インドボダイジュ  Ficus religiosa

 

インドボダイジュ (左:一心寺(大阪市天王寺区 2014.6.19)、右:兵庫医科大学(西宮市 2014.1.23)

クワ科* イチジク属 【*APGⅢ:クワ科】

Ficus: イチジク religiosa: 宗教(上)の

Drip Tip(i一心寺:2014.6.19) インドボダイジュはお釈迦様がこの木の下で悟りを開かれたとされる聖木で、昔、仏の姿をあからさまに描かなかった時代には、大きなハート型の葉の先端に顕著なdrip tip(滴下先端)をもつこの木を石に刻み、その象徴とした(右写真:インドボダイジュの Drip-tip(一心寺:2014.6.19))
 インド、ネパール、パキスタンなどの熱帯地域に原産する木で、ふつうは常緑であるが、乾期のある地域では短い期間落葉し、多くの文献で落葉または半落葉と記載する。標高1400mほどまで分布するとはいえ、元もとが熱帯の樹木だから冬の寒さには弱く、日本では植物園の温室などで栽培されるのがふつうである。

天王寺の一心寺境内に、高さ8mに達する大きなインドボダイジュが路地植えされているのに気がついたのは、去年(2013)の6月ジャカランダの花見に行ったときである。幹は根元から大小5本に分かれ、それらの胸高直径は10~30cmほどある。このお寺には毎年のように行っているのに、うかつなことに見過ごしていた。
 立派な銘板があり、スリランカ由来の木で大阪府立大学農学部から寄贈されたとある。長年の在職中に府大構内の樹木は全部見たつもりだがインドボダイジュの記憶は全くなく、多分どなたかが自宅で育てていた木を寄進されたのだろうと推測した。ただ、寒さに弱いインドボダイジュが大阪の野外でここまで大きく育った経緯は興味深く、可能な限り記録に残したいと思ってお寺へ問いあわせのメールを出した。

ひと月半ほどして簡潔明瞭な返信が届き、知りたいことのかなりのところが判明した。
すなわち、①植えられたのは2000年(平成12年)ごろ、②当時の樹高は 約2.5m、③2009年まで毎年12月から翌春彼岸までパイプとビニール膜で温室を作り防寒対策をとった、④寄進者については当時対応した執事が退職、関係した植木屋の社長は他界したため定かな記録はないが、府大農学部の年配の先生が自宅の庭に植えておられたものをお持ちいただいたと聞いている、とのことであった。寄進者が分かれば幹が地際で株立ちになった経緯など、幼苗・幼木時代の状況をお聞きしたかったが果たせなかった。

じつは、西宮の兵庫医科大学構内に遙かに大きなインドボダイジュがある。こちらは古く1981年に医学交流を記念してスリランカの大学から寄贈された10本ほどの1本で、植栽後約33年を経た現在、胸高直径約80cm、高さは5階建て校舎の屋上近く16~17mに達していた。
剪定された兵庫医大のインドボダイジュ(2014.6.19)  この木は今春かなり大きく剪定されたが、過去に太い幹や枝が切られた痕跡もはっきり残っているから、樹高はほぼこの高さに抑制されてきたのだろう (右写真:剪定されたインドボダイジュ(兵庫医科大学 2014.5.30))。 今年の冬(2013~2014年)は寒く、積雪の日もあったが、この木も一心寺の木もほとんど損傷を受けずに旺盛な樹勢を保っている。
 熱帯樹木が近畿の屋外で高木になり、何十年も生きているというのはやはり特筆すべきことといってよいだろう。

初出:(公益社団法人)大阪自然環境保全協会_会誌「都市と自然」No_461 (2014年8月号)

  兵庫医科大学のインドボダイジュについては、日本植物園協会誌第33号(1999)に坂崎信之氏と安藤萬喜男氏による報告西宮のインドボダイジュについてが掲載されている(青字をクリック)。これに掲載された写真を見ると、当時の大きさは、現在の一心寺のものと同じかやや大きい位かと思われる。
正祐寺のインドボダイジュ株あと(2014.2.2)  これとは別に、やはり安藤・坂崎両氏が当時5m位あった光照山正祐寺(天王寺区上本町)のインドボダイジュについて、大阪でも育っていたインドボダイジュと題して「園芸春秋」第423号(2000年)に報告している(青字をクリック)。この木はすでに枯れて久しいようだが、お寺では腐朽した株あとを今でも大事に残しておられる(写真右:正祐寺・インドボダイジュの株あと(2014.2.2)
)。

● わたしのFace Bookに、一心寺のインドボダイジュ(2016.1.28)兵庫医科大学のインドボダイジュ(2016.1.30)北区天満4丁目のインドボダイジュ」、「寒害を受けたインドボダイジュ・その後(2016.3.27)を投稿しました。興味のある方はご覧下さい。