伊豆横道33観音霊場巡り

第2回 西法寺・円通寺・普音寺

2014/07/31

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写真のスライドショー https://www.youtube.com/watch?v=pxXe9uDZWsc&feature=player_detailpage

 

 

アプローチ(バス・徒歩)

下田駅から松崎行のバスに乗り、三余荘ユースホステル前で下車。

ユースホステル―0.5km―西法寺―2.4km―禅海寺―1.6km―円通寺―2.5km―岩科学校―1km―普音寺―3.5km―松崎バスターミナル (徒歩合計11.5km

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今回は3番札所の西法寺、4番円通寺、そして11番普音寺の3か寺。計画では3番目に10番江月院を予定していたのを割愛しました。これは急遽、牛原山の展望台への道(絹の道)を辿ったために時間を大幅にオーバーしたことに由ります。

「絹の道」は町指定のハイキングルートで、整備は充分行き届いているだろうとの思い込みが外れて、ところどころヤブ漕ぎがありました。杖代わりに使った日傘の軸が折れてしまうほど、荒れた箇所が大分ありました。

蓮台寺駅でバス待ちをしている間に気が付いたのがネムノキの花。全体には控えめだが、近づいてみると、まるで美女が睫毛を誇らしげにした、或いはうっとりと夢見ている風情だ。このあと松崎街道のそこかしこでバスの車窓から見ることになる。

 

 

第3番 西法寺

第3番 西法寺 臨済宗 聖観世音菩薩

バスが松崎の中心街に近づく頃、三余荘ユースホステル前で下車する。ここで西法寺の御朱印が頂ける。ここは松崎三聖人の一人、土屋三余が三余塾を開いた所だそうで、立派な門構えである。中に入ると、すぐ右手の2階建てがユースホステルなのだろう。正面にお屋敷があり、中庭の庭園とつり合いがとれていた。

 

第2回1 (300x200)土屋家の老齢のご当主から御朱印を頂き、西法寺の戸が開いていることを確認。少し東へ戻った小路から巡礼を始める。途中、仲神社に参拝。掘割の沢の両側には民家が点在し、静かな村内に入った趣きである。所々に案内標柱が立っているので迷わずに3番札所西法寺に到着できた。

 

山門の右前に立つ六地蔵に挨拶して境内に入る。お堂は雨戸が少し開いて内側の障子戸が閉まっていたが、開けて中へ。正面奥の板間に回り込んで、先ずは阿弥陀三尊像と脇侍の二天立像を確認したが、暗くてよく分からなかった。

 

お坊さんが座る席の後ろに立って手を併せ、覚えたての般若心経を納経。ただし、半分も暗誦しないうちに言葉が出て来なくなった。夕べ復唱を繰り返して何とか暗誦できたのに、にわか仕込みでは現場でうまくゆかないものだ。やはり、経本が必要だ。

 

かくして3番札所を辞し、バス道路に出て松崎の中心街へ向かう。道路沿いには青々とした田圃が広がって気持ちが良い。或る区画ではオバサンが“完全武装”で水田の中の雑草を引き抜くのに余念がない。またその先では道路上から何かを投げつけている姿が見えた。

 

近寄ると、水田の中のアイガモにエサを与えているのだった。未だ子どものような小さなアイガモが餌につられて一斉に移動している。20匹くらいはいるようだ。エサを与えている子連れの若い女性の話しでは、この水田は向かいの桜田温泉・山芳園の田圃とのこと。ナマコ壁が美しい旅館だ。自由に見学してください、と云われた。

 

エサは麦を押しつぶしたものだと言うので、麦ごはんに入れるオオムギだと思われる。アイガモは自家の水田用に購入したものだそうだ。言うまでもなく雑草や害虫駆除に役立たせているわけだが、だいたい2か月ほど働いてもらい、シーズンが終われば食肉に供される運命だと言う。

 

第2回2 (300x200)さて、先を急ぐ。次は第4番円通寺の御朱印をあらかじめ頂くため、禅海寺へと向かう。途中農家の方に道を訊き、松崎高校に寄ることにした。知人から頼まれた写真を撮るためである。裏門から入り、随所から何枚か写真を撮った。正門から出て振り返ると、左右の男女の白い彫像が迎えてくれていた。尚、左の門柱には「静岡県立東部特別支援学校松崎分校」、右は「静岡県立松崎高等学校」と書かれていた。

 

時刻は10時少し過ぎ。取りあえず禅海寺へ向かう。枝道に目をくれず、道なりにゆくと案内標があって場所は直ぐに解った。山を背景にした堂々たるお寺である。民家の建てこんだ細長い参道には車が並んでいる。寺の境内では収まらない数台の車。さてはと思ったら、やっぱり、法事の最中だった。

 

それでも庫裏の方の玄関で声を掛けたら、奥さまが出てこられて気軽に御朱印を引き受けてくださった。この寺は伊豆88か所の札所にもなっている。その節はまたあらためて伺う旨を申し上げて辞した。円通寺は無住だが、子どもたち向けの塾があって、その先生がいるはずだから、本堂の拝観は出来るとのことだった。

 

