マキ科の植物には熱帯から暖帯にかけて7属110種程があるとされていますが、 日本にはイヌマキ (Podocarpus macrophyllus ) とナギの2種しか自生 していません。また、イヌマキに似て、少し小さくて黒っぽい葉をつける ラカンマキ (P.macrophyllus var.Maki:イヌマキの変種) が庭木としてよく植えられていますが、これは、中国から導入されたものとい われています。ナギとイヌマキは同じ属に分類されているものの、木の形や葉 の形態、付きかた(対生か互生か、中肋の有無など)に大きな違いがあり、両者 の区別は容易です。
イヌマキやラカンマキが庭木や生け垣としてごくふつうに見かけるのに対し、
神社の境内でときどきお目にかかる以外、ナギを見る機会はあまりありません。
ところが、奈良の春日大社の境内にはナギが非常にたくさんあり、ほとんど
純林のようになっています(右写真:春日大社境内のナギ林 2005.5.3)。こんなところは世界中どこにもないというので、
大正12年に国の天然記念物に指定されました。ただし、奈良・春日大社のナギ
林がもともとここに自生していたのかどうかについては疑問が多く、
今のところ、1200年ぐらい前に春日大社へ献木されたものから今のように広
がったのだとする説が一般的です。
なぜ、奈良のここだけにこれほどたくさんのナギが広がったかについては いろいろな説があります。一つは、奈良にたくさんいる鹿がナギを食べないため、 たとえば、ここに多いイチイガシなどとの競争に有利であったこと、一度森林になって しまうと、林の中はたいへん暗くなり、他の樹木の成育に適さないこと、ナギの 根や幹から剥がれた樹皮から土の中にしみでた化学物質に他の植物の成長を抑制す る働きがあること(この現象を「アレロパシー」といいます)、などが指 摘されています。しかし、一番大きな原因は、やはり人間がこの木を神様の 憑代(よりしろ)として大事に保存してきたからではないかと思います。
図鑑をみますと、ナギにはチカラシバとかベンケイノチカラシバという 別名がついています。これは葉の繊維が強く、ひっぱてもなかなか切れない ところから来ています。こんなに強いものですから男女の仲を結び付ける力 も強いと信じられ、昔の人は鏡の底にナギの葉をいれ、夫婦の縁が切れない よう、離れていても忘れぬよう、と願ったそうです。また、鏡の後ろにナギ の小枝を入れておくと、思う人の姿が鏡に映るという迷信もありました。