9.10


「何にやけてんだよ」


声と共に頭に軽い衝撃。
瞬間閉じた瞼を開けると、目の前に甚だ不機嫌そうな顔をした愛しい人の姿があった。
気付かなかったとは、何たる不覚。


「にやけてなんてないで?…嫌やなぁ。工藤が来たの、全然気ぃ付かんかった」


図書館で待ち合わせをしていたが、思っていたよりも自分の授業が早く終わってしまったため、
時間を潰そうと時計を見てあることに気がついた。
そして、そんなことを考えてしまう自分の間抜けさ加減に呆れるだろう人のコトを想っていたら、
時間は瞬く間に過ぎてしまっていたらしい。

叩かれた、なんてのは少しも自分の気分を害することなく。
朝だって見た姿だって言うのに嬉しくてつい笑顔が零れてしまう。


「…っ。てめーが不気味な顔してにやけてやがるから、後ろのドアから入ったんだよ。
 簡単に後ろとられるなんて、おめー鈍ってんじゃねーの?」

「ん〜ちゃんと稽古しとるつもりやねんけどなぁ。…せやけど」


ちろり、と席に座ったまま上目遣いで新一の表情を覗き込む。


「んだよ」

「害意が無いと、反応鈍いかもしれへんな。まして工藤が相手じゃ…殺されるまでわからんかもしれん」

「何だよ、それ」


そんなの、決まってる。他の誰が自分の後ろを取れるというのか。
完全に心を許した人間でしか、ありえない。


「工藤になら殺されてもええ、っちゅーことや」

「ばーか」


いつも冷たい恋人だが。
その頬の色がうっすら変わったのは見逃さない。
けれど気付かない振りをする。いつもの台詞で。


「せやから、関西人に…」

「バカってゆーなってんだろ。わかったから。ほら、行くぞ」

「けど、どーせ死ぬなら工藤の腹の……痛ッ」


最後まで言えなかったのは、さっきとは比べ物にならない衝撃が襲ったからだった。

殺気さえ感じたその攻撃がよけられないのは、彼の攻撃が素早い所為なのか。
それとも自分が本当に鈍っているのだろうか。


…惚れた弱みという名の強弱関係は、どうやったって壊れない。



未だ少々痛む頭をさすりながら前は歩けなかった、隣を歩く。 不自然にならない様、昔は少しだけ後ろから歩いていた。 隣に並べる日が来るなんて思わなかったから、せめて後姿を焼き付けていた。 なんてことのないことが、こんなにも幸福だと感じられる。 「今日なんの日か知っとる?」 「平日…とか言わす気か?」 「ちゃうって。あんな、さっき時計見て気ぃついてんv」 きっと呆れて怒るだろう。 しかしその顔も、好きなのだ。 「9月10日でくどーの日やねんv」 「………」 予想通りの呆れた顔で。目も半分据わっている。 言うべき言葉が見つからない。 きっとそんな風に思っているのだろう。 ため息が深い。 でも気付いてしまったのだから。せっかくの910。 「せやから今日は俺がうまいもん、作ったるからな♪」 「……どっちにしろ、お前は”おさんどん”だろ」 「いけずやなぁ。”恋人”やていうてくれへんの?」 ふい、と足を進めて答えは貰えない。 見つめ続けていた背中に、答えは書いてあるだろうか。 鮮やかに変わるその表情を見れば、答えはわかるだろうか。 追いかけていく。 このスタンスはきっと変わらない。 …この胸の想いもずっと変わらずに。 ―――――――――持ち得る限りの全てを君に。

fin.






しまった、910の日でも、やっぱり平次くんが主役(^^;;
仕方ないよね、だって平次ファンなんだもの〜vv
また裏になりますが、おまけ が(^^;;