揺るぎない絆について

メロスとセリヌンティウス

 太宰治『走れメロス』、粗筋くらいは誰でも知っているだろう。
 いい話である。親友をわずかでも疑ってしまった。それを告白し、殴り合って許しあうわけだ。真の友情だね。感動するね。
 しかし、だ。みなさん、心のどこかで次のようなツッコミをしはしなかっただろうか。
 「そうはいってもやっぱり心が揺らがないにこしたことはないよな」と。
 別にメロス氏やセリヌンティウス氏を批判しようというわけではない。ブンガク好きの方、怒らないでください。たんなる話の枕です。
 ただ、私が「けっして心が揺らがなかった奴ら」を知っている、というだけである。

アマゾンとマサヒコ

 『仮面ライダーアマゾン』の何が心地よいのか。
 最初の出会いで結ばれたアマゾンとマサヒコの友情が、最後の最後までまったく、完全に、これっぽっちも揺らがないところだ。
 野生児アマゾン、そもそも他人の誤解を受けやすい。さらにはゲドンやガランダー帝国の陰謀は闇に蠢くもの。日常を生きるのに精一杯の人々はそれにまったく気づかない。いきおい、アマゾンは孤立する。
 しかし、そうであるにもかかわらず、いかなる状況にあってもマサヒコは、マサヒコだけはアマゾンを完全に信じぬくのだよ。それも、何の気負いもなく、当然のごとくに。
 だって、アマゾンは「トモダチ」だから。
 そして、アマゾンも、いかなる状況にあっても、マサヒコのその信頼に応えぬく。
 だって、マサヒコは「トモダチ」だから。
 これだ、これなんだよ。やろうと思えば「トモダチ」の絆が揺らぐエピソードは簡単に描けたはずなのだ。しかし、意図的なのか偶々なのかはわからないが、『アマゾン』はそれをやらなかった。
 「トモダチ」の絆はけっして揺らぐことのないものなのだ。
 これこそが『仮面ライダーアマゾン』という作品の最大の魅力なのだ。

ジローとミツ子

 同様の考察を『人造人間キカイダー』についてしてみたらどうなるか。
 『キカイダー』のラスト何話かの怒涛の展開を思い出していただきたい。光明寺博士殺害の濡れ衣を着せられ、ジローは孤独な逃亡者となる。そのジローの前に立ちはだかる宿敵ハカイダー。絶体絶命のピンチである。
 まずは光明寺マサルに注目していただきたい。マサルは父を強く想う。そして、強く想うがゆえに、ジローを信じられなくなる。良心回路が不完全なジローが狂ってしまったのかもしれない。本当に父を殺してしまったのかもしれない。マサルはジローを拒絶する。ジローとマサルの絆は揺らぐのだ。マサルが向ける敵意に、ジローは深く傷つく。
 しかし、ミツ子は違う。
 すべての人が、弟マサルも服部半平も警察もがジローを否定するに至っても、ミツ子は、ミツ子だけはジローを信じつづけるのだ。信じぬくのだよ。
 『アマゾン』に「けっして揺らがない友情」があるように、『キカイダー』には「けっして揺らがない愛」がある。
 ここが『人造人間キカイダー』の一つの見どころである。
 余談になるが、こう考えてみると、特撮版『キカイダー』と岡村アニメ版『キカイダー』の近さが実感できよう。どちらもヒーローものに見えて、その実は「機械を愛した女」の物語なんだよね。そして、「『人造人間キカイダー』の思想」でも強調した論点であるが、これは石ノ森漫画版『キカイダー』にはない要素なのである。

ヒビキと明日夢

 最後に『仮面ライダー響鬼』に触れておこう。
 『響鬼』は今までのところ本当に素晴らしい。
 ヒビキさんに向ける明日夢くんの「絶対の信頼」の初々しさ。そして、その「絶対の信頼」に必ず応えるヒビキさんの「ヒーローとしての心意気」。これがなんとも心地よいのだ。
 こう考えてみると、見かけは似ても似つかない『アマゾン』と『キカイダー』そして『響鬼』を同一線上で解釈できることになる。どれもちょっと普通とは違う仕方で結ばれた「揺るぎない絆」の物語なのだ。
 不動の「絆」が核となる物語ならば、それこそ静弦太郎と霧島五郎や五代雄介と一条薫などにも当てはまるのではないか、と思われるかもしれない。だが、彼らの「絆」には「戦友」の要素が強い。そして、「戦友の固い絆」はヒーローものにおいてはそれほど珍しくはないがゆえに、この三作品とはちょっと印象が異なってしまう。
 問題の三作品について言えば、どれもその二人に特有のユニークな「絆」であるのが面白いのだ。『アマゾン』においては、まさにアマゾン流「トモダチ」。『キカイダー』においては、「人間と機械の愛」。そして、『響鬼』のヒビキと明日夢の関係も、年の離れた友人であるような師匠と弟子であるような、どうなっていくのかわからない変な関係なわけだ。
 こうなると楽しみになってくるのが以降の『響鬼』の展開で。
 明日夢の「絶対の信頼」はマサヒコやミツ子の如くこれからも何があっても「揺らがないまま」で行くのだろうか。
 いやいや、『響鬼』のミソは、明日夢のヒビキへの信頼が今のところはほぼ絶対のものであるにもかかわらず、二人の関係がまだきちんと定まっていないところにあるわけで。これからヒビキの戦いが激化していくにつれて、そして、明日夢が成長していくにつれて、「絆」がどうなっていくのかは未だ見えないわけよ。いささか展開の遅さは気になるが、そこがまさに見どころなんだな。
 これから『仮面ライダー響鬼』がどのようなヒビキと明日夢の「絆」を描いてくれるのか。
 楽しみである。ああ、生きていてよかった。

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