さらなる燃えと萌えのために。もっとイタく、もっときもちわるく。
『Phantom of Inferno』。名作と名高いニトロプラスの十八禁ゲームである。本稿は、この『Phantom』を手がかりに、バイオレンスアクションもの一般のあり方について考えていくものである。ちなみに、以下の議論はネタバレを含むので、注意されたい。
『Phantom』を純粋にバイオレンスアクションものとしてみた場合、私は次のように言わざるをえない。
敵が弱すぎる。
ファントム同士のバトルは、まあ、よかろう。ファントムたちを引き立たせるべき、その他の敵が弱い。どうも食い足りないのは、そのせいである。(ちなみに『Phantom』はゲーム名、ファントムは劇中の称号を指すということで。)
敵は、強くなくてはならない。そうしないと、お話が盛り上がらない。これには誰しも同意するだろう。
問題は、強い敵とは何か、ということだ。
実は、バイオレンスアクションには、お約束がある。強い敵を出すためには、このお約束を考慮していかないと、上手くいかない。『Phantom』はそのへんに若干の物足りなさを感じさせるのだ。
では、強い敵とは何なのか。戦う理由が強ければ強いほどよい。すなわち、戦うことが手段ではなく目的になっているような存在こそ、バイオレンスアクションものの敵にふさわしいのである。
これは、具体的には、軍隊、テロリスト、狂人などということになる。軍隊やテロリストは戦うための組織。狂人も、戦うことが目的。ここまでいかないと、キャラ的に弱い。実際、多くの作品にそういう連中が出演して悪のかぎりを尽くしているのだ。
こうなってしまうと、小銭儲けにあくせくするマフィアでは、どうしても敵役としては力不足。そんな奴らには勝ってあたりまえ、となってしまうのである。
インフェルノがダメなので、サイス先生にもう少し頑張ってもらいたかった。しかし、残念ながら彼は変態だけれども既知外ではなかったのである。戦闘力皆無の愉快犯は、残念ながら道化にしかなりえない。
数字姉妹に至っては何をかいわんや。これまでの議論から明白なように、洗脳キャラは物語の構成上絶対に強くあることはできない。洗脳されている、ということは、戦う理由をもたない、ということだから。彼女たちは登場の瞬間からヤラレキャラの運命を約束されていたのだ。
二番めのお約束。バイオレンスアクションものにおいては、ある程度年を取ったプロが最強である。
これも鉄則のひとつ。負けたものは死ぬ、というルールのもとでは、長く生きている、ということが、そしてそれだけが強さの証。生き残ってきた戦いの歴史の長さが、そのまま強さに比例するのである。バイオレンスアクションものでは、こういう共通了解がもうできてしまっている。イオージマ帰り、ベトナム帰り、アフガン帰りというやつだ。
ところが、『Phantom』には、最強の敵であるべきベテラン殺戮業キャラが存在しないのである。
これが、どこか物足りなさを感じさせる。野菜炒めに肉が入っていなかったときのような寂しさか。
オヤジ、オバチャン不在のため、サイス先生のマニュアル戦闘法が幅を利かせてしまっている。経験値を積んだ敵、というものが出てこない。
ミスタ・ランディ・ウェーバーには期待していたのだが、ごくあっさりと殺られてしまった。
サイス先生のロシア系コネから、やさぐれた特殊部隊を一つ二つ呼んでいただけるかとも期待したが、これもなかった。
もっと言えば、エレンとツヴァイを追う役目は、経験値に劣る新世代のキャルには荷が重い。逆なのだ。エレンやツヴァイより前の、先代、先々代のファントムなんかが復帰してこなきゃならないのだ。それでこそ熱いバトルが期待できるというものである。
以上、色々と難癖をつけてきたが、これらの点を直したらもっとよいゲームになる、と主張しているのではないことに注意されたい。これまでの論点を考えなしにぶちこめば、たぶん要素が多すぎて破綻するだろう。
本稿の議論は、あくまでバイオレンスアクションものとしての評価だけに限定したものである。それは『Phantom』の一要素にすぎない。こればかりを追求した挙句、『Phantom』のその他の魅力を台無しにしてしまっては、元も子もない。
私としても、エレンが幸せであればそれでいいのだ。