私の担当する地域にはこんな様な風習がいまだ残っている、人柱だ。人柱と言ってももう現代の話、生きている人間を埋めたりはせず「かたち」としての人柱である。 しかしながらその「かたち」とやらがまさかこんなものだとは…。
  「凶相が出ている、これは縄神様の警告に違い無い」
 虚之縄朔縛望乃尊(このなわさくばくのぞむのみこと)という神がこの地域では縄神様と呼ばれ、信仰の対象となっている。家を厄や魔物から守るために凶相の方角の柱を縛る風習がこの周辺地域にはあり、その縄に宿る神様だ。
 リフォームのための改築中、ここいらの風習を知らぬ業者が凶相の方角の柱に縛ってある縄を切ってしまったのだ。家人がそれを見つけ、私に報告してきた。切られてから一週間あまり、ただならぬ 相がこの改築中の現場に漂う。
 (このままではこの家が危ない、人柱の儀を行おう)
 さっそく準備を始る。幸いにもこの家には娘がいるので彼女に頼む事にした。まだ古い風習が残りそれが若い世代にも生き残っている地域だ、家人や近所の説得もあり彼女もしぶしぶ納得する。
  「儀式はこの縄に新しく縄神様をお迎えするものです。縄神様は今で言うととてもシャイなので人が多いとこの縄に宿る事が出来ません、人払いが必要になります。」
 工事を三日間中断して行われるこの儀式、何も知らない人が見ればどう見ても首を傾げるものである。なにせ人柱になる娘を1日中縄で縛り上げておくからだ。しかしこれは神聖な神降ろしの儀式なのである、人柱となる娘を縛る縄に神が宿る。縄神様が娘の中に降り、そして縄へとその霊力がしみ出して行くのである。そしてその縄が家の柱に巻かれ、家を守るのである。
 それこそ昔は裸にしてその儀式を行ったらしいが、いくら神様のする事とはいえ、時代と共にこう言った伝統も住んでいる人間の気風の変化に応じて進化して行くものであり、いまではこう、服を着たままででもこの儀式は行われる。
 「じゃあ、縛るよお嬢さん。少しきついかもしれないけど、これはもう家族や君も了解済みな事だからね」
 私は儀式のため専門家に編んでもらった縄で娘を縛りあげていく。先ほどの台詞も合わせ何か悪い事をしている気分だ。日常でこんな事なぞはあり得ないせいもあるが、女体を縛るという行為自体まぁ世間的に変態趣味の範疇に入るからであろう。
 しかしこの儀式を考えだしたのはいったい…。儀式のため伝来の巻物をひっくり返してみたのだが、事細かく縛り方が描かれているのには少々驚いた。前任者の父、祖父、曾祖父やそれ以前からの物もあり、縛り方や色々な方法が描かれているが、それが時期によって異なっているのである。御神託を受けたと巻物にあるがどう考えても趣味の産物、この手のが趣味で儀式を捏造したと臭わせる資料に他ならない。そしてどうやら私にもそんな血が流れているのがこの巻物で確認出来た、見ていて楽しいのである。まったく、血は争えないのか苦笑してしまう。それともまさか縄神様が…。
 「あの、私いつまでこうしていればいいんですか?」
 後手に縛りつけられた娘の言葉に我にかえる。しかしそこは血の繋がり、縄神様の存在を認識してしまった私だ、式を私なりに解釈して、曲解もしくは暴走させ彼女に告げた。
 「それは私には何とも…縄神様はシャイだからなぁ?今日1日で終わるとは思うけど」  不安にさせる一言。神を認識させるために、心を不安定にさせておく必要がある。その辺の新興宗教と同じ様な手口だ、困ったものである。この辺はウチの祖父が考案したらしい。

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