萌え豚に生きがいはない

はじめに

 「萌え豚」という言葉は、今のところ新興のローカルネットスラング、それも罵倒語でしかない。しかし、上手いこと意味を整理して込めなおしてやれば、それなりに使いどころが出てくるのではないか、と感じている。ある種のオタクを「豚」と呼び、ある種の作品を「豚の餌」と呼ぶことが、たんなる煽り言葉ではなく、なんらかの的を射た批評になりうる可能性があるのではないか、ということだ。

 しかし、そのためには概念の整理が必要だ。サメとシャチは形や生態は似ていてもまったく別の生き物である。サメは魚でシャチは哺乳類なのだ。私の見るところでは、現在「萌え豚」と呼ばれている生き物の集合のうちには、まったく別種の生物が複数ごっちゃにされているようだ。やはりサメとシャチは区別しなければならないだろう。

 まず、あまり面白くないので、たんなる上から目線の悪口として「萌え豚」が他者に投げかけられる場合は考慮から外しておく。「萌え豚」ということで、「批評や反省の契機なしに脊髄反射でキャラクターにたいする愛を表明するだけのオタクのあり方」を指すとしよう。ここまではいい。問題は、このようなあり方がさまざまな方向から実現されうる、という点にある。収斂進化して形態は類似したものになっているが、起源が違うというわけだ。順に挙げていく。

仔豚

 第一に、オタとしての能力が薄いためにそういった語りしかできない場合があるだろう。濃い萌え語りができないので、萌え豚になってしまうというわけだ。忙しくて作品に濃く付き合えない、というような場合も同じように扱えるだろうか。こういったタイプの萌え豚を「仔豚ちゃん」と呼びたい。疲れている場合は老豚かもしれないが。

 仔豚にはそれほど興味深いところはない。誰でも最初は仔豚だ。さらに、誰でも疲れたときは仔豚のようになってしまう。仔豚が勘違いして自分のことを狼だと思い込んだりすると、ネットなどで空威張りして無礼な振る舞いをしてしまったりすることもあるのだが、実害がそれほどなければ、まあ、可愛いものである。

養殖豚

 第二に、他のオタクにたいする芸として萌え豚の身振りがなされる場合がある。あえて萌え豚的に振る舞うことによって、自らの作品やキャラにたいする愛の深さを表現してみせたり、その場のウケを狙ったりする、ということだ。こういったタイプの萌え豚を「養殖豚」と呼びたい。

 養殖豚の豚っぷりは、多分にパフォーマンスとしての側面を含む。それゆえ、それが芸として成功しているうちはいいのだが、スベったときに問題が生じる。お前もういいよ、クドいよ、と言われてしまうのである。「もうちょっと実のある萌え語りをしたいときもある、そして、お前にはそれに付き合うオタ能力はあるはずだ、なのに、なぜ豚のふりばかりしているのだ」というわけだ。

人造豚

 第三に、作品の側が萌え豚的な振る舞いを強制してくるような力をもっている場合がある。たとえばアニメ二期の『けいおん!!』などはそうだ。アレを「萌え豚の餌」などとしたり顔で評する者がいるが、そういう奴は仔豚であって、まったくわかっていない。そうではない。あのアニメは、見る者を否応なしに脊髄反射的なキャラ可愛さの享受へと引きずり込む。人間を否応なしに萌え豚状態へと陥れるのだ。また、そのようなしかたで見てやらなければ、『けいおん!!』、あまり面白くならないのである。こういった作品に触れたときのありようも、区別して扱うべきだろう。人間によってオタクが豚へと改造されるわけだから、「人造豚」とでも呼べようか。

野生豚あるいは「けもの」

 第四に、ごくたまに、萌え豚のなかに真の怪物が混じっていることがある。本当に刹那の脊髄反射で萌えるだけの野獣のような奴がいるのだ。一周もしていないゲームの抱き枕を買い、言った台詞が「だってポーズがエロいじゃないですか」。露骨なパンチラとかエロがないからと『けいおん!!』には興味を示さず……と思ったら、「あずにゃん可愛いっすね」って、お前どっちだよ。さらには一般的には展開グダグダとされる糞アニメを、あのパジャマで寝ているシーンがすごくよかったんですよ、と、本当にどうでもいいエロシチュエーションを理由に激賞。でも実はとびとびに数話しか見ていなかった。それを責めても悪びれもしない。首尾一貫性がまったくない。理屈がとおらない。恥の感覚がない。徹頭徹尾、脊髄反射。仔豚が見せる未熟であるがゆえの脊髄反射と、こういった真正の野獣のもつ脊髄反射を混同すべきではない。普通の萌え豚たちを戸惑わせときに怒らせもするような野生豚もまた、別扱いにすべきであろう。

 ちなみに私はこのタイプの野獣を一匹だけ知っている。

おわりに

 まったく別種の生物が複数ごっちゃにされているようだ、と話を始めたのだが、豚の種類を区別しただけになってしまった。フリとオチが対応していなかった。失敗失敗。

 ともあれ、現行の「萌え豚」概念は適用基準が曖昧にすぎる。同じような豚的振る舞いをみせていても、仔豚、養殖豚、人造豚、野生豚は区別すべきである。そして、それに対応して、作品すなわち餌についても区別が必要になってくる。豚の餌にもいろいろある。仔豚が好きなのは、柔らかい離乳食である。ところが、養殖豚は餌の種類をあまり問わない。奴らはそこそこの餌なら何を食っても豚の振る舞いをしてみせるからだ。一方、誰が食っても豚になってしまう作品が、人造豚の毒餌である。これをたんなるヌルい萌え作品、仔豚の離乳食と同列に扱うべきではないだろう。さらに、野生豚はまた特殊で、けものの顎の強さでどんな作品でも噛み砕いてしまったりする。駄作、失敗作、木の根っコすら掘り返して食ってしまうのである。

 このあたりの区別をすることで、オタクをひっくるめて動物化で説明しようとしたりするような粗雑な議論とはまた違った、現実のオタクのさまざまなありかたにそくした記述が可能になるのではないか、と考える次第である。

 最後に。このテキストはウェブログの文章を加筆し再構成したものである。コメントくださった皆様、ありがとうございました。

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