは西門そばの学生用駐車場だ。正門で待っているから取りに行けということだろう。平次が頷くと、新一は軽く高尾に手を振って歩いていってしまった。
 平次はバイクのキーをもてあそびながら、もう一度高尾に向き合った。言葉をなくしている彼に、平次は言った。
「もし、俺が死んでも、おまえは俺のように工藤の横には立てへん。無くしてもうた目の代わりに義眼を入れても、ほんもんの代わりには、ならん」
 高尾に傷を見せつけるように、平次はもう一度首筋をなでた。
「おまえには、やらへんよ」
 出会った頃から焦がれてやまなかった存在。
 命がけで手に入れた、今の地位。
 手放す気など、さらさら無い。
 頸動脈の上に残る傷跡は、二人を縛る鎖だ。
 罪と、罰と、赦しと。
 誰も知らない、二人の秘密の烙印。
「あきらめるんやな」
 平次は言い捨てて、高尾に背を向けた。


 さすがに構内を走り抜けるわけにはいかなくて、平次は外を回って正門へバイクを走らせた。正門に寄りかかるようにして、新一が立っているのが見えた。その脇を帰宅する学生たちが、ちらちらと彼を見ながら通り過ぎていく。
 目の前にバイクを止めると、新一が後ろにくくりつけてあったヘルメットを外しながら、何か平次に聞いてきた。エンジン音とヘルメットのせいで言葉が聞き取れなかった平次は、ヘルメットを脱いで肩越しに新一の方を向いた。
「高尾のやつと何を話していたんだよ?」
「工藤の残していった台詞の解説やで」
「よけいなこと言ったんじゃないだろうな?」
「必要なことしかゆうとらんよ。俺らはラブラブやから、馬に蹴られたなかったらちょっかいだすなやってな……」
 新一が平次の頭を殴った。平次は頭を抱えてうめいた。
「メット被っとらんのやから、手加減してや」
「バーロ! メットの上からじゃ、意味がねぇだろ!」
 平次の目から赤らんだ顔を隠すように、新一がヘルメットを被った。平次の後ろにまたがって、平次の腰に手を回す。平次はヘルメットを被りながら、聞いた。
「現場は?」
「田園調布」
 くぐもった声で新一が続ける。
「密室殺人だってよ。すでに遺産を巡って親類が集まっているらしいぜ」
 新一の頭はすでに事件へと飛んでいるようだ。平次は口元に笑みを浮かべると、スロットルを開いた。

 


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