元の道に戻って136号線(彫刻ライン)に出る。ここは松崎の中心街である。気が付けば日差しが強い。日傘がほしくなった。どこかにあるだろうと、先ずはセイジョーに入ってみた。しかし、ここには無く、次に「うすい」に入ったら、有難いことに入口にたくさん並んでいた。その中で銀のコーティングのものを買う。999円也。使ってみると先ず先ず。

 

さて、昼食は次の訪問を終えてからということにして、宮の前橋を渡り彫刻ラインをゆく。日傘が手に入ったのでのんびり歩ける。

 

先ず目に入ったのが「牛原山町民の森入口」の大きな看板だった。その裏が伊那上神社。縁起によれば、三島大明神、三島宮、または仲神社とも呼ばれていたらしい。先ほど那珂で西法寺に詣でる前に参拝した仲神社はこの系統なのだろう。創建は不明で、頼朝と縁がある神社らしい。どなたかが彫刻した数体の作品が印象に残った。

 

 

第4番 円通寺

第4番 円通寺 臨済宗 聖観世音菩薩

伊那上神社の参拝後、ナマコ壁の手前の細い道に入り、やがて山の手側へ広く拓けた畑中の道をゆくことになる。円通寺は立派な山門をくぐり、石段を上がって境内に入った。本堂は閉まっていたが、庫裏のほうの玄関で案内を請うと、塾の先生が顔を出して本堂のカギを解いてくれた。

円通寺 (300x200) 

本堂に上って先ずは拝礼してから、奥に入って仏像に拝謁する。ここでも聖観音像を良く拝観出来なかった。素人には仏像の観察鑑賞は無理に思える。しかし、幸いに頼朝と文覚上人の像は拝観出来た。特に文覚上人の黒い坐像の精悍な顔と鋭い目つきが、頼朝に源氏再興を勧めたという史実を裏付けている気がした。

 

円通寺の山門を後にしてすぐ、「牛原山麓遊歩道」の袖看板が先ほどの遊歩道入り口の方を指し示していた。それから彫刻ラインの方角(西)へ直接向かう道を辿って間もなく、袖看板の「絹の道」が山側の方角を示していた。その向かいに立つ大きな看板に所要時間が書いてある。

 

円通寺2 (300x200)文覚上人と頼朝の像は元は相生堂にあったということだが、そのお堂までの所要時間は10分となっている。ただちにこの道をゆくことにした。しかし、この大きな案内板は実は「絹の道」の案内ではなく、相生堂跡から浄泉寺や長八美術館を辿る観光コースだった。「絹の道」は標高236mの牛原山を越して、金沢地区に下りるハイキング道だったのに、深く考えもせずこの道に順ったがため、あとで苦しい時間を過ごすことになってしまったのである。

 

 

松崎町牛原山の標高は236メートル。稲取の“バリカン山”(送電線鉄塔第6号が立つ山)が約230メートルだから、大川橋あたりから成就寺の坂を上り、国道を横断してそのまま権現線遊歩道に上がり、権現さんの一の鳥居の左手前から古い道を辿って、或いは拾って山頂までゆくようなものだ。足が達者な人でも、1時間前後を要するアルバイトだ。

 

それが前もって分っていたら、今回は敬遠しただろう。しかも、この暑さの中、水筒もオニギリもザックにはない。とにかく、町の遊歩道であることから、それなりの道であることを信じて「絹の道」に分け入ったのである。

 

コンクリートの道は50メートル続いていただろうか。その先は草の生い茂った道が待ち構えていた。しかし、道は細くなったがはっきりしている。左側(北)は緩やかな谷の形状で右(西)側が山である。道は山腹を巻くように南に向っている。

 

10メートルも行かないうちに、右に古い石段があった。右サイドは石積みで固められている。躊躇わずに上がってみると、そこは50坪ほどの広場で、朽ちかけた小屋の軒下に卒塔婆が何枚か立てかけられていた。他には何もない。先ほどの看板によれば「相生寺跡」まで10分なのに、まだ5分も経っていない。

 

元に戻って、先を行くとまた僅かで石段があった。今度は狭いが10数段もある。上がってみたら、新しい五輪塔と古い墓石が10数個も並んでいた。しかし、ここが相生寺なのか、何も証明する物がないので分からない。更に上へ踏み跡が続いていたので追ってみたが、この墓石のある場所が相生寺跡である証拠は見つからなかった。

 

また元の道(絹の道)に戻って先へ進む。そして、いよいよ深く抉れた山道が斜度を増して山腹を直接辿り始めたのを覚悟した。頼朝と文覚上人の相生寺跡探索は多分終わったに違いないと内心感じながら、それでも先へ続く「絹の道」から撤退することなど少しも考えることはなかった。

 

深く抉れた道は即ち古道であることの証で、名前から絹を運んだ道、そう言えば、ご当地は養蚕が盛んだったことを思い出した。その抉れた道には枯れ葉が堆積して酷く歩きにくい。こういう道は踝まで覆う登山靴を履くべきだが、今回は普通のウォーキングシューズなので心もとない。

 

