OUR OPINION

  中学卒業後の進路について〜進路ガイドブック「パザパ」作成の中から見えてきたもの〜
 
 不登校の子どもが進路を考える時、大きなウエイトをしめるのが学力の問題と対人関係の問題です。学校へ行けなくなるほど学校での人間関係で傷ついた子どもの心が、中3の進路選択の時期に回復し、外へ出ようとしている時期であるかどうかが、ひとつ大きな関門となっています。
 学力の問題は、学校へは行けないが学校以外の場で勉強することはできるという場合、かなり高い学力がついていることがあります。また、進学先が決まるとそれを目標に飛躍的に学力をつける例もあります。しかし一般的に不登校の子どもは、教科書や教材など学校を連想させるものに拒否反応があり、勉強が手につかないことが多く見られます。
 現在、ほとんどの私立高校では出席日数や内申点に関係なく学力考査の成績と本人の意欲があれば門戸をひろげています。先ほどの学力のついている不登校生で、人間関係の回復が相当に進んでいる子どもであれば、全日制私立高校に進学し、今までと違う環境のなかであらたに人間関係をつくりながら通学することは可能です。けれども、学力はあっても対人関係に不安のある場合は、全日制高校に進学しても心理的なプレッシャーが大きく、行けなくなってしまうこともよくあります。その他、対人関係や学力に不安のある場合は、毎日通学しなくてよい、固定的な人間関係のない私立の通信制高校やサポート校などが通いやすいので多くの子どもが進学しています。不安がなくても、今までの学校とはちがうイメージの学校を希望していく場合もあります。
 そのような不登校生の受け入れに積極的な学校は、先生の適切なかかわりや学習指導が行届いている利点があります。しかし、費用の面で公立高校とは大きな開きがあり、進路選択の時点でまだ回復途中の子どもだと入学後いけるかどうか、子も親も不安をもちながら入学を決めていっています。学費の高さが「行かなければならない」というプレッシャーを増幅し、心理的にまだつらい状態の子どもにさらに重い心の負担となって動けなくなってしまうことも珍しくありません。2度目の挫折感で立ち上がれないほどのダメージを受ける場合も多いように聞いています。
 
 ここで、公教育の使命をもう一度振り返って欲しいと思います。
 公教育は「学びたい人が学びたい時に学べる場」「最後の学びなおしの場」を保障するものでなければならないと思います。そのような視点からみると、不登校の子どもに対して全日制公立高校は門を閉ざしているか、やっと開いてきたところという状況です。
 京都府、滋賀県、大阪府、奈良県、兵庫県の公立高校やその入試制度を今回調査し、不登校生が入学可能ないくつかの制度が目に付きました。たとえば、滋賀県では内申書のほかに子どもが自分で書ける自己申告書の添付、大阪府、滋賀県、奈良県では、内申書の成績を入れず学力考査のみで判定するエリアを設けるなど、不登校の子どもの受け入れが少しずつ進んできているのを感じました。そうした府県の制度上から見ると、京都府公立高校の入試では内申点の閉める割合が今まで以上に大きくなるなど、逆に受け入れがせばめられつつあると実感しています。
 現在不登校生の進学先として有力な公立の夜間定時制、通信制高校についてもそれぞれの問題が指摘されています。
 近年の不況の影響で公立高校の志願者が増えていますが、どの府県でも少子化による高校の縮小が進み、多くの不合格者を出しています。そこから定時制を受験する子どもたちと昔には考えられなかった不登校の子どもたちにより、夜間定時制は年々受験者が増えているにもかかわらず統廃合しており、今までにないほど不合格者が出ている状況です。また通信制高校も不登校の増加に伴い、入学者が急増したのに対して、施設や教師の手が足りず、十分対応できなくなっていると言われています。通信制は各府県に1、2校しかなく、遠方でスクーリングに行けないので断念する例もよく聞きます。兵庫県では、スクーリングが出来、そこで単位を取れる協力校がいくつかありますが、他の府県でも単位を取れる協力校が2、3校あれば通える生徒がもっと増え、地方に住む不登校の子どもにとって大きな支援になると思います。
 夜間定時制高校については、中学卒業後すぐの子どもにとって、夜遅くなるのが心配で通いにくいという事情があり、大阪府や兵庫県で設けられた多部制単位制高校(注)がそうした子どもたちに人気があるようです。奈良県でも平成20年度からスタートしますが、京都府と滋賀県では構想はありますが、今のところ具体的な計画はないそうです。
 夜間定時制、通信制高校は、かつては中学卒業後すぐ社会に出て就職する子どもが、働きながら学び、高卒資格を取るために行くというのが本来の姿でした。しかし、ほとんどの子どもが高校進学しており、また中卒後の就職もない現在、年齢的にかつてのように自立的に自学自習できる力がついていない子どもが多く、昔ながらの定時制、通信制のシステムが現状に合っていないという指摘もあります。
そのような時代のニーズに合わせて、夜間定時制の統廃合の代替として多部制単位制へ移行しているとも考えられますが、定時制の廃止が先行し、多数の不合格者を出している現況では、「最後の学びなおしの場」が奪われてしまうのではないかと不安を感じている不登校の子どもや親、進路指導の先生たちも多いのです。
 京都府は、関西の有名大学が地元に集まっているためか、私立の進学校と肩を並べるような高い進学率の公立高校をめざそうという動きが最近強まっているように思います。その動きに反比例して、京都府に限らず進学校以外の子どもたちの学びの場が、多様性や専門性に欠けており、子どもたちが主体的に進んで選択する進路先になりえていないのではないかという印象を受けました。不登校の問題にかかわりなく、全日制高校が大学の予備校化しているのではないかという批判は以前から聞かれ、子どもたちが自分で選ぶというより、成績の輪切りによって進学先が決められていく状況は、本来の進路選びから逸脱したものと言えます。そういう視点で見ると大阪府の総合学科や総合選択制、あるいはクリエイティブスクールの学科に多様性や専門性を見ることができ、新しい高校のあり方が示唆されているように感じました。 

全体的にどの府県でも公立高校の不登校生の受け入れが進まない背景には、一般社会で不登校を「甘え」や「怠け」あるいは「弱さ」といったネガティブな見方が主流になっており、「社会や学校環境、あるいは家庭環境の矛盾を引き受けざるを得なかった子どものサイン」ととらえる方が少ないという現実があります。それは、不登校を子どもの意識的な努力で克服できる、ととらえる精神論的な考え方なのか、意識の上ではどうにもならない心理的なつらさであると事実に即したとらえかたをするのか、というちがいでもあります。前者と後者のちがいは、不登校の子どもにとって天と地ほどのちがいであり、一番身近に接している親でさえ理解に苦しみ迷うところです。自らの経験や多くの例を見ていて、親や教師などの周囲が子どもの心理的なつらさを理解し適切な対応ができると、子どもは元気を取り戻し、自分を取り戻して成長していきます。逆に周囲に前者的な対応をする人が多いほど、子どもの回復は遅くなっています。
 こうした現実がもっと一般社会および公教育の場で知られていく必要があるのだと思います。不登校の子どもを積極的に受け入れている私立高校のなかにも、このような認識がまだ十分伝わっていないと感じる学校もあります。「不登校」への理解が広まり、ひとりでも多くの子どもたちが再び「学校」という場で、良い先生、友人に出会って成長していけるような環境が増えてほしいものです。

注)多部制単位制高校・・・午前・午後・夜間の3部の授業があり、いずれかの部に在籍するが一定の範囲内でどの部にいってもよく、生活時間が決まりにくい不登校の子どもにとっては、時間的な制約がないので行きやすい。


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