幾度か曲折を繰り返しながら高度を上げてゆく。頭上は木の枝が張りだして太陽を遮ってくれている。完全に森の中に入った。日傘はたたんで杖代わりに使いバランスを取る。高度を上げてゆくと抉れた道はなくなり、石段がところどころに現れ出した。同時にヤブも通過するのに梃子ずる程の所も出て来た。

 

松原山クモの巣を払いながらの格闘を我慢してようやく展望台に着いたのは、円通寺を出てから40分後のことだった。時刻は12時を過ぎている。立派な東屋のベンチがあって有難い。ここが展望台で、松崎の街並みが眼下にあった。歩いてきた松崎高校の白い校舎も見える。そして、松崎港、堂ヶ島。一級の展望台である。

 

松原山2 (300x199)さて、充分休憩を取って展望を楽しんだ後、次の目的地、普音寺方面へ下ることにする。山頂の公園には、先ほどの伊那上神社の脇から自動車道が上がって来ていた。この高台は広く、アスレチックや芝生広場、その他いろいろな広場を楽しむことが出来る。春秋には大勢の家族連れが訪れるはずだ。

 

途中、金沢遊歩道の降り口を見つけ、これが岩科地区への唯一の道であることを確認。この道もやはり古道のようだ。全体に急な細い道が続き、ザラ道の斜面で2回もバランスを崩して転倒してしまったのは我ながら情けない。ステッキ代わりの傘が把手の部分が曲がってしまい、元に戻したら折れて使い物にならなくなってしまった。

 

それでも、道は入山側の「絹の道」よりはずっと良く、ヤブは殆どなかったのは助かった。ナマコ壁の大きな土蔵から民家が続き、岩科川に沿った121号線は間もなくだった。しかも、国の重要文化財岩科学校は直ぐ近くである。

 

169e63岩科学校は以前、静岡100山の一つ、大峠に登った時に訪ねたことがあり、校舎内は既に観て回っている。今回は付属施設の売店兼喫茶店でとにかく腹ごしらえ、その後、普音寺に向うことにする。ちなみに、有難いことに、この売店で出してくれた冷たい麦茶は急須ごとで、従って何杯もお変わりができた。しかも、4種類のお新香付きだった。

 

岩科学校の前の大きな川は岩科川で、普音寺へは、近くの橋を渡ってバス停山口からの道にぶつかるまで、山を背にして並ぶ集落と田圃の間の道をのんびりと歩く。ナマコ壁の蔵と商家風の平屋が往時の生活ぶりを教えてくれる。

 

見覚えのある高い石段のお寺は伊豆88ヶ寺の札所、常在寺。ここも大峠ハイクの時に訪れている。いずれまた88ヶ寺の巡礼の時に再訪するつもりである。

 

第11番 普音寺

第11番 普音寺 臨済宗 十一面観世音菩薩

336546 (300x200)バス停山口からの道に出て、左へ沢沿いの道を遡行する。川に沿って両サイドに民家が並び、その静かな佇まいは里の雰囲気を感じさせる。間もなく右手に「第11番札所普音寺」と書かれた石柱が急な狭い坂道を案内してくれていた。そして20段あまりの石段を上り詰めると、本堂が目の前に、扁額には慈応山とあった。臨済宗の禅寺で、本尊は11面観世音菩薩。

 

ガラス戸をあけて中へ入ると、ここは外からの光で部屋は明るい。残念ながら、観音扉は閉じたままで、ご本尊の拝観はならなかった。左に「三國傳燈歴代祖師」、右に「扶桑國裡大小神祇」の各像。木株に描かれた龍の絵が鴨居に掛かっていた。本堂の表の張り紙を見て、御朱印を頂きに川向うの稲葉氏宅へ寄ったら、御開帳は60年に一度ということだった。

普音寺 (300x200) 

かくして、本日3か所目の観音寺巡りは終えて、今回の予定は残すところ一か所になったが、無理をせずこれにて引き上げることにした。今回の巡礼では観音堂の仏様に向って初めて納経してみたが、それは覚えたての般若心経で、やはり完全な形での納経は無理だった。

 

般若心経は、観自在菩薩が行を深める修行をしているときに舎利子に仏さまの教えを説くという形をとっている。それを初めて知ったとき、鉦がチーンと鳴ってお坊さんがお経をあげる雰囲気を、子どもの時から度々経験してきた身には意外な感じがしたものだ。 しかし、

 

依般若波羅蜜多故  般若の知恵を得ることによって

無有恐怖  何の恐れもなくなり

究境涅槃  涅槃の境地に分け入ることができる

 

という思想は人に勇気を与える。お経(般若心経)とはそういうものだったのだ。今後は誦経を繰り返しながら、いずれその意味を少しずつでも理解して行きたい。

  

岩科から松崎のバスターミナルまでは灼熱の中を歩くことになる。のんびりとはゆかないが、桜葉漬工場などを見ながら街道をゆくのはそれはそれで楽しい。桜葉は先ほど岩科学校の売店で賞味したばかり。帰途、三聖苑で入浴する予定だったが、バスターミナルから蓮台寺駅に直接戻った。

 

 

 